えっ? 平凡ですよ??

月雪 はな

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1巻

1-2

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 私は雑念を捨てて、作業に集中した。そうして、ようやく目の前にたくさんのシュウマイ群が完成した。
 うん、頑張った。私はほこらしげに胸を張る。
 料理長さんのほうを見ると、蒸籠せいろで大量の中華まんを蒸す作業に入っていた。
 蒸籠せいろもお父様にお願いして、きちんと作ってもらいましたよ。
 私は別の蒸籠を持ってきて、皮がくっつかないよう下に軽く油をってからシュウマイをすべて並べる。

「料理長さん、シュウマイも蒸してもらえますか」

 蒸すのも火を使うからね。残念ながら、私ができるのはここまで。野菜いためにいたっては、野菜を洗うくらいしか許されていないもんね。

「お嬢様、あとは私がやります。こちらは順に蒸していくだけですし、その合間に野菜炒めもできます。どうぞ、お部屋でお待ちください」
「片付けくらいやりますよ。それにお願いした立場としては、最後まで見届けたいですし」

 結局、危ないからという理由で片付けもさせてもらえず、その後は調理場で料理長さんに初めての調理器具の感想を聞きながら過ごした。
 料理長さんにとって蒸すという調理法が斬新ざんしんだったらしく、食べるのが楽しみだと言ってくれた。

「よし、そろそろ蒸し上がります。料理をお母様の部屋に運んでください」

 我が家は、食事は家族全員で、がルール。最近は、せっているお母様の部屋に料理を運び、家族三人で食事をしている。昼食は、お父様が視察で不在のときもあるけれど、今日は一緒にいただけると朝に確認済みです。

「かしこまりました。奥方様も、お嬢様の料理ですぐお元気になるに違いありません」
「ありがとう。今日の料理の感想、あとで聞かせてくださいね」

 この料理を食べるのは、私達家族だけではない。使用人と、賦役ふえきとして領主の畑を耕している領民にも配られる。だから、献立こんだてを考えるとき、配りやすい中華まんにしたんだよね。量はてんこ盛り。皆の感想が楽しみだな。
 調理場を出て、そのままお母様の部屋にウキウキしながら向かうと、部屋にはすでにお父様がいて、イチャついていた。いつものことなので、躊躇ためらいなく私も二人に抱きつきます。
 しばらくすると、料理が運ばれてきた。蒸籠のふたを外すと湯気が立ち上がり、美味おいしそうな匂いがただよう。
 初めて見る料理に、お父様とお母様も興味津々。あとはお茶があれば飲茶ヤムチャっぽいのに。こちらの世界には、お茶や紅茶がないんだよね。飲み物も、いつかバリエーションを増やしたいな。

「お父様、お母様、今日の料理は私が考えました。大きいほうが中華まんで、ちっちゃいほうがシュウマイです。湯気を利用した、蒸すという調理法に挑戦してみました。あとは野菜炒めです。感想、聞かせてくださいね」
「リリアナちゃんの考えた料理ですって、それは楽しみだわ」
「お母様のかわりにリリアナは頑張ったんだね。お疲れ様。では、森の実りに感謝していただこう」
「ありがとうね、リリアナちゃん。森の実りに感謝いたします」
「喜んでもらえて良かったです。森の実りに感謝いたします」

 こちらでの「いただきます」を言って、二人はまず中華まんを一口サイズに手でちぎって食べる。
 多分、パンの仲間だと思っているんだろうな。
 じっと見ていると、お父様とお母様の動きが一瞬止まる。だけどすぐに、二人はもくもくとまた食べ始めた。
 もしかして不味まずいのかな。私は、おそるおそる中華まんを口に入れる。
 うん、中華まんだよ。具だくさんで食べごたえがあるし、なにより中に入れたチーズがとけて、食材とのハーモニーも絶妙ぜつみょう
 なのになぜ、この二人は無言なの。前世での料理は、こっちの人達の口に合わないの?

「お父様、お母様。お口に合いませんでしたか? ごめんなさい……」


 そこでようやく二人は顔を上げ、私を見てくれた。その表情はやけにイキイキしている。

「リリアナは天才だね。この料理、凄く美味おいしいよ! 具を包んでいる生地きじもふっくら、しっとりだね」
「リリアナちゃん、これは料理の革命よ! 新たなる食の歴史が刻まれたわ」
「お口に合ったようで良かったです。シュウマイもぜひ召し上がってください」

 お父様とお母様に、今度はシュウマイをすすめる。二人はシュウマイを不思議そうにながめたあと、フォークで刺して口に入れた。

「とってもジューシーで美味しいわね」
「食べた途端、口の中に肉汁が広がるね。旨味うまみ凝縮ぎょうしゅくされている」

 うふふ、そうでしょう。蒸すと形が崩れにくいし、風味ふうみをそこなわないから、素材の味をかすことができる。さらに、栄養をあまり失わないので、身体にも良い。
 二人は笑顔で料理を食べている。あっ、野菜いためも、美味おいしいと言ってもらえましたよ。食卓に笑顔があるのは、凄く幸せなこと。その笑顔が私にとっては、幸せの味。料理の最後の隠し味です。
 あっという間に平らげられた料理のお皿をうれしく思いながら眺めていると、新たなる野望がムクムクと顔を出した。

「お父様、お母様、これからは私も料理をしてよいですか?」

 他にも試してみたい料理は山ほどあるんです。
 特に麺類めんるい。パスタを作りたいんだよね。残念ながらこの世界には、麺もないの。
 多分、原因はフォーク。フォークはあるのだけど、歯が二本しかないの。これじゃあ、麺が食べられないよね。だって、からめられないもん。はしにいたっては、存在すらしていない。
 もしかしたら過去に麺料理を作った人はいたのかもしれないけど、根付かなかったんじゃないかと思う。
 四本歯のフォークも、お父様にお願いして作ってもらっているところ。改フォークが出来上がったあかつきには、パスタを作ってやる。そして、フォークにこれでもかってくらいに麺を巻きつけてみせるんだから。
 その日、私は無事、料理権を勝ち取りました。


 そして、数日後の誕生日パーティーでお母様が爆弾を投下しました。

「リリアナちゃんへの贈り物は、これです」

 お母様は自分のおなかに両手を当てて、慈愛じあいに満ちた笑顔で言いました。

「リリアナちゃんに、弟か妹ができます」
「「ええぇーーーーーー!」」

 なんでお父様まで驚いてるんですか、お母様。

「リリアナちゃん、うれしくないの?」

 いやいや、うれしいけど、まさかの報告に私はビックリですよ、お母様。

「アリス、今の話は本当かい?」
「あら、ルイス。貴方あなたも喜んではくれないの?」

 そう言って、しゅんとした様子でいじけ始めるお母様。ちなみに、ルイスとアリスは両親の名前です。

「そんなこと、あるわけないだろう。リリアナという可愛い娘だけじゃなく、もう一人私の子を産んでくれるだなんて、君には感謝してもしきれないよ」

 お父様はお母様を優しく抱きしめ、ほおにキスを落とす。
 はい。相変わらずのバカップルですね。でも、寂しいから私も混ぜて! と乱入する。
 弟か妹が生まれることになりました。
 最近、具合が悪そうだなと思っていたけど、妊娠初期の症状だったんだって。それで、お母様はいつも眠くてだるかったみたい。治療師の方に、私達を驚かせたいから内緒にしててちょうだい、と頼んでいたらしい。

「リリアナちゃん、お誕生日おめでとう。弟か妹ができるんだね。奥方様も、病気じゃなくって良かったね」

 誕生日パーティーに来てくれたミーナちゃんは、私の手を握りながら一緒に喜んでくれる。

「あれ、リリアナちゃん。手に傷があるよ」
「あぁ、料理したときに包丁ほうちょうでちょっと切っちゃったの」

 実は料理長さんの目を盗んで包丁を使っていたんです。もちろんバレないようにすぐ隠しましたよ。まぁ、小さな切り傷だし、すぐ治るよね。でも、前世で主婦を自認していたのに、怪我けがをするなんて……
 ミーナちゃんを見ると、まるで自分が傷ついたように、悲しい顔をしていた。

「リリアナちゃん、私が治してあげるね。我願う、リリアナちゃんの傷を治したまえ」

 傷ついた手の上にミーナちゃんの手がかざされると、ほのかな温もりを感じた。
 しばらくして、手がどかされ……
 私の手の傷は、すっかり消えていました。

「ええぇーーーーーー!」

 ミーナちゃん、私になにをしたーーーーーー!?


    ◇ ◆ ◇


 私の名前は、マリア・シェリスタ。
 はっきり言おう、偽名ぎめいです。本当の名前は、マリア・リーシェリ。
 今では大きな組織に発展したリーシェリ商会の末娘として生を受け、数奇すうきな運命により、王都ローレリアにて食堂を営み生計せいけいを立てている。
 リーシェリ商会を束ねる父さんには家を出るとき勘当かんどうされ、そのまま私は行方ゆくえをくらませた。
 あれからもう三十二年。今では、立派な食堂のおばちゃんだ。
 生家とは、家を出てから連絡をとっていなかったが、数年前に私の居所をつかんだ兄さんは、時々私のもとを訪れる。

「お久しぶりね、兄さん。元気そうでなによりだわ」

 この日やってきた兄さんは、手に持っていた大きな箱を私の前の机に置いた。

「マリアも元気そうで良かった。これは、頼まれ物だ」
「兄さん、いつもすまないわね。様子はどうだったかしら?」
「担当の話によると、幸せにやっているらしい。誰に似たのか、お人好しすぎてどうなることやらと心配していたが」
「うふふ、それは良かったわ。それにしても随分と大きい箱ね。なにが入っているのかしら」

 私は、ゆっくり目の前の箱を開く。
 そこには見たこともない道具と紙の束がひとつ、そして一通の手紙が入っていた。

「兄さん、なにかしらこれ?」
「なにかの道具みたいだが、やけにたくさんあるな。マリア、手紙を読んでみたらどうだ」

 私は箱から手紙を抜きとり、開封する。
 便箋びんせんには、手離さなければならなかった息子の、懐かしい字が並んでいた。


 母さん、久しぶりだね。
 商会から母さんの手紙を預かったよ。相変わらず元気そうでなによりだ。
 だからといって、無理して身体を壊したりしないでくれよ。
 最近、妻が体調を崩してせっていたんだ。
 可愛い天使は心配して、お母様のためにと家事の手伝いをしていたよ。
 特に料理への入れこみようは凄かった。見たこともない道具を作ってほしいと言うので作らせてみたら、それは調理器具だと言うんだ。
 さっそくその調理器具を使って、料理長と一緒に天使は料理を作ったよ。
 正直、不味まずくても全部食べなければと覚悟していた。
 それがどうだろう。今まで母さんの作った料理が一番だと思っていたが、天使の料理は素晴らしく美味おいしくて、めるのも忘れて夢中で食べてしまったよ。料理上手は母さんに似たんだろうね。
 私達夫婦はもちろん、この料理を食べた賦役ふえきの領民や使用人も感激して、神々の料理だと絶賛していたよ。この絶品料理を目当てに、賦役の領民達は今まで以上に耕作に励み、賦役の日を楽しみにする者まで出てくる始末しまつ
 使用人は暇さえあれば調理場に通い、料理を教わっている。
 自分達の家族にも美味しい料理を食べさせたいと、必死になってね。
 そんな状況を知った天使は、使用人にレシピと調理器具をあげたんだ。
 いつも仕事を頑張ってくれている御礼として。
 レシピというのは調理法を記した紙で、それを見ながら天使の調理器具を使って料理をすると、誰にでも美味しい料理ができるらしい。
 母さんにもその料理を味わってほしくて、箱の中にレシピと調理器具を入れておいたよ。
 他にもエプロンという衣服の汚れを防ぐ前掛けや、四本の歯がついたフォークが欲しいと言うから、作らせてみた。使用して、ぜひ感想を聞かせてほしい。
 それから、妻の体調が悪いと書いただろう。天使の誕生日に、妻は最高の贈り物をあげたんだ。
 なんと、天使に弟か妹ができるって言うんだ。来年には私達の天使がもう一人増えて、天使達になる。母さんにも、いつか天使達を見せたいよ。


 読み終えると、兄さんがハンカチを用意してくれていた。
 息子からの手紙を読むときには、いつも涙が出てしまう。

「マリアは本当に涙もろいな」
「あら、これはうれし泣きだからとても幸せなことなのよ。素晴らしいことに、来年にはもう一人天使が増えるらしいわ」
「もう一人生まれるのか。それはめでたいな。マリア、もう会ってもいいんじゃないのか? あのときとは状況が違う」

 私はハンカチで目元をぬぐいながら、首を横に振る。

「ダメ。私はあの子を最後まで守れなかったんだから、会う資格なんかないの。そもそも、私のような平民と血のつながりがあると分かってはいけない。本来は、手紙のやり取りすらするべきではないのに」

 だけど、つい息子と兄さんの好意に甘えてしまっている。少しでも繋がりを持とうとする自分が浅ましい。

「ところでこの道具はなんだったんだ、マリア?」

 兄さんは私の梃子てこでも動かない決意を察し、重い雰囲気を払拭ふっしょくするように言った。
 まぁ、もともと気になっていたのでしょう。商人の悲しいさがね。

「この道具は調理器具で、紙の束はレシピという調理法を記したものらしいわ。この調理器具やレシピは、天使が考えたんですって。この通りに作ったら、天使が作った味を再現できるらしいわ」
「この道具は調理器具だったのか。でも、子供の考えたものだろう」
「兄さん、馬鹿にしてるの? 向こうの使用人や領民達は、天使の料理を神々の料理と呼んでいるらしいわよ」
「それは聞き捨てならないな。マリア、そのレシピとやらから、なにか作ってくれよ」
「もう、仕方がないわね」

 天使が作ったレシピの束の中から、『野菜天ぷら』と書かれたものを抜きとる。
 野菜はお好みで良いようだし、これだったら今ここにある食材で事足りるわね。
 私はさっそくエプロンを着け、調理に取りかかった。美味おいしくするコツは、小麦に水だけでなく、卵も入れてころもを作ること。食材、衣に使う水や卵は、冷えていた方がさっくり美味しく仕上がると書かれていた。私は天使の料理の味を再現するために、レシピに忠実に調理をしていく。
 すべての食材を揚げ終え、料理を盛りつけて兄さんの前に皿を置く。
 皿の隣には、天使が考案したという四本歯のフォークを置いた。

「これが兄さんの分ね。森の実りに感謝いたします」
「黄色くてふわふわした見た目だが、意外とパリッとした料理なんだな。森の実りに感謝いたします」

 兄さんはお行儀ぎょうぎ悪く、天ぷらをフォークでツンツンとつつき、それからゆっくりと口に運んだ。私も早く天使の料理を味わわなければと、天ぷらを口に入れる。
 口にした瞬間、二人して動きをとめ、思わず叫んでしまった。

「「美味しい!」」
「おい、マリア。これは確かに神々の食卓の料理だ。こんなにうまい物は初めて食べた!」
「これは、神々の慈悲じひだわ。まさに、天使が私達のもとへさずけてくださった料理ね!」

 初めて食べるサクサクとした食感とその美味しさに二人して感動した。

「レシピ通りに作れば、こんなに美味おいしい料理ができるのか」
「手紙通りだとしたら、そういうことになるわね」
「これは、王国中に広めるべき料理だ。このレシピと調理器具さえあれば、この味を楽しめるなんて素晴らしすぎる。それにこのフォーク! 歯が四本あると、食材を刺したときに安定感がある」
「こんな単純なこと、どうして今まで思いつかなかったのかしら。この方が実用性があるわね」

 私は右手に持ったフォークを感嘆かんたんの思いで、まじまじと見つめる。

「マリア、このレシピと調理器具、フォークをぜひ商会で販売したい」

 兄さんの商魂しょうこんが刺激されたらしい。こんな絶品料理が誰にでも作れるのだから、売りに出せば絶対に大繁盛だいはんじょうだ。
 可愛い天使には、素晴らしい才能があるのだろう。息子達が天使を優しく見守り、幸せに暮らしていることは、手紙からもよく伝わってくる。
 しかし、私はうわさで知っている。
 の領地経営が火の車であること、苦しみや悩みの種も少なくはないこと。
 息子には事後承諾じごしょうだくになるが、兄さんに販売の許可を出した。もちろん、利益の半分は彼の領地に納めることを約束させた。私だって、人の親だしね。
 それからの兄さんの行動は早かった。調理器具とレシピを私から借りると、それを見本にしてすぐ生産にかかった。さすがは、王国中にリーシェリ商会の名を鳴り響かせた立役者の一人。
 やがてレシピは『贈り物』という題名の書物となり、調理器具と一緒に販売された。すでに商会の傘下さんかの食堂では天使の料理が提供されて話題となっていたため、レシピと調理器具は即日完売。大量生産するも追いつかず、評判は高まるばかりだ。
 予想外だったのは、エプロン。服が汚れるのを防ぐ作業衣だったのに、どういうわけか、若い娘達の流行服として一世を風靡ふうびすることになった。


    ◇ ◆ ◇


 後に、王国のあらゆる家庭に天使の料理は浸透し、ついには王宮でもきょうされるようになった。各国の賓客ひんきゃくはその料理に舌鼓したつづみをうち、評判は国外へも広まっていった。
 マリア・リーシェリが営む食堂でも、天使の料理は毎日提供された。
 そして、料理を口にした客は口をそろえて言ったという。

「マリア、こんなに美味しい物は食べたことがない!」

 すると、マリアもまた、決まってこう答えた。

「当たり前よ、可愛い天使が考えたのだから」



   第三章 異端者達と水の貴婦人


 仰天ニュースです。なんと、この世界には魔法がありました。

「凄いよ、ミーナちゃんなにしたの? まるで魔法みたい!」

 ミーナちゃんが私の傷を治したのに驚いて、思わず大きな声をあげた。

「もちろん魔法だよ」

 ミーナちゃんはうなずくと、当たり前のように言った。

「凄い、凄いよ! じゃあ、魔法で空を飛んだり、変身したりすることもできるの?」

 私は興奮状態。誰しも一度は、おとぎ話やファンタジー小説を読んで魔法が使えたらなぁって思ったことあるでしょう? それが実際に使えるなんて、凄すぎるよ。

「魔力が強い人なら空も飛べるんじゃないかな。それぞれ得意不得意はあるけど、変身したり、水や風を操ったりするくらいなら、みんなできると思うよ」
「じゃあ、私も空を飛んだり、ミーナちゃんみたいに傷を治したりできるかもしれないんだね」

 私はミーナちゃんの両手をつかんで、じりじりと詰め寄った。

「ねぇねぇ、どうやって使うの? 私も使いたい!」
「リリアナちゃん、もしかして魔法のこと知らないの?」

 ミーナちゃんが戸惑とまどいながら言う。
 その言葉を聞いた途端、興奮から一転、冷水をかけられたような気分におちいった。
 この世界では、魔法は常識だったみたいです。前世では、魔法は空想の中だけの話だった。だから、そもそも魔法が使えるかどうかなんて、考えもしなかったんだ。私は、この世界のことをなにも知らない。
 私は、伯爵家の娘として生を受けた身。貧乏伯爵家とはいえ、領民の働きによって、私は今の生活を享受きょうじゅしている。だけど、私達のために領民がいるのではない。領民の暮らしを守るために、領地を治める私達、貴族がいる。なにも知らずに、誰かを守ることなどできるはずがない。
 それが、高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュだ。
 だから、知らなかったではすまされない。知らないことは、罪なのだから。
 私は両親の手助けをすると決めてから、この一年なにをしてきた?
 ミーナちゃんと遊んだり、料理のレシピを書き出したりしていただけで、結局はなにもせず、毎日を無駄に過ごしていた。このままではいけない。
 その日は、豪雨ごううに襲われたこともあり、眠れない夜となった。


 翌日、私は決意を胸に、お父様の書斎しょさいを訪ねた。

「お父様にお願いがあります。私、勉強をしたいです。この世界のことを知りたいです」
「リリアナ、突然どうしたんだい?」
「お父様、私は自分がなにも知らないことを知りました。この世界に魔法があることすら知らなかったのです。ずかしいです」

 しょんぼりしていると、お父様は微笑んで手招きをした。私は、お父様の座っている椅子いすに近寄る。

「じゃあ、家庭教師をやとおうか。リリアナは偉いよ。知らないことにきちんと気づいたのだから」
「お父様は優しすぎます」

 お父様は、なにも知らないからそうやって優しい言葉をかけてくれる。本当は私、精神年齢はもう大人なんですよ。身体は子供だけど。

「でも、家庭教師なんて大丈夫なんですか?」

 忘れてはいけないのは、我が家が貧乏だということ。
 さりげなくお金の心配を口にして、お父様の表情をうかがう。

「リリアナは、そんな心配しなくていいんだよ」
「変な心配をしてごめんなさい、お父様」
「いや、私こそリリアナに謝らなければならない。ごめんよ」

 そう言うと、お父様は大きな手で私の頭をでた。前世ではこんな風に父親に頭を撫でられたことがなかったから、くすぐったい気持ちになる。

「ちょうど、私の恩師おんしのお弟子さんが、王都にいられなくなったから良い働き口はないかと相談されていたんだ。その人にリリアナの家庭教師を頼もう」

 お父様、王都にいられなくなったって問題じゃないですか。
 家庭教師の件はうれしいですが、本当にその方、大丈夫なんでしょうか……


 家庭教師としてやってきたのは、彫刻のように美しく、無表情な青年だった。

「シリウス・レオドールです。今日からお嬢様の家庭教師を務めます」
「はじめまして、先生。レオドール先生とシリウス先生、どちらでお呼びすれば良いですか?」

 なんだか厳しそうだから、名前より、姓で呼んだ方が良さそうだけどね。
 先生はからすれ羽色の髪に、深海のような藍色の瞳の持ち主で、冷たい印象の顔立ちをした、二十五歳の青年でした。眼鏡めがねが似合いそうな人です。この世界に眼鏡がないのが惜しまれます。
 それにしても、この世界の人達は皆さんかなりレベルの高い美男美女です。

「レオドールでお願いいたします、お嬢様」

 あっ、やっぱりね。

「私はリリアナと申します。これからよろしくお願いいたします、レオドール先生」

 この先生が一体なにをして王都にいられなくなったのか気になるけど、人には聞かれたくないこともあるからね。冷たそうだけど、なんとなく悪い人じゃないと思うの。

「レオドール先生。私はずかしいことに、なにも知らないのです。世界の成り立ちも、なにもかも」
「お嬢様は、自分が無知であると理解しています。そのように言うのも、勇気がいることです。知らないのに知っているように振る舞うことこそ、おろかです。席にお座りください。まずは、この世界がどのようにできたのか、神話をお話ししましょう」


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