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1巻
1-1
第一章 豊穣の娘と村娘
私の名前は、橘ゆかり。公立高校に通う普通の女子高生です。
我が家は母子家庭。お父さんは、私がお母さんのお腹にいるときに交通事故で亡くなった。
お母さんはショックを受けて、流産しかけたそうだ。
だけど、お母さんのまわりには優しい人達がいた。心配してくれた親族や友人、職場の人達。
なにより、お母さんのお腹の中には私がいて、いつも一緒だった。
お母さんは人の優しさに触れ、徐々に生きる気力を取り戻し、私を産んだ。
そして、素敵な名前をつけてくれた。
――ゆかり――
私がお母さんのもとに生まれてきたのも、運命という名の縁。
人と人との縁を大切にしてほしい、と願いを込めてつけられた名前。
ちょっと照れくさそうに話してくれたよね。ありがとう。そして、ごめんなさい。
私、似なくてもいいところが、お父さんに似てしまったのかな。
私は今日、車に轢かれた。
どうか、またお母さんに人の縁が集まりますように。一人じゃないと気づきますように。
薄れゆく意識の中、私はお母さんの幸せをなによりも願った。
それが、橘ゆかりとしての最期の記憶。
◇ ◆ ◇
私の名前は、リリアナ・ラ・オリヴィリア。
そして、私には過去にもう一つ名前がありました。
――橘ゆかり――
交通事故によりその生を終え、今はリリアナという名前の少女として生きています。
転生――つまり、別の存在に生まれ変わったようです。
橘ゆかりだった頃の記憶を持ったまま。
しかも、ここは地球ではなく異世界。
この世界に生まれたばかりの頃は現実を受け止められず、ただただ泣き喚いていたけれど、泣いても現実は変わらなかった。そうなると、赤ん坊でも自然と腹を括るもの。
それに私が泣き喚いているとき、こちらの世界のお父様やお母様は、オロオロした様子で私を抱きしめてくれた。頭を優しく撫でてくれた。そんなことされたら、ほだされるに決まっている。
いつしか私は転生を、新たなる生の始まりを受け入れるようになった。
だけど、赤ちゃんライフは元・十六歳には辛かったです。こればかりは受け入れがたかった。回想は断固拒否。羞恥プレイ連続の葬り去りたい過去です。
そして、なにより苦労したのは言葉。この世界の言葉は、赤ん坊ながらすでに日本語であれこれ考えていた私には、外国語にしか聞こえませんでした。文字もまた一緒。
そう、地球とは違う言語が使用されていたんです。だから、柔軟な子供の脳をもってしても、なかなか喋れなかった。前世の記憶があったために生じた弊害。
心配したお父様やお母様は、私にいっぱい話しかけてくれました。
そのせいか、知恵熱とはずっとお友達だったよ。言葉の使い方が違うって? うん、頭を使いすぎて知恵熱が出た、なんて冗談で言ったりするけれど、本来の意味は違う。知恵がつき始めた、乳児の頃の発熱が知恵熱なんだよね。だけど、私の場合は間違いなく頭の使いすぎによる発熱。
とはいえ成長するにつれて、バラバラだった言葉の音と意味がくっついていき、それは知識となっていく。
そうして、七歳でようやく言葉と文字を完璧にマスターしました。
よく頑張ったよ、私。
その頃になって、私はやっと自分の立場が分かるようになりました。
なんと私、貴族、それも伯爵家の娘として生まれたみたいです!
しかし、そのわりにはボロい我が家。その原因は、両親にありました。
今世での私の両親は、二人揃ってかなりのお人好しでした。
あるときは、商売をしたいが元手がないという青年に借用書もなしにお金を貸し、持ち逃げされてしまった。またあるときは、怪しげな商人に良い話があるから出資してみないかと言われ、素直に出資して大損してしまった、などなど。
学習能力ありますか、とツッコミたい。
私の両親は、見た目も性格も良くて、堅実。なのにお人好しな気質がそうさせるのか、少し考えれば分かる嘘もすぐに信じてしまう。おかげで豊かな領地を持ちながら、我が家の家計は常に火の車。
けれど、私はそんなお人好しな両親を嫌いじゃない。むしろ大好き。
最低限しかいない我が家の使用人の噂話を盗み聞きしたところ、貴族という身分の人は大概、人を人とも思わないらしい。それを聞いて、すごく驚いた。私が前世で暮らしていた世界は、人が平等なのは当たり前だったから。身分で人を差別することが多いこの世界で、どんな人でも当然のように人として扱い、対等な目線をもって接する両親を誇らしく思う。
さらに、両親は領民のことを第一に考え、彼らの生活が豊かになるよう、入ってきたお金のほとんどを領地につぎこんでいる。
お父様は領地の視察を毎日欠かさず行い、時には畑まで耕す。
お母様も、貴族の奥様は普通、掃除洗濯なんてしないのに、毎日家事をする。
そして、二人はたくさんの愛情を私に注いでくれる。
子供としては、そんな両親のお手伝いをしたいじゃない?
この世界の文化レベルは、中世ヨーロッパのようなイメージ。生活の上で、たまに不便を感じることがある。だから、私がこうして前世の記憶を持って生まれたのも、意味があってのことだと思っている。なにかしらの役に立つと思うんだ、私の持っている知識が。
前世では親孝行できなかった私。
元・日本人としての知識、愛する両親のために活用させていただきます!
◇ ◆ ◇
今日は、フィルアという農村にお邪魔しています。なぜかって?
先日、親孝行すると意気込んだのはいいけれど、なにから手をつければいいのか分からなかったためです……
そして今さらですが、私はこれまで家から出たことがありませんでした。家のまわりで遊んだり、庭を探検したりはしましたよ。だけど、それ以上遠くへ出かけたことはなかったんです。なにせ、言葉を習得するのに必死でしたから。
そんな私は、この世界の歴史や情勢を知りません。
何をするにも、まずは現状の把握が必須じゃない?
そこで、領地の視察に行くお父様に、私も行きたいとおねだりをしてみました。
「リリアナ、遊びに行くんじゃないよ?」
お父様の弱点など、この七年でお見通しだ。くらえ、私の必殺技を――!
目を潤ませながらお父様を見上げ、首を傾げ、指を組んで顎の下に添える。このお願い攻撃のおかげで、私は未だに負け知らず。もちろん、私の不敗神話は更新されました。我ながら将来が恐ろしい。
今日の視察は、家から一番近い農村、フィルア村。
そんなに遠くないので、お父様と一緒の馬に乗せてもらい、ゆっくりやってきました。
同行者は、騎士のアレスさんです。
アレスさんは飄々とした雰囲気のお兄さんで、お父様の補佐官でもある。
さて、そのフィルア村ですが、ここは森に囲まれた長閑な農村で、民家も三十軒ほどしかありません。お父様は、その中でも一番大きな家の扉を叩きます。
「ようこそお出でくださいました、領主様にアレス殿。今日は随分と可愛いお連れ様もご一緒ですね」
人の良さそうな、朗らかな男性が扉から現れました。
「お久しぶりです、ダグラス村長。今日は、娘のリリアナが一緒に行きたいと駄々をこねまして。リリアナ、彼はこのフィルア村の村長、ダグラスさんだよ」
「はじめましてダグラス村長さん、リリアナです。今日はよろしくお願いいたします」
村長さんは、私にも笑顔で応じてくれた。
お父様と領民の関係はどうなのだろうと気になっていたけど、取り越し苦労だったみたい。
まぁ、お人好しのお父様だもんね。
「視察はお嬢様には退屈でしょう。私の娘と一緒に遊んでいただけませんか? 娘もリリアナお嬢様と同い年なのですよ。この村には、娘と同じ年頃の子がいないので喜ぶでしょう」
村長さんはそう言うと、家の奥から一人の少女を連れてきた。チョコレート色の髪に、同色のくりっとした大きな瞳が可愛らしい。だけど、人見知りをするタイプだったみたい。私を見ると、俯いて固まってしまった。
「はじめまして、リリアナと言います。あなたのお名前は?」
私が尋ねると、少女は弾かれたように顔を上げ、頬を染めて笑みを浮かべる。
なに、この可愛い小動物。ぜひともお持ち帰りしたいよ。
「私の名前は、ミーナって言います」
「ミーナちゃん、私と一緒に遊んでくれる?」
二人でご挨拶していたら、じゃあいい子にしているんだよ、と言ってお父様とアレスさん、村長さんは視察に行ってしまった。一方ミーナちゃんは、私を家の中へ引っ張っていく。
あれっ、私なんのために来たんだっけ?
「リリアナ様、なにして遊ぶ?」
「ミーナちゃん、様なんてやめて。リリアナと呼んでよ」
「でも、お父さんがリリアナ様とお呼びしなさい、って言ってたもん」
「私が良いと言っているんだから、これからはリリアナと呼んでね。私はミーナちゃんと呼ぶから」
そう言うとミーナちゃんはうれしそうに私の両手を握り、リリアナちゃんなにして遊ぶ? とニコニコしながら聞いてくる。かくれんぼはもっと大人数の方が楽しいし、トランプをやるにもこの世界にはおそらくトランプなんてないし、さてどうしよう……
結局、あやとりにしました。自分の発想力のなさにげんなりです。それでも、あやとりは初めてだと言って、ミーナちゃんは楽しそうに遊んでいる。良い子だよ。
「ミーナちゃん、この村の人達は畑を耕して生活しているの?」
「うん。猟師のおじさんもいるけど、畑で野菜を育ててる人の方がいっぱいだよ、リリアナちゃん」
まだ慣れないあやとりと格闘しながら、ミーナちゃんが答えてくれる。
「森に囲まれているから、腐葉土もたくさんありそうだもんね。作物を育てるのに良さそう」
「フヨウド? リリアナちゃん、なにそれ?」
「森に入ったとき、落ち葉の下が黒い土になっていない? その黒い土をね、腐葉土というの」
そうなんだ、とミーナちゃんは相槌をうつ。
「落ち葉なんかが腐った土なんだよ。あとは灰も畑に良いの」
……確かそうだったはず。
「リリアナちゃんは物知りなんだね」
ミーナちゃんは、キラキラした目で私を見つめる。
そんな純粋な目で見られたら、間違ってるかもしれないだなんて言えないよ。
それから二人であやとりに熱中していたら、いつの間にか大人達が帰ってきていました。
「リリアナ、そろそろ帰るよ」
お父様が私を連れて帰ろうとしたら、ミーナちゃんの大きな瞳から大粒の涙がこぼれ始める。
「リリアナちゃん、帰っちゃいやぁ!」
なんて可愛いことを言うの、ミーナちゃん。やっぱりお持ち帰りしたいな。
「ミーナちゃん、泣かないで。お父様と一緒に、また遊びにくるから」
私がそう言ってミーナちゃんに抱きつくと、ミーナちゃんは頬を真っ赤に染めて、瞳を潤ませる。
「リリアナちゃん、また私と遊んでくれるの?」
「うん。もちろん!」
「じゃあ、私とリリアナちゃんはお友達だね!」
ミーナちゃんは、また遊びに来てね、と名残惜しそうにしながら、ダグラス村長さんと一緒に村の入口まで見送ってくれた。
今日、今世で初めての友達ができました。
◇ ◆ ◇
私の名前は、ミーナ・フィルアです。
お父さんはフィルア村の村長をしています。うちは代々続く村長の家系なんだって。
そんな我が家に、今日は素敵なお客様が来たの。
一人は領主様。とても優しい人で、今の領主様になって良かったって皆が言ってるの。前の領主様は、恐ろしい人だったんだって。今の領主様は私に時々お菓子をくれるの。そんな人が悪い人なわけないもんね。それから、領主様を守る騎士様も一緒に来た。ここまではいつもの顔ぶれ。だけど、お客様はもう一人いたの。
「今日はね、リリアナちゃんとお友達になったの!」
私は初めて同じ年のお友達と遊んだ興奮が冷めず、夕食の席で今日のことをお父さんとお母さんに語った。
「リリアナちゃんはね、真っ白な肌にサラサラの銀髪なの。それとね、瞳が吸いこまれそうなほど綺麗な紫水晶の色なの。私、あんまり綺麗だから感動しちゃった」
豆のスープを木の匙ですくっても私のお喋りはなかなか止まらず、スープは皿の上にポタポタと落ちていく。
はじめはお父さんとお母さんも注意してきたけど、もう諦めたみたい。今は私の話をうんうん、と言いながら聞いている。だから、リリアナちゃんの自慢話をいっぱいしているの。
「それにね、リリアナちゃんは物知りさんなんだよ。腐葉土や灰が畑にいいんだって知ってた?」
すると、お父さんとお母さんは首を傾げた。
「フヨウド?」
「お父さんもお母さんも知らないの?」
いつもはお父さんやお母さんに聞いてばかりの私。だから逆に教えてあげられることがうれしくって、リリアナちゃんの言ってたことをそのまま伝えたんだ。そしたらお父さんは、試してみる価値はあるな、とブツブツ言いながら考え始めちゃった。つまらない。まだまだリリアナちゃんの話を聞いてほしいのに。
それから数ヶ月して――
昨日、お父さんが凄くウキウキして帰ってきたの。リリアナちゃんの話をした次の日、お父さんはさっそく使っていない畑の一部に、腐葉土や灰を撒いて作物を植えてみたんだって。そしたら、作物の成長速度は早いし、他の畑のものより大きく育っていて、収穫量がすごく増えそうだって、喜んで話してくれた。これからは他の畑でも試してみて、良い結果が出たら村の畑のすべてに使おうって。
そして今日、リリアナちゃんが村に遊びにきてくれたから、その話をしたの。リリアナちゃんはなぜかほっとしてた。なんでだろう?
◇ ◆ ◇
後に、腐葉土と灰はミーナの住むフィルア村の畑すべてに使用され、その年の収穫量は過去最大となった。
領主はオリヴィリア領すべての村にその方法を広め、オリヴィリア領はいつしか国の食糧庫と呼ばれるようになった。
領主の娘であるオリヴィリア伯爵令嬢も、いつしか『豊穣の娘』として広く知られるようになる。
そして、数多の伝説を残すリリアナ・ラ・オリヴィリアには、生涯の友がいた。
その生涯の友こそ、ミーナ・フィルアという。
第二章 天使と食堂の女主
もう少しで、私は八歳になります。
数日後に内輪の誕生日パーティーをすることになり、友達のミーナちゃんも来てくれるそうです。
ただ、心配なことがあります。最近、お母様の体調が良くないんです……
いつも眠そうだし、身体もだるいみたい。
治療師、つまりこちらの世界での医者に診てもらったら、しばらくこの状態が続くので、無理をせず安静に、と言われたそうです。だから誕生日パーティーも今年はしなくていいかな、と思っていたんだけど、リリアナちゃんがまた一つ大人になったおめでたい日なんだから絶対にやるのよ、とお母様に凄い剣幕で言われてしまいました。
我が家は貴族ですが、貧乏なのでお母様も家事をします。数少ない使用人をまとめあげ、指示をする。手があけば、手間どっている人を手伝ったりして、なにかと働くお母様。
そのお母様が動けない今、私が働かずして誰が働く!
私は、家事のお手伝いをすることにしました。もともとちょっとしたお手伝いはしてきたのだけれど、子供は危ないからダメ、とそれ以上させてもらえなかったんだよね。でも前世ではお母さんがバリバリに働いていたから、必然的に私が家のことをやっていたんです。だから家事には自信がありますよ。
そして、私にはなんとしてもチャレンジしたいことがありました。それは料理。
この世界の献立は、パンに、豆や野菜のスープのセットが基本。これに、ソースを添えた焼き肉、チーズやソーセージ、オムレツなどがプラスされる。
だけどね、日本で当たり前のようにたくさんの料理を食していた私としては、もうちょっとバリエーションが欲しい。うれしいことに、こちらの食材は地球と同じ形状と味で、町のお店に行けば簡単に手に入る。時期や産地の問題があるから、スーパーマーケットのように旬じゃない食材は手に入らないんだけど。そこまで高望みしてはダメですよね。でも残念。
こちらの世界にも、焼く、煮る、茹でる、炒める、和える、漬けるといった調理法はあるんだよ。
だけど、調理法ってまだまだあるよね。いぶすとか、干すとか。今回は、蒸すに挑戦したいと思います。
前から料理にチャレンジしたかったけれど、子供の私は調理場に立ち入り禁止だった。なので、料理長さんにレシピを渡して、これを作ってほしいの、とお願いしたことがある。
そしたら、問題発生。作り方はまだしも、計量カップやらの調理器具がないから、食材の分量が伝わらなくて作れない。
料理のレシピによく書かれている『少々』ってどれくらいだと思う?
正解は、親指とひとさし指の二本の指先で自然につまんだくらいの量なのだけど、これと同じような疑問がすべての食材につきまとうのだから、難しいよね。食材を無駄にしてしまうのももったいないので、結局作ってもらうのを諦めたんだ。料理長さんも申し訳なさそうで、罪悪感でいっぱいになってしまったのは苦い思い出。
だけど、ようやくリベンジの時が巡ってきたようですね。
人間の三大欲求の一つをなめてもらっては困ります。もちろん、満たしてみせましょう。
分量についてはひとまずおいといて、お父様に必殺技を放ち、作ってほしいものがあるの、とおねだりをしました。勝敗は予想通りだよね。ごめん、お父様。でも、これも豊かな食生活のためなのよ。
本日、そうして出来上がった調理器具を、ようやくお披露目できます。子供の私がすべての調理器具を運ぶのは大変なので、すでに調理場に運んでもらっています。
ウキウキしながら調理場に行くと、料理長さんは心配そうに尋ねてきた。
「お嬢様、ここは火や包丁を使う場所なので危険です。私に任せてはいただけませんか?」
「料理長さん、私は危ないことをするつもりはありません。今、お母様は体調が悪く臥せっています。だけど、幸いにも食欲はいつも通りです。美味しい料理を食べて、早く元気になってほしくて……そのお手伝いがしたいの。ダメ?」
しゅんとした様子で、料理長さんを涙目で見上げる。
「それに、一人でも多くの手があった方がお仕事も早いでしょう? ねっ、お願い!」
「うっ……ご自分で火や包丁を使ったりしないとお約束していただけるのであれば、承知いたします」
「分かりました。ありがとうございます!」
私はお礼を言って、調理台の前の手頃な踏み台の上に乗る。すると、料理長さんが私の恰好をまじまじと見つめてきた。
「その布はなんですか?」
私は服の上に重ねた、あるものをつまむ。
「エプロンです。衣服が汚れないように着るものですよ」
なにせ、我が家は貧乏一家。服なんて数着しかないんですからね。だから作っちゃいましたよ。
「へぇ、それは便利そうですね」
そう言って、料理長さんはまじまじと見てくる。そんなに気に入ったのならば、感謝のしるしに今度料理長さんにも作ってあげよう。そんなことを思いながら、調理台の上に広げられた調理器具とレシピを確認する。
思い返せば、レシピ作りはとても大変でした。この世界にも秤はあるのですが、前世とは異なる単位のおもりを使ってはかります。各料理に必要な材料を、そのおもりで一つずつはかってレシピに書きこんでいったんだけど……気の遠くなる作業だったよ。
「今日のお昼の献立は、中華まんにシュウマイ。あとは野菜炒めです。この調理器具とレシピさえあれば、誰にでも美味しい料理を作ることができます。この紙に書かれた調理法を読んで、きちんと中華まんとシュウマイの生地は作れましたか?」
私が用意したレシピでちゃんと料理ができるか知りたかったので、料理長さんにはあらかじめ生地の作成をお願いしてたんです。子供の力だと時間もかかるし、中華まんの生地は発酵のために寝かせる必要があったからね。
前もって献立を伝えたとき、野菜炒めについては作ったことがあるということで料理長さんもすぐに了承してくれた。だけど、中華まんにシュウマイという初めて耳にする料理には、凄く不安そうだった。そこを、絶対に美味しいのよ、お願い、と説得してなんとか生地作りに挑んでもらいました。感謝しています、料理長さん。
「これが頼まれていた生地です」
差し出された二つの器には、中華まんとシュウマイの生地がそれぞれ塊で入っていた。うん、分量もバッチリ。レシピを見ただけで、きちんと生地が作れている。良かった。
本来、中華まんの生地には砂糖を入れるのだけれど、今回は砂糖不使用で作ってもらいました。砂糖がなくても、きちんと生地は作れるんです。なぜ砂糖不使用なのか、つっこんではいけません。我が家は貧乏なのです。貧乏って、悲しいね……
ダメ、忘れるの、リリアナ。さぁ、気合いをいれて作らなくては!
「ありがとうございます。私はシュウマイを作るので、料理長さんは中華まんをお願いします」
「かしこまりました」
私は目の前の生地を同じくらいの大きさにちぎって並べ、乾燥を防ぐため、濡れ布巾をかけた。このちぎった生地を布巾の下から一つ手に取り、たっぷりと打ち粉を振って、麺棒で円形にうすく伸ばす。これで、シュウマイの皮が一枚完成。できた皮にも、乾燥しないように濡れ布巾をかける。こうして地道に作業を繰り返し、皮を増やしていく。
料理長さんはレシピを見ながら、中華まんとシュウマイの具も作っている。具の食材を切るのに包丁を使うからって、仕事を一つとられたんです。約束だから仕方がないけれど。
ふぅ、皮完成。たったこれだけでも、私の年齢だと結構大変だね。
私は顔に粉がつかないように、右腕で額の汗を拭う。
「お嬢様、シュウマイの具ができました」
タイミング良く、料理長さんがシュウマイの具が入った器を持ってきてくれる。
「ありがとうございます」
私に器を渡すと、料理長さんはすぐに自分の仕事に戻り、てきぱきと仕事をこなしていく。さすがは我が家の少数精鋭部隊の一人。仕事ができますね。さて、具を包みますか。
私は左手の親指とひとさし指で輪を作り、シュウマイの皮をのせて真ん中をへこませ、巾着のようにした。そのへこみに具をたっぷりと入れて、表面を平らに整える。
具を包んでいく作業は最初は楽しいけれど、量があると飽きてきて辛いよね。いやいや、そんなことを考えちゃいけない。考えれば考えるほど、辛くなるに違いないから。
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