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伊豆綺談

宵闇の角力勝負は、リアルチートの本領発揮

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 宵闇の月に照らされて、宴の終焉と、酔いつぶれた者達が累々と横たわっています。
 竜族の皇女は、火照ると蒼白い肌に、淡く鱗紋が浮かびます。宴はそのまま甲板に眠ってしまう者、様々である。酒樽の酒は、すべて空けられて、空っぽとなっていました。





玲が、空になった銚子を干して、乾杯とすると、為朝に向かって、
「ほんに、よぉ呑んだのぉ、為朝」
「あぁ、あれ、泉と光は艫屋形か」
「そうじゃ、光は、齢では三十じゃが、人の齢では十歳くらいであろうな。子を為せるとは言っても、そんなに夜は遅く起きれぬよ」
「え、そうなのか。あれ、玲も人ならば十代か」
「そうかも知れぬが、人と一緒に過ごしたせいか、十代という感じではないの」
「玲も良いか」
為朝が玲を誘うと、殺気が迸る様に流れ込んできた。
「妾は、構わぬが、そなたに用事があるようじゃ」
「ほぉ、ずっと見ておったのは、その方達か」
玲の言葉に、為朝が殺気の元を見ると、
「「「おぉ」」」
三十名の声が響く。


 荒々しき姿に、海の者らしい軽装に縄を帯として縛っていた。
「この者達は」
為朝が聞くと、玲が答えた。
「愛宕衆じゃ。この船旅で、護衛のつわものを務めて貰った」
突き刺さるような殺気が、為朝に向かっていたが、見返すように胸を張って、
「ほぉ、で、この為朝になんの用だ」
睨み付ける視線に、三十名の奥から進み出た、女の声がかかる。浅黒い日焼けした肌なれど、艶やかな肌をした、武士もののふであった。
「我らが、姫を奪った男を知りたいそうだ」
男達の声が響く。
「「「頭ッ」」」
柊は、そのまま為朝に向かって、挨拶をした。
「すまないねぇ、為朝殿。愛宕衆の頭、ひいらぎだ。こいつらは姫が居なくなるのが嫌なのさ」
傍らの男が訴えてくる。
「我ら愛宕衆は、渡辺党の血を引く竜姫様が守護として、愛宕山より下りて参った。されど、竜姫様が降りられるとならば、我らの面子はいかがなります」
為朝はすましたように、
「俺が、竜の姫を奪える男なら良いのかい」
「「「おぉッ」」」
愛宕の男達が一斉に答える。
「どうやって決める」
為朝が訊くと、
「我らは、姫様の選んだ男が知りたい故、角力すもうで決めたい」
愛宕衆は、為朝に角力勝負を申し込んできた。
「俺が勝てば良いのだな」
「「「おぉッ」」」
合わせる様に声がかかる。



為朝は、立ち上がると、
「角力か、ここらの海は深いからな、投げ落としても死にはせんか。来いッ」
盃を呑み干して、四股を踏んで言い放つ。
「どっからでも、かかって来いやぁッ」
「「「おぉッ」」」
三十名の愛宕衆が、思い思いに四股を踏み返して、立ち会っていく。最初の一人を、帯の正面を右下手から抱え上げる様に、衣を左上手に添えて、放り投げた。次の一人は、左上手で、突進を反らして、右手で頭を抱える様にして、海へ投げ込んでいった。
「どうした、そんなんで、竜の姫を護れるんかぁッ。えぇッ」
三人目の突進は、目前で柏手を打って、気を反らすと、衣の襟を掴んで、右足をかけて投げ飛ばした。
ほぼ一瞬で、三人を海へ投げ込んでいった。
「おらおらぁ、こいやぁ」
「「おぉッ」」
 三人が一度にかかると、二人の間に身体を入れて、両椀を相手の首筋に叩き込んで、そのまま海へと放り投げた。そして、後ろから突っ込んで来た一人を、左軸足で歩を返して、右下から脇腹へ蹴り上げて、海へと飛ばした。
 こうして、次から次へと、三十名の愛宕衆を海へと投げ入れていった。大きな体が、海へ投げ出されて、次々と水音をたてていた。
「ふぅぅぅっ」
少し、息を入れて、身体を返すと、
「あんたは、やんないのかい、柊の頭。それに、後ろの六人も、小頭なんじゃないのかい」
「あたしは、閨勝負の方が好きだからね。お前達、あいつらを引き上げてやんな」
「「「おぉッ」」」
小頭達が、縄を投げたり、縄を持って海に飛び込み、海に落ちた仲間を次々と引き上げていく、夜番の稲荷衆が海上に、ぽっぽっぽっと狐火を放って、宵闇の海を照らした。
「これで終わりかい」
「あっけないかい。まぁ、あいつらには、良い稽古になったよ」
「そっか、小頭連中はやらないのか」
「ははは、護衛がみんなやられるわけにはいかないさ、今の勝負を見て、勝ち負けが判らないぼんくらは、小頭には居ないよ」
「終わりかぁ、玲」
「どうした。為朝」
「玲も強いのだろ」
とっても戦いたそうな雰囲気を漂わせていた。
「ほんに、困ったものじゃ、、、ならば、妾を捕まえてみるか」
「捕まえる」
「為朝が妾を捕まえられれば、妾は為朝と今宵を過ごす。されど、捕まえられねば、今宵は愛宕の者達と過ごそうぞ」
「なッ、玲」
「受けねば、妾は為朝の女故、今宵を過ごすこととなる。どうじゃ、それでも妾との勝負を受けるかや」
「うッ、、、」
困ったように、為朝は悩み始めた。
それを見て、玲は盃を乾して立ち上がると、船板の前に出て、為朝へ振り返って言った。
「妾は、この場所より、舳先までしか使わぬ。来いッ、為朝」
迷っていた、為朝が、飛び出すように玲を捕まえようとすると、さぁっとかわされた。玲の動きは、舞い踊るように、足を運んでいた。
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