猫のお知らせ屋

もち雪

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稲穂のはじめてのお仕事

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  街の中で、今日も猫達が歩く。虫の知らせを伝える為に。

 夏に入り、入道雲がそろそろ見慣れて来た頃。お知らせ屋で、一番の新米の猫、僕、稲穂いなほは、神社の本殿で震えていた。今まで入ってはいけないと、言われていた本殿にいる誰かの優しく、そして強い気配に僕は震えおののいていた。

 誰かは僕へ仕事の記憶と能力を手渡すと僕を人間の子供の姿してくれた。今の僕に、猫の部分が残っているのは、三毛猫柄の猫耳と尻尾だけ。

 虫のお知らせを配達する、猫達の為の帽子を握りしめると少し緊張が和らぐ。

 僕は横に立つ、巫女のみずほちゃんを盗み見た。みずほちゃんは、長い髪を後ろにまとめ、巫女用の白衣はくえの上に、白い千早ちはやを着て静かにたたずんでいた。

「ぼっ、僕は、立派なお知らせ猫になれるでしょうか?」

 と、僕は、彼女に聞いた。みずほちゃんは、橋の下に捨てられていた僕を拾ってくれた僕の飼い主だ。

 本殿の誰かから能力、不思議な力を貰った僕には、みずほちゃんから、本殿にいる誰かと同じ力をわずかながら感じとる事が出来た。

「なれます、詳しくは先輩のあずきに聞いてください」
 本殿に居る巫女のみずほちゃんはいつもより、よそよそしい。

「あずきに!?」

 僕の毛がいっせいに逆立つ。そんな僕の手を引きながらみずほちゃんは、一礼してから本殿をでる。僕も真似して一礼してから本殿をでた。

 本殿を出て、少し歩いたみずほちゃんは僕を振りえり――。

「じゃー小学校に、行く準備があるから先に行くね!」

 と言って慌てて自宅へと、帰っていく。

 早朝、「ご神託ごしんたくがくだりました」と、小学4年生のみずほちゃんが、神主であるお父さんとお母さんに伝える為に、起こしてまわった時から何時間も経ったような気がする。

 みずほちゃんが居なくなって、やる事が無くなった僕の前に、境内けいだいをほうきを持って歩いている、神主かんぬしであるお父さんが通りかかった。

「お父さ――ん」
 僕は、本殿の前の階段を降り、てお父さんの所まで走って行く。

「どこの坊ちゃんかと、思ったら稲穂か?」

「うん、稲穂だよ、見て見てお父さんおかしくなぁ――い? 」

 僕は、手を広げてくるっと、まわってみせた。お父さんは、ほうきを動かす手を止めて、僕を見てくれている。

「おかしくないよ。でも、やっぱりあずきと同じ制服に、同じ肩掛け鞄なんだな……。私の子供の頃は、猫達は着物と風呂敷包みだったけれど……なんでかわったんだろうね? 」

「わかんない、わかんないけど……お父さんはどっちが好き? 」

「どっちも好きだけど、稲穂には、洋服の方が似合っているかな? 」

「そうなんだ、嬉しい」
 僕は、お父さんに抱きついた。そんな僕をお父さんは優しく撫でてくれる。

 みずほちゃんの家族はみんな優しい、そんな家族の中で猫のあずきだけは優しくないし、姿も違う。何であずきだけ?と思っていたけど……。

 新米お知らせ猫になって初めてわかった。

 僕もあずきとおんなじで、みずほちゃんの家族とは違う事。そして夕日の中、みずほちゃんに抱かれて歩く僕を撫でてくれた、いつものおじいさんやおばさん、そしてあの髪の長いお兄さんとも僕は違うのだ。

 僕は大きくなっても、猫の耳もしっぽもない人間ならない。なんだか、凄く、凄く残念だ。

 僕は、お父さんから離れて――「お父さん、あずきは? どこにいるか知ってる? 」と聞く。

「あずきは、昨日の仕事が残ってるから朝早くから居ないよ。そして少し遠い所まで行ったから夕方まで帰らないよ」

「そんなんだ……」

 僕は、あずきにまだ何もおそわってない、ちゃんと出来るかな? また不安になり、帽子を取りにぎにぎしてしまう。しっぽは、足の間に入って、猫の時より立ちにくい……。

 お父さんは、そんな僕を見かねて、ほうきを横に置き、僕の前でかがみ、僕に視線を合わせる。

「私も一緒に行こうか? 」

「ううん、お父さんはお仕事があるし一人で行ける、だから今日は美味しい猫缶食べたい……」
 ぼくは、首をぶるぶると振り答えた。

「わかったよ、瑞穂みずほに美味しい猫缶をだすように、私からお願いするよ」

 お父さんは、少しククッと笑ってから、そう言ってくれた。

「わぁ、じじゃ――行ってくる!」

 そう、言い終わらない内に、境内を走り始めていた。猫の姿に戻った僕は走った、鳥居の下から繋がる階段を駆け下りると、僕に驚いて鶏が、ココッコと一斉に逃げていく。境内けいだいを行きかう人間には僕の姿は見えないのかゆっくりと歩いて行く。長い境内を抜けると2つ目の鳥居をくぐる。僕はふたたびに人の姿になり、大きな道路の横断歩道を歩く。

 どうも人は僕の事には、気付いているけれど……僕が通り過ぎるとその僕の事を、忘れてしまうらしい。僕を避けて歩いた人間が、「あれ? 」と言って振り向く。けど、すぐに何もなかった様に歩いて行ってします。

 そうやって長い道のりを越えていった先は、小学校だった。


 大きな門が僕の目の前に立ちはだかるが、大きな門に手を付き、猫の姿になって飛び越える。そのまま僕は、本殿の居た誰かの記憶を頼りに、誰も居ない校庭を走り抜ける。

 猫の身体は、人間の時と比べられないほど早く走り抜ける素晴らしく楽しい気持ち。体育館への連絡通路の切れ間から入って通路を進むと、校舎内への扉があった。

 人間の姿になった僕は、ある教室の前にたどり着く。人の声が行きかう、家庭科室の扉をそっと開ける。僕は虫の知らせの受け取り人の近くにそっと立つと、僕は、彼女の名前を呼ぶ。

「みずほちゃん」

「えっ!? 稲穂いなほ!」

 その声を聞き、隣に居た男の子がみずほちゃんを心配して肩に手を乗せ、「神代かみしろさん なんかあった?」と、声をかけた。

 彼の目は、みずほちゃんの視線を追い僕と目が合ってしまう、その瞬間、彼の目がまんまるになった。

 瑞穂ちゃんが慌てて、「駿河するが君、何でもないの何でも」と言って、僕達の前に立ち僕を隠す。

「神代さん、駿河さん、どうかしたの? 」
 先生らしい大人がふたりに問いかける。

「すみません、ちょっと野菜を落としそうになっただけです」

「そう、神代さん刃物を扱うから気をつけてね。じゃ――二人とも、調理の続きに戻ってね」

「「はい」」

 ふたりは、調理の続きに戻る。僕は、みずほちゃんの横に立ち、彼女の制服の裾のを掴む。

「さっきの男の子ずっと、僕の事見て来てこわい……」

 みずほちゃんが慌てて、男の子の方を見ると、僕達と男の子は見つめあう形になった。

 みずほちゃんは、そのままゆっくりと座り込み、僕の制服の上着の裾を、引いて僕を横にかがませた。お皿を探すふりをするみずほちゃんは、僕に小さい声で話しかける。

「この事は、おとうさんに帰ってから相談しよう。ところで、稲穂いなほは、何でここに来たの? 」

「あっ……」
 僕は、みずほちゃんの手を取り、目をつぶる。

「神代瑞穂かみしろみずほちゃんに謹んで申し上げまする。炊飯器のスイッチが入ってません」

「え?」

 僕はちゃんと渡された、虫の知らせをみずほちゃんに伝える事が出来たが、みずほちゃんは少しがっかりしている様だ……。

 みずほちゃんは、立ち上がるとさっきの男の子に「駿河君、炊飯のスイッチ入ってるか見て貰っていい?」と、伝えた。

 彼は、慌てて炊飯器があるだろう場所を確認すると――。

「あ……神代さんありがとう! 入れ忘れてた……」

 怖かった男の子が、にっこり笑顔で微笑んだ。そしてみずほちゃんは少し顔を赤くする。それを見て楽しかった気持ちが、キュッと少し小さくなった。なんでだろう……。

「みずほちゃんもう帰るね」

 僕がそう言うと、みずほちゃんは、いつもの笑顔で、足のところでそっとバイバイしてくれた。

 僕は、歩きながら帰った。人間の目線で見る家の外は、とても広く自由だ。でも、猫達は僕に警戒して逃げたり、怒ったりして少し怖い。

 鳥居をくぐると、僕は猫の姿で境内の階段を駆け上がる、2つ目の鳥居を通り抜け一目散に僕の家に帰る。玄関前で、ふたたび人間の姿なった僕は、玄関のチャイムを鳴らしお母さんを待つ。もちろん帽子をにぎにぎしながら……。

「は――い! あらあらもしかして稲穂?」
 扉を開けてくれたお母さんは、ちゃんと僕の事をわかってくれた。

 ついつい嬉しくなって「そうだよ、ぼく稲穂だよ!」と言って抱きつく。そのまま猫の姿になって、家事をするお母さんの肩の上で、しばらくのあいだ過ごした。



 いつの間にか寝てしまった僕が起きると、隣で黒猫のあずきが丸くなって寝ていた。そして僕のうちには家族が全員居た。

 みずほちゃんは、僕の初めての仕事をいっぱい褒めてくれ、美味しい猫缶を「はい、どうぞおつかれさま」と出してくれ今日作った料理の味について教えてくれた。お父さんは、一人で行って偉かったよって言ってくれた。お母さんは――。

「稲穂もあずきみたいに、仕事から帰ったらずっと私にくっいていたのよ。やっぱり、初めての仕事は心細くなるのかしらね」と、言っていっぱい撫でてくれた。ボス猫みたいなあずきも子猫の時は、そんな事あるんだと思いながらまた、あずきの横に座る。

 そうするとあずきは、目を少し開けて僕を細目で見るが、シャーシャーも飛びのきもしないで、目をつぶる。それに安心して僕もあずきの横で丸くなって寝た。

 そうして僕のお知ら屋の一日は終わるのだった。


 ガバッ!
「アッ!駿河君の事、相談するの忘れてた!?」と、みずほちゃんの声が聞こえたけれど……。



 おわり
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