この世界の未完成は【完結】

市井安希

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11.未完成

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 居心地が良くて幸せに満ちていたあづさの部屋だが、今は息もできないくらい重苦しい雰囲気に包まれている。
 2人で無言で立ち尽くす。先に口を開いたのはあづさだった。

「乱暴なことしてごめん……。ちょっと、その、びっくりして……。
あそこ、ほら、最近ニュースになってるじゃん?男同士で……さ。
そういうのに間違えられたら危ないから、つい……」

 あづさもまだ現実を受け入れられない、いや、まだ信じてないといった感じだった。

 あの時、なにも言えなかったのが答えなのに、目を泳がせて俺の言葉を待っている。

「勘違いしてんじゃねーよ。ウリなんてするわけねぇだろ。興味本位で行ってみただけだよ」……そんな嘘をつけばこの場をやり過ごせるかもしれないけど、俺はもう限界だった。

「なぁ、寿、なんであんな所に……」
「出会い系だよ。わかってるくせにキモいよ、お前」

 言ってしまった。あづさの顔がぐにゃりと歪む。

 あづさはずっと俺を悩ませ身も心も傷つけた。あの日、あの時、あづさが現れなかったらこんな目に遭わなかったのに。

 全部、全部お前のせいなんだよ。お前が夢を見せるから……。

 やっと、仕返しできた。
 絶望感と爽快感が同時にやって来る。やりかけのドミノをわざと倒すような気分だ。

 笑いすら込み上げてくる。

 思い出とか愛とか、不相応なものを失わないか不安になっていた自分のことも笑えた。たけど。

「……やっぱり俺じゃダメだったのか?だから浮気したのか……?」

 その言葉に一瞬で頭が真っ白になった。浮気? どうしてこんな勘違いをするんだコイツは?

「違う!金のためだよ……!金のために出会い系で知り合った男とセックスすんの。バカかよ。
それともわざわざ言わせたかったのか?わかれよ、そのくらい!」
「え、か、金……?」

 本当に予想外の台詞だったのだろう。

 あづさは目を見開いて本当に驚いた顔をして黙ってしまった。

 あぁ、その顔、腹立つな。マジでムカつく。めちゃくちゃにしてやりたい。

 遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてくる。それすらウザい。静けさに耐えきれなくて大声をあげる。

「Ωなんだ、俺。βじゃない。
名前だって本当は違う。
美容師なんかじゃない。ただの貧乏なフリーター。
でも抑制剤のせいで体がボロボロになって、今はバイトすらまともにできない……。
来月の家賃払えるかわかんない、そんな状況なんだよ。
なのにお前が邪魔したから!全部パーだ!
どうすんだよ、俺は、どうしたらいいんだよ?!
また1からやり直せって?

俺がどんな思いで……たった5万で自分を売る相手を探してたのか……新田不動産のおぼっちゃまにはわからねぇだろうな?わかるわけねぇよな!お前にとっては端金だろうし?
俺だって嫌だよ、こんなこと!
でもたった5万円の端金がなきゃ生きていけねぇんだよ。
ホームレスになれってか?Ωにはそれがお似合いなのか?
あ、そうだ。大事なことを教えといてやるよ。
カツヤたちからも金をもらってた。それでお前と付き合ってたんだよ!
最初はお前のこと好きでもなんでもない。ただの金づるだった。
でも……本当に付き合ったら……ダメじゃん、金貰っちゃ……。
だからそっちのせいなんだよ、こうなっちまったのは。
お前じゃなかったら、一緒にいるために、それだけのために、服も、アクセサリーも、プレゼントも、無理する必要なかったのに。
寄生虫みたいなΩになりたくなくて、Ωだってバレないように、必死だった。ずっと辛くて苦しかった。
でも結局、こんなんになっちゃって……っ」

 胸が締め付けられる。目の前が真っ白になってうまく呼吸ができない。

「なんで……お前のこと好きになったんだろう……金づるのままでいてくれよ、なぁ……」

 それでも、未だにあづさが好きという思いだけはハッキリしていた。

「笑えよ……!汚いって……そう思ってるんだろ……!!クソッ……!うぅっ……」

 メッキはすべて剥がれてしまった。

 見栄とか意地とかプライドとか、全部なくなって子供みたいに床に這って泣いた。

 俺、このまま捨てられちゃうんだ。ゴミカス人間だからしょうがないか。

 そこまで考えて、俺があづさを捨てたのだと気づく。

 上手に振って綺麗に別れることもできたはずなのに、ヤケになってこのザマだ。

「……顔を上げて」

 頭の上から声がする。顔を上げた瞬間、殴られて犯されるのか?怖い。怖い!

 Ωだと白状した以上、避けられない出来事で、当然の末路。恐怖のあまり逃げることすらできず固まってしまう。

 でもまた同じ言葉が聞こえてくると、従ってしまう。やっぱりΩはαに逆らうことができないのだ。

 恐る恐る顔を上げると、あづさも泣いていた。

「寿…傷つけてごめん。
悪いのは俺の方だよ。
ずっと寿の本心がよくわからなかった。
あんまり自分のこと話さないから……。
なんで俺といるんだろう、なんで付き合ってくれたんだろうって不安になってた。
それでいつの間にか金に頼ってたんだと思う
悪いのは俺だ!自分を汚いなんて言わないでくれ……!寿は、綺麗だ。この世界の誰よりも。
何を言われても嫌いになるわけがない。
愛してる。この気持ちはかわらないよ。
一緒に人生を歩みたい」
「な……」

 都合の良い幻を見てるのだろうか?

 でもそっと手を握られた温もりで現実だって実感する。

「寿は……俺のこと愛してる?」

 あまりにも真っ直ぐな質問だった。

「愛してる、だけど、」
「じゃあそれでいいじゃないか!なにも問題はない!」

 あづさは俺の言葉を遮って声を震わせた。

「嘘なら俺もたくさんついたよ……。クラブやバーは、本当は寿と会う少し前にカツヤにYouTubeの企画で誘われて行ったことがあるだけ。必死に余裕があるように装ってた」
「……知ってる。聞いたよ」
「交際経験もないんだ。寿が初めての恋人で、その、童貞だった」
「うん。それも聞いた。ハメられそうになって、そいつ、自殺したんだろ……」
「え……あぁ、そうなんだ……ははは」

 作り笑いが痛々しかった。

 辛い目にあったのは俺だけじゃないと改めて気づくと、少し冷静さを取り戻す。

「普段はプログレしか聴かないし、カラオケはすごく苦手だった。
でもわざわざボイトレに行って最近流行ってる歌を練習したんだ。笑えるだろ ?
寿が褒めてくれた時は努力は報われるって感動しちゃった。
空手が特技ってのも大嘘。かっこつけたくて言っちゃった。
子供の頃、親父に無理矢理道場に連れて行かれたけど先輩が怖くてすぐやめてさ……。本当は通信教育で習っただけなんだ」
「空手を?通信教育で?いったい何を習うんだよ…」
「まぁ……それは置いておいて……。
とにかく、俺も寿と同じ立場なんだよ。恨んだり責めたりしないってことはわかってほしい……。
それに本当にΩだってことも気にしないよ!
俺のばあちゃんΩだし、いとこの姉ちゃんもΩと結婚したよ。
会社でも実力があればΩを採用してるし……!」

 寿はきっと本気で言ってるのだろう。

 俺の真っ赤な嘘と寿の些細な嘘が同じで、Ωを差別してないと……世間知らずの能天気なバカだ。

 でも確かにあづさの言葉に救われた。
 
 自分を救ってくれた人と人生を歩むことができたら、どんなに幸せだろうか。

 「もう一度言うよ。俺は、愛し合ってるなら何も問題はないと思う。
これからお互いのことを知って、それでもダメだったら別れるか考えればいいさ。
悲観的になるのは早すぎるよ。
寿は……どう?何も考えないで本心だけ教えてほしい……」

 大きな目で真っ直ぐに見つめらると、嘘はつけなか った。

 言葉の代わりに、広い背中に手を回し強く抱きしめた。

「……本当の名前、上遠野寿衣って言うんだ。コトブキにコロモって書く。
子供は宝、つまりジュエル。んで、略してじゅえ。変だろ?
恥ずかしくてずっと名前すら言えなかった。でも今は寿衣って呼んでほしい……いいか?」
「あぁ。もちろんだよ。素敵な名前だね。寿衣。何度でも呼ぶよ……」


***

 あの日から、俺の人生は少しずつゆっくりだが変わり始めた。

 あづさと生きるために何をすべきか真剣に考え、ちゃんと行動するようになった。

 まず最初に、長い間頼り切っていた抑制剤の依存を治すために病院に行くことにした。
 あづさのΩの親戚や知り合いも通っていて、信用できる有名な病院らしい。

 抜け出すには時間がかかりそうだけど、あづさはずっとそばで支えてくれると言ってくれたし、Ωについて勉強してくれる。

 あいつの優しさに甘えるだけじゃいけない。

 フリーターをやめ、本当に美容師になるために学校に通い始めた。適当についた嘘だけど、今度こそ現実にしたかった。
 バイトしながら資格の勉強をする忙しい日々を送る。

 あづさと同棲を始め、金銭面で援助してもらえるのは本当に助かった。

 嘘をつかない、危ないことをしないという2つの条件付きで。

 上手くいかなくて落ち込んだ日は慰めてくれた。

 あづさはいつも「欠けた部分を埋め合って生きるために人間は未完成なんだよ。完璧な人間はいない」と言う。

 俺はいつもあづさの言葉に救われていた。

 こんな俺に何ができるのか……まだわからないけど。

 手探りしながら未完成のまま生きていくんだと思う。


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