弓張月異聞 リアルチートは大海原を往く

Ittoh

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伊豆綺談

和泉松浦党

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 講談師、見てきたように、嘘を吐くというのはありますが、リアルチートというのは、本当に居るものでございます。巨躯の武士もののふという意味では、近年に有名となった「前田慶治」の雰囲気であったろうと思います。行動の仕方も戦いにあたっての考え方も似たような感じでもあります。そういう意味では、「前田慶次」の方が、為朝が持っていたイメージであったのでありましょう。





 遠目に見ても、でかい大船であったが、近くで見ると見上げるような大きさの船だった。十二丈(39メートル)ほどある船は、博多で見た、唐船に似た形で、三本マストに竹網の帆が畳まれていた。嵐の中で出来る限り、突っ込まないように操船をしたらしく、主檣が折れて、弥檣と艫檣の帆もたたんでいた。左舷側後方が岩礁にあたって砕けていた。
島の者達も来ていたが、でかい船に圧倒されたように、なかなかに動かない様子であった。
 砕かれた舷側を見ている女が居たので、崖を駆け下りながら、声をかけていた。
「どうした、無事かぁッ」
下りて近づくと、女が苦りきった顔をして言った。
「岩の山に乗り上げてしまった。動かん」
「何ッ」
傍に寄ってみると、鼻のような岩が、下から突き上げるように刺さっていた。側板が引っかかって外れないようだ。
「こいつは、いけねぇな。この側板を割らないとダメだな」
「ダメだ。さすがに側板まで割れると、隣の区画に水が入る。この嵐で、既に一区画やられているからな、これ以上はこの竜牙が保たない」
「ここは、伊豆の大島だ。この岩を南から回ると、すぐ近くに湊があるが」
「伊豆の大島か・・・かなり流されたな。志奈、見て来てくれるか」
「あいさぁ」
一声掛けて、帯を解くと、飛び上がって五位鷺となって空に舞う。
「ほぉ、始めて見た。あれが五位を賜った鷺衆か。おれは、鎮西八郎、源為朝と申す」
「あぁ、崇徳院の、、、すまない、名乗るのが遅れた。あたしは、和泉松浦党、松浦泉だ」
「嵯峨源氏の松浦党か、肥後では世話になった」
笑って、気にせずに応えてやると、泉は目を上目にして、
「しかし、流石に大きいな。あたしより大きな男を見たのは久しぶりだ」





 松浦党というのは、嵯峨源氏の流れ渡辺綱と大江山のあやかしひとならざるもの茨城童子との間に生まれた子孫であります。海に出でた海洋武士団を形成し、肥後肥前といった西海を中心として強大な勢力圏を築き、平家が瀬戸内を制覇するのに多大な貢献をおこなった、海の武士団でありました。
 栄える平家に従って勢力を伸ばし、瀬戸内全域に支配権を確立させ、和泉国の岸和田へ新たな松浦党を立ち上げておりました。
 話は少し逸れますが、本家となる渡辺家は、難波湊を中心に京洛や大和といった川筋を勢力圏として、河内源氏の頭領である源頼政の下で勢力を伸ばしておりました。
 和泉松浦党、松浦泉は、岸和田へ勢力を広げた、松浦党の一人であり、松浦大船と呼ばれる、宋船仕様の大船「竜牙」を操る船長ふなおさでありました。清盛が下で宋国との取引を受けて、岸和田から琉球への航路を行き来する和泉松浦大船の一つとして、琉球経由での宋国との取引をおこなって多大な利益をあげておりました。
 松浦泉は、身長六尺と記録されていますので、百八十センチ程となります。人のおなごとしては、かなり高い方でありました。





「ははは、この船もでかいな。竜牙というのか、この船は」
歩き回りながら、見上げるようにして、珍し気に見回していくと、
「まぁ、大きいかな。和泉松浦党では三番目の男船だ」
「男船って、なんだ」
「女が船長となる船は、男造りをするんだ。あの後ろに舵があるだろ」
「あぁ」
「舵を一艇もしくは三艇で造るのを、男造り。二艇か四艇で造るのを女造りという」
「女造りの船長は男か」
「あぁ、そうだ」
「しかし、船が小さいと一艇だろ、ほとんどの船は男造りにならないのか」
「塩飽の女船は、今では小さくても二艇舵で造るぞ」
「そうなのか、面白いな」





 塩飽は、現在の香川県塩飽諸島のこととなります。かつて、瀬戸内を行き交う海洋交通の要衝であり、操船技術に長けた者達が多く住まっておりました。後に海洋利権を主とする領地無き領主、人名という言葉を造ることになった者達でございました。
 松浦党を含めて、海洋を勢力圏とする武士もののふには、人名としての性格を持つ者が多く、伊予村上や伊勢九鬼といった者達は、海洋利権を確保し、行き交う交易船からの護衛料を徴収して収入としていました。





「どこから来たんだ、和泉からか」
「いや、琉球から帰るところで、嵐に流されたんだ」
「琉球、南方にあるという国か」
「そうだな、薩摩を南に十日程、渡った所にある海国だ」
「海国って何だ」
「あぁ、御所がある畿内より遠い国よりさらに遠く海向こうの国を海国と呼ぶことにしたそうだ」
船の破損している様子を確認しながら、泉は素直に応えてくれた。
「この船ならば、行けるのか」
さらに、聞いていくと、
「行けるが、このままでは無理だ。直さねばならん」
と返された。
「湊であれば直せるか」
「この船は大きいからな、小さい湊では付けれん」
空から、先ほどの五位鷺が泉の肩口にとまって、なんか、ちらちらとこちらを見てくる、内緒話でもあるのかな。なんだろう。
「#船長__ふなおさ_#。大船一艘くらいなら、なんとかなりそうです」
「志奈、ありがとう」
そう答えて、泉は、残念そうに、船を見上げて言って、
「しかし側板を割るとなると、湊まで行って、終わるかな」
俺は、それを聞いて、
「どうした。直せないのか」
「あたしは船乗りだ、次の湊までは必ず送ってみせる。だが、区画を三つやられると、流石に湊に届けるのが精一杯になるな」
「区画とはなんだ」
「塩飽の大船は、一丈毎に梁を壁にしてあるんだ、ここだ、見えるか」
底板に空いた穴から、説明する。大穴が開いて浸水したのは、梁から梁の間だけで、梁には波がぶつかっているだけだった。
「これが、大船の造りか、凄いもんだな」
泉は、少し笑うと
「元は、宋船の造り方さ。側板が割れると、側板と壁に隙間が生まれて、水が入り込む。隣の区画まで水が入ると、徐々に船が保たなくなる」
説明してくれた。つまり、側板だけを斬れば良いのか、そう思って泉に聞いた。
「つまり、梁と梁の間にある側板だけを斬れればいいのか」
「できるのか。斬れれば、船を横に押し出せるからな、湊までは持つ。そこでなら修理できそうだ。いけるか」
「やってみよう」
ちゃき、三尺五寸の太刀を抜き放つと正眼に構える。
「どこを斬れば良い」
「よし印をつける」
腰に挿した、墨壺と筆を出すと、岩幅に合わせて、側板に垂線を二本引いた。
「ここで斬ってくれ、頼む」
「ほぉ、綺麗な線だ。任せろ」
正眼から上段へと移行して、兜を真っ向から割る様に振り切った。
「凄いな。流石は、鎮西八郎殿」
「次は、ここだな」
移動して、同じように、正眼から上段へと移行して、兜を真っ向から割る様に振り切ると、側板がすっと音も無く落ちていって、海に落ちて水音を立てていた。
「よし、次はあたしに任せろ」
腕を構え、コキコキと音を鳴らすように、満身に気を巡らせて、船に手をかけて、
「どっっせぇいッ」
気合いもろとも横に船を押し出した。底板を抜いた岩が当たらないよう、滑るように流れて海へと押し出されていった。
「凄いものだな。泉は」
「おれは、松浦党(渡辺綱と茨城童子の血を引く)だよ」
笑って言った。
「はッはっはッ、凄いな。やっぱり世の中は広いぞ」
「さて、出発だ。為朝、お前も竜牙に乗ってみるか」
「あぁ、乗せてくれ」
「千草ッ。縄。二本降ろせ」
「はいさッ」
 船上から縄を二本投げ込んできた。泉が縄を二本とも掴んで、一本を為朝に投げてよこした。泉は船の進行方向へ駆け出して、少しづつ船が沖へと出ていくのに、合わせて縄を手繰りながら、海へと駆けていって大きく飛び出した。そのまま海に沈むように引かれていく。為朝も同じように、進行方向へ駆け出していって、大きく飛び出し、海に沈むように引かれていった。海に沈んでから、縄を手繰り始めた。
 先に、船上へあがった泉が縄を手繰り始めて、為朝を引き上げていく。
「よっせい、よっせい、よっせい」
「為朝が、船の舷側に手をかけてようやく上りきった」
「ようこそ、竜牙へ、歓迎するぞ、鎮西八郎殿」
「為朝で良いぞ」
「わかった、為朝。わたしも泉で良い」
「あぁ、泉。よろしく」
 和泉松浦党が、大船「竜牙りゅうが」へと乗り込んだ為朝でありました。





 はてさて、為朝と松浦党の大船「竜牙りゅうが」との出会いが、伊豆七島を巡る御伽草子、鬼退治へと繋がって参ります。
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