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伊豆綺談
御蔵島紀行2 名は、千代
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為朝は、岩場を登って、二人を抱上げて、そのまま湊へと向かった。様々なうわさが飛び交い、野次馬のように島の者達が湊へ集まっていた。
湊へ向かう道すがら、抱き上げた二人は、為朝の頭を互いに抱いた姿を見て、一人が虎正と知ると、集まって来た島人達がざわめきだしていく。桟橋に着いて、島人へ向かい直ると、二人を降ろして言い放った。
「御蔵島の島守が一人、虎正は、この為朝と仕合って敗れた故、俺の女として島を離れる。不服あらば、今宵、一晩ここで待つ、挑んで来いッ」
「と、虎正ッ」
一人の娘が駆け出して来た。
「あ。千代」
千代は、虎正にしがみついてきた。
「し、島を出るのか、虎正」
泣きながら、虎正にしがみついてきた。
「千代。俺は、約定を交わし、この梓弓で矢を放って、この為朝に掴んで止められた」
「ほんとに、この男が、虎正の弓を止めたのか」
「あぁ、本当だ」
「あ、あたしも一緒に行く、虎正の居ない島は嫌だ」
千代の言葉を聞いて、虎正は慌てたように言い諭す。
「い、いや、千代。あのな、あたしは、女だし、お前も女だぞ」
「虎正が、男が好きなのも知ってる。でも、あたしは、虎正が好きだ」
「えぇっと、これって」
「ほほほ、為朝、そなたとて、男の衆道は知っておるであろう。女にも衆道があるのじゃ。まして、虎正は、そこらの男よりは、良き漢ゆえな」
「聞いたことはあるが、俺は、女が好きだぞ」
矢を十数本、飛ばしてきた者達がいて、
「無礼なッ」
玲が、袖を振り下ろすと、風が舞って矢を払った。
「尋常の勝負ならばいざしらず、無用に戦として血を流したいかッ」
西海竜王が血族、敖玲の声は、咆哮のように響いて、寄せた者達を圧倒した。
「これ以上の狼藉は、妾が許さぬ。よいな」
踵を返して、船へと戻っていった。
「虎正、一度、船に入っていろ。俺が、護る」
為朝は、そのままどっかと腰を下ろした。梃子達は、舷側に盾を並べて、長次達六人が、並んで弓を構えた。
最初に魚を売りに来た、おばさんがやってきた。
「島守を奪われるのは残念じゃが、竜王が夫とあっては、仕方ないかのぉ」
「か、母様」
舷側に、虎正が顔を出す。
「為朝。娘を奪われた、母が恨みは受けよ。この島で、おこなったは、尋常の勝負であろうと、狼藉を働いた故。御蔵島は、そなたの味方はせぬぞ」
「わかった、母御の恨みとあらば、この為朝が受けよう。されど、他の者は許されよ」
「ふん。わかっておる。達者で暮らせ、虎」
「はいッ。母様」
こうして、為朝が御蔵島の伝説が生まれたのだと、伝えられております。伝説では、虎正が殺されたとなっているのは、娘を奪われた、母が嘆きからにございましょう。
千代は、虎正と一緒に、そのまま船に乗り込んでいった。小麦色の肌をした、健康的な娘が小袖の磯着を付けて、
「困ったな、千代。あたしは、為朝と一緒に海へ出る。そこで、島の宴のように、男達と交接うと約したんだぞ」
「じゃぁ、虎正あたしも一緒に交接う」
「ち、千代」
「ほほほ、虎正。妾にしても、為朝にしても、男と交接う覚悟があるならば、一緒に参ろうぞ、虎正も千代が嫌いなのではあるまい」
「玲。確かに、千代は可愛いし、嫌いじゃないけど、女同士とか、どうしていいかわかんないぞ」
「それは、妾もじゃ。じゃが、自分が昂ぶるように抱けば、昂ぶってくれように、それに、船で睦み合えば、陰茎が加勢になるであろうに、ほほほ」
そう笑って、千代の味方をした。虎正は、仕方なさそうに頷くと、千代が喜んで、虎正に抱きついて、そのままキスを交わした。
「これ、今宵は駄目じゃ、千代、虎正。そなたを奪い返しに来る者がおるかもしれぬ」
梃子達が怪しげな雰囲気になっていくと、玲が梃子達へ
「今宵、妾達を護ってくれたならば、明日の夜は、妾達は、その方達の女となろうぞ」
「「「「おぉぉッ」」」」
梃子達の叫びが、湊に響いていった。
宵闇の帳が明けて、紫に煙るような夜明けから、白々とした陽の煌めきが東の空を染めていった。為朝は、関船の索を繋いだ石に腰を掛けながら待っていたが、誰も取り返しには来なかった。関船の舳先に腰を掛けていた玲も、最初に十数本の矢を射かけられた以外は、手持無沙汰にしていた。
夜明けの桟橋で、為朝達の旅支度が進められていると、虎正の母者が籠を抱えてやってきた。
湊の桟橋に、腰をおろして、夜を過ごした。為朝が迎えた。
「明けの陽がさした貝を獲って来た。持っていくが良い」
「忝い」
「この島へ還っては、来ぬのであろうな」
「おれは、玲と一緒にこの海原をかける。約はできぬ」
「我が娘の虎正を殺したは、鎮西八郎為朝じゃ、良いな」
「承知した。母御、達者に過ごされよ」
「母様ぁッ」
虎正の声が、響く。
老いた老婆の眼に涙が浮かぶ。
御蔵島は、今日は、少し雨模様にございます。
湊へ向かう道すがら、抱き上げた二人は、為朝の頭を互いに抱いた姿を見て、一人が虎正と知ると、集まって来た島人達がざわめきだしていく。桟橋に着いて、島人へ向かい直ると、二人を降ろして言い放った。
「御蔵島の島守が一人、虎正は、この為朝と仕合って敗れた故、俺の女として島を離れる。不服あらば、今宵、一晩ここで待つ、挑んで来いッ」
「と、虎正ッ」
一人の娘が駆け出して来た。
「あ。千代」
千代は、虎正にしがみついてきた。
「し、島を出るのか、虎正」
泣きながら、虎正にしがみついてきた。
「千代。俺は、約定を交わし、この梓弓で矢を放って、この為朝に掴んで止められた」
「ほんとに、この男が、虎正の弓を止めたのか」
「あぁ、本当だ」
「あ、あたしも一緒に行く、虎正の居ない島は嫌だ」
千代の言葉を聞いて、虎正は慌てたように言い諭す。
「い、いや、千代。あのな、あたしは、女だし、お前も女だぞ」
「虎正が、男が好きなのも知ってる。でも、あたしは、虎正が好きだ」
「えぇっと、これって」
「ほほほ、為朝、そなたとて、男の衆道は知っておるであろう。女にも衆道があるのじゃ。まして、虎正は、そこらの男よりは、良き漢ゆえな」
「聞いたことはあるが、俺は、女が好きだぞ」
矢を十数本、飛ばしてきた者達がいて、
「無礼なッ」
玲が、袖を振り下ろすと、風が舞って矢を払った。
「尋常の勝負ならばいざしらず、無用に戦として血を流したいかッ」
西海竜王が血族、敖玲の声は、咆哮のように響いて、寄せた者達を圧倒した。
「これ以上の狼藉は、妾が許さぬ。よいな」
踵を返して、船へと戻っていった。
「虎正、一度、船に入っていろ。俺が、護る」
為朝は、そのままどっかと腰を下ろした。梃子達は、舷側に盾を並べて、長次達六人が、並んで弓を構えた。
最初に魚を売りに来た、おばさんがやってきた。
「島守を奪われるのは残念じゃが、竜王が夫とあっては、仕方ないかのぉ」
「か、母様」
舷側に、虎正が顔を出す。
「為朝。娘を奪われた、母が恨みは受けよ。この島で、おこなったは、尋常の勝負であろうと、狼藉を働いた故。御蔵島は、そなたの味方はせぬぞ」
「わかった、母御の恨みとあらば、この為朝が受けよう。されど、他の者は許されよ」
「ふん。わかっておる。達者で暮らせ、虎」
「はいッ。母様」
こうして、為朝が御蔵島の伝説が生まれたのだと、伝えられております。伝説では、虎正が殺されたとなっているのは、娘を奪われた、母が嘆きからにございましょう。
千代は、虎正と一緒に、そのまま船に乗り込んでいった。小麦色の肌をした、健康的な娘が小袖の磯着を付けて、
「困ったな、千代。あたしは、為朝と一緒に海へ出る。そこで、島の宴のように、男達と交接うと約したんだぞ」
「じゃぁ、虎正あたしも一緒に交接う」
「ち、千代」
「ほほほ、虎正。妾にしても、為朝にしても、男と交接う覚悟があるならば、一緒に参ろうぞ、虎正も千代が嫌いなのではあるまい」
「玲。確かに、千代は可愛いし、嫌いじゃないけど、女同士とか、どうしていいかわかんないぞ」
「それは、妾もじゃ。じゃが、自分が昂ぶるように抱けば、昂ぶってくれように、それに、船で睦み合えば、陰茎が加勢になるであろうに、ほほほ」
そう笑って、千代の味方をした。虎正は、仕方なさそうに頷くと、千代が喜んで、虎正に抱きついて、そのままキスを交わした。
「これ、今宵は駄目じゃ、千代、虎正。そなたを奪い返しに来る者がおるかもしれぬ」
梃子達が怪しげな雰囲気になっていくと、玲が梃子達へ
「今宵、妾達を護ってくれたならば、明日の夜は、妾達は、その方達の女となろうぞ」
「「「「おぉぉッ」」」」
梃子達の叫びが、湊に響いていった。
宵闇の帳が明けて、紫に煙るような夜明けから、白々とした陽の煌めきが東の空を染めていった。為朝は、関船の索を繋いだ石に腰を掛けながら待っていたが、誰も取り返しには来なかった。関船の舳先に腰を掛けていた玲も、最初に十数本の矢を射かけられた以外は、手持無沙汰にしていた。
夜明けの桟橋で、為朝達の旅支度が進められていると、虎正の母者が籠を抱えてやってきた。
湊の桟橋に、腰をおろして、夜を過ごした。為朝が迎えた。
「明けの陽がさした貝を獲って来た。持っていくが良い」
「忝い」
「この島へ還っては、来ぬのであろうな」
「おれは、玲と一緒にこの海原をかける。約はできぬ」
「我が娘の虎正を殺したは、鎮西八郎為朝じゃ、良いな」
「承知した。母御、達者に過ごされよ」
「母様ぁッ」
虎正の声が、響く。
老いた老婆の眼に涙が浮かぶ。
御蔵島は、今日は、少し雨模様にございます。
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