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その葛藤に意味はないの

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【水道管……水……これはよい】

蛇が、

【水に変化してしまえば、人の住処に入れる】

魚が、

【水道管とやらは、どの住処にも通じておるようじゃ】

鼠が、

【問題は】

虫が、

【一気に呑むか、徐々に呑むか】

花が、

【一気に呑む方が効率はよいが】

鳥が、

【奴らにすぐ勘づかれ、追いつかれてしまうの】

蛇が、

【徐々に呑むにしても、同じ事ぞ】

蛙が、

【徐々に呑もうと一気に呑もうと、奴らには勘づかれる。それは免れん】

犬が、

【然し、よい隠れ蓑がおるではないか。人の姿という隠れ蓑が】

猫が、口々に絶え間なく言葉を発する。

【そうよのぉ、この者のおかげで昼も動けるようになっただけでなく、我らの知恵と知識は飛躍的に上がった】

【感情というモノも知った】

【徐々に姿を変化させるのではなく、一気に変化すればよかったのだ】

【やり方が増えるのは、よい事よの】

【この者が協力的であればよいの】

【然し、夜しか本来の姿になれぬのは歯痒いの】

【些細なことよ、いずれ……の】

【楽しみよの】

【楽しみじゃのぉ】

【この者は人のままでおれるのか、楽しみぞ】

【無理じゃろ。我らと一つになったのだからなぁ】

【さぁさ、逝こうぞ、逝こうぞ】

ずるずると、ぺたぺたと、それは這う。排水溝をまじまじと眺め、笑うという事を知ったそれは全ての顔を“にたぁ”、と歪ませる。
ばしゃっと音を立て、それは水へと変わると、排水溝へと入って行く。
それの行き先は、それさえも知らない。ただ流れに任せるだけ。


♢♢♢♢♢♢♢♢


「お母さーん、バスタオル持ってくんの忘れたから取ってー」

「まぁた忘れたの!? 持って行ってあげるから、もう少し入ってて。今弁当で手が離せないの」

「はーい」

親子の何気ない会話。親子は知らない。その水に何が潜んでいるのか。
それにとってはどうでもよい事だ。人の未来や親子の情など。何が酷いか何が哀れなのかなど、人の尺度でしか無いのだら。

「もう少し浸かっとこ」

少女は入ってしまう。それが潜む湯船に。
それは嬉々として少女を呑み込む。悲鳴を上げる間もなく湯船の底に引き摺り込まれ、水となったそれに全身を拘束され、口と鼻からそれは少女の中に入り込み、内から外から少女を腐らせていく。
パニックを起こした少女は必死に抵抗するが、その手は水を切るばかり。
ぐずぐずと腐り真っ黒になっていく少女の身体。最後は皮と骨だけの、苦痛に顔を歪めた真っ黒な死体。
この親子にせめてもの救いがあるとすれば、お互いの死に顔を目にする事なく逝けた事だろう。
母親もまた、水道水に潜むそれの身体を含んだ料理を口にしてしまった為に、身体の内側から腐らされてしまった。
所々黒い斑点が肌に浮かび上がり、目を見開き白目を剥きながら首を掻き毟ったままで息絶えた姿は、痛々しいどころではない。
舌がだらんと垂れた口から、水の塊が出てきたかと思うと、水は蛇へと姿を変えた。
するすると移動し、浴槽の中にどぽんと落ちると、また水へと変わる。

【意識を分離させるなどどうなるかと思ったが、上々ぞ】

【今日はこのくらいにしておこうぞ。この者の負担が大きい】

【そうじゃの。この者の家に帰ってやろうか】

浴室の排水溝からそれは流れて行く。
残されたのは親子の無惨な姿だけ。
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