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伊豆綺談
騎乗とは、魚偏に奇に乗るなり 3. その名は、八幡
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人と言う者は、愚かな者である。争いは、何も生み出さないと、理解していても、その心は少しの欲や誇りに唆されて、争いに満ち溢れるものであった。為朝は、戦場に出れば、荒ぶるままに駆け抜ける。駆け抜けて、弓を引き射放って、敵を落としていく。溢れるような猛りのままに、戦場に暴れて狂い、馬を潰していく。もっといける、俺は、もっと猛りたいのに、、、猛り狂う、七尺の大男を支えられる馬は、この国には無く、乗り潰した馬は、哀しそうに呻き声を上げる。力尽きて倒れる馬を見て、愚かなる自分に気づき、締め付けられるような哀しみに涙を流して、打ちひしがれる。
そんな自分の愚かさを嘆き、狂っていた時は、過去のものとなった。
もうそんな嘆きを、身に纏う事は無い。
為朝は、喜びに満ち溢れていた。
海を飛ぶように駆けるミズチの背に乗り、己が意を受けて、共に縦横に駆け巡りて、旋風となって海原を駆ける。荒れて狂うのでなく、溢れるような想いが、昇華するように駆け抜けていく。
毎日、狩衣を纏い、十八束五人張りの弓を背負いて、元町の湊を出て、海へと出かけて行った。
海鳥だけでなく、時にはカジキやサメといった大魚を射抜いて、夕餉にと持って帰ったりしていた。使っている矢は、一寸柄の四尺矢に五寸の鏃となれば、矢羽の生えた鎗と同じである。シャチあたりとなると、簡単には射落とせない上に、向かってくることもあり、野獣の怖さはあるものの、馬と違って怯えぬミズチからだと、安定して狙いが付けれることもあり、三射で落とすところまでいけた。
「為朝様、そろそろ五人張りでも、もの足りませんか」
「ん。紀平治。琉威達や船からであれば、一丈(三メートル)の弓でも引けるぞ」
「六七人張りということですか」
「あぁ、そのくらいでもいけるな」
「しかし、為朝様が、復調されたと知れると、色々と煩くなりそうですね」
「そうか、敵となれば、幾らでも討つぞ、俺は」
弓鳴りの音が響き、海上に跳ねたカジキを射抜いていた。海に落ちた、カジキを冴が回収した。
「あたしの方はどうでした、為朝様、ちゃんと応えていましたか」
「ははは、瞳は前に出る力が強く楽しいぞ、向かってくる相手に負けずに向かっていくからな」
「わーい、あとで褒めて下さいね」
「あぁ、ずるいぞ瞳。次はあたしだ。為朝」
「ははは、わかったわかった、慌てるなよ、琉威」
駆ける様が楽しくてしかたないように、ミズチの者達と戯れる。紀平治は、冴から獲物を受け取って、引いてきた船に載せていった。サメやシャチは、大きすぎて船に乗らないから、縛って引いてはいたものの、他の魚たちが漁る様に食べていたが、獲物は十分に獲れていることもあって、ほっておいた。獲物よりも、矢の回収が重要であった。
「為朝様の使う矢は、短槍と同じだから作るのが難しい、冴。出来る限り回収してくれ」
「わかってるよ。為朝さは的を外さないからね。獲物を持って来れば回収できてるからね」
「うむ。頼む」
冴は、為朝を載せるより、為朝の獲物を追い込んでいく方を面白がっていた。伊豆大島の周辺は、波はあれども、ぽわぽわした甘い感じに平穏な日々が過ぎていた。
どちらにせよ、人の愚かさとは、あまり変わらないものではある。
宵闇の中で、男と女睦逢いを終え、気をやった女達が眠った後、為朝は、ひとり海辺へ出ていた。嬉しそうに、海へ出ていたのとは違う、もどかしさに狂いそうな姿をしていた。宵闇の空には、星々の煌きと共に、更待月が南天へ近づいて浮かんでいた。
玲は、誰に言うとでもなく、語り掛ける様に
「更待月か、そろそろ明るくなるであろうな」
そう言って、玲は為朝の横へ座った。為朝も、玲に向かって応えるということでもなく、独り言のように訊ねた。
「船に乗る者は、知らねばならぬことが多いのだな」
為朝の問いは、
「船長とは、何も無い海の上で、己の位置を知ることができねばならぬからな」
「俺には、無理だなぁ。玲」
「心配は要らぬ。為朝が船は、妾が船長となろうぞ」
「良いのか、玲」
「ほほほ、為朝。そなた次第じゃ」
「玲。俺次第って、どうすれば良い」
「そなたの船は、妾やミズチが乗る以上は、あやかしが乗る船となる」
「あぁ、玲。俺には、お前達が必要だ」
「ならば、新たな一門一党として、為朝、そなたの下へ集いたい。どうじゃ、我らを受け入れるか」
「俺は、お前達を護る。それは、誰にも譲らぬ。俺が一門一党を束ねるで良いのか」
「あぁ、為朝。そなたが良い。この玲は、そなたの妻となり、為朝が立てる一家の刀自女となろう」
刀自女。古代日本における、一族一家を束ねる女性の意味であり、ゴッドマザーとも言える女性への尊称である。
為朝は、軽くキスを交わし、玲へ頼んだ。
「名を決めねばならぬな、玲。お前が決めてくれ」
「何、妾に決めよというのか」
玲は、少し驚いたように問うてきた。そんな玲へ為朝は、
「俺は、なんかこう、でっかい名前が欲しい。だが、良く判らないからな、玲に決めて欲しいんだ」
「妾にか」
玲が、考え込むように、呟く。
「河内源氏が流れ、だが伊豆、いや伊豆でも狭い。源朝臣鎮西八郎為朝か、、、八か、、、」
玲は、漢字の八を浮かべ、思いついたように、為朝に訊く。
「為朝。八幡は皇后様の御子を祀っておったな」
「あぁ、八幡様は、皇后様が御子を主神としておる。玲」
「神功皇后様は、女の身で戦に出た者が、祀る神じゃ、、、」
玲を含め、戦場へ出る女性は、征伐の将軍を務めた皇后様を祀っていた。
「八幡ならば、どうじゃ、為朝」
「八幡、八幡か、良い名前だ、玲ッ」
すっと、玲を抱上げると、踊りだすように、為朝は浜辺を舞った。
「こ、これ、為朝」
ちょっと、頬を染める様に、嬉しそうに、為朝をたしなめる玲であった。
人と言う者は、愚かな者である。争いは、何も生み出さないと、理解していても、その心は少しの欲や誇りに唆されて、争いに満ち溢れるものであった。為朝は、戦場に出れば、荒ぶるままに駆け抜ける。駆け抜けて、弓を引き射放って、敵を落としていく。溢れるような猛りのままに、戦場に暴れて狂い、馬を潰していく。もっといける、俺は、もっと猛りたいのに、、、猛り狂う、七尺の大男を支えられる馬は、この国には無く、乗り潰した馬は、哀しそうに呻き声を上げる。力尽きて倒れる馬を見て、愚かなる自分に気づき、締め付けられるような哀しみに涙を流して、打ちひしがれる。
そんな自分の愚かさを嘆き、狂っていた時は、過去のものとなった。
もうそんな嘆きを、身に纏う事は無い。
為朝は、喜びに満ち溢れていた。
海を飛ぶように駆けるミズチの背に乗り、己が意を受けて、共に縦横に駆け巡りて、旋風となって海原を駆ける。荒れて狂うのでなく、溢れるような想いが、昇華するように駆け抜けていく。
毎日、狩衣を纏い、十八束五人張りの弓を背負いて、元町の湊を出て、海へと出かけて行った。
海鳥だけでなく、時にはカジキやサメといった大魚を射抜いて、夕餉にと持って帰ったりしていた。使っている矢は、一寸柄の四尺矢に五寸の鏃となれば、矢羽の生えた鎗と同じである。シャチあたりとなると、簡単には射落とせない上に、向かってくることもあり、野獣の怖さはあるものの、馬と違って怯えぬミズチからだと、安定して狙いが付けれることもあり、三射で落とすところまでいけた。
「為朝様、そろそろ五人張りでも、もの足りませんか」
「ん。紀平治。琉威達や船からであれば、一丈(三メートル)の弓でも引けるぞ」
「六七人張りということですか」
「あぁ、そのくらいでもいけるな」
「しかし、為朝様が、復調されたと知れると、色々と煩くなりそうですね」
「そうか、敵となれば、幾らでも討つぞ、俺は」
弓鳴りの音が響き、海上に跳ねたカジキを射抜いていた。海に落ちた、カジキを冴が回収した。
「あたしの方はどうでした、為朝様、ちゃんと応えていましたか」
「ははは、瞳は前に出る力が強く楽しいぞ、向かってくる相手に負けずに向かっていくからな」
「わーい、あとで褒めて下さいね」
「あぁ、ずるいぞ瞳。次はあたしだ。為朝」
「ははは、わかったわかった、慌てるなよ、琉威」
駆ける様が楽しくてしかたないように、ミズチの者達と戯れる。紀平治は、冴から獲物を受け取って、引いてきた船に載せていった。サメやシャチは、大きすぎて船に乗らないから、縛って引いてはいたものの、他の魚たちが漁る様に食べていたが、獲物は十分に獲れていることもあって、ほっておいた。獲物よりも、矢の回収が重要であった。
「為朝様の使う矢は、短槍と同じだから作るのが難しい、冴。出来る限り回収してくれ」
「わかってるよ。為朝さは的を外さないからね。獲物を持って来れば回収できてるからね」
「うむ。頼む」
冴は、為朝を載せるより、為朝の獲物を追い込んでいく方を面白がっていた。伊豆大島の周辺は、波はあれども、ぽわぽわした甘い感じに平穏な日々が過ぎていた。
どちらにせよ、人の愚かさとは、あまり変わらないものではある。
宵闇の中で、男と女睦逢いを終え、気をやった女達が眠った後、為朝は、ひとり海辺へ出ていた。嬉しそうに、海へ出ていたのとは違う、もどかしさに狂いそうな姿をしていた。宵闇の空には、星々の煌きと共に、更待月が南天へ近づいて浮かんでいた。
玲は、誰に言うとでもなく、語り掛ける様に
「更待月か、そろそろ明るくなるであろうな」
そう言って、玲は為朝の横へ座った。為朝も、玲に向かって応えるということでもなく、独り言のように訊ねた。
「船に乗る者は、知らねばならぬことが多いのだな」
為朝の問いは、
「船長とは、何も無い海の上で、己の位置を知ることができねばならぬからな」
「俺には、無理だなぁ。玲」
「心配は要らぬ。為朝が船は、妾が船長となろうぞ」
「良いのか、玲」
「ほほほ、為朝。そなた次第じゃ」
「玲。俺次第って、どうすれば良い」
「そなたの船は、妾やミズチが乗る以上は、あやかしが乗る船となる」
「あぁ、玲。俺には、お前達が必要だ」
「ならば、新たな一門一党として、為朝、そなたの下へ集いたい。どうじゃ、我らを受け入れるか」
「俺は、お前達を護る。それは、誰にも譲らぬ。俺が一門一党を束ねるで良いのか」
「あぁ、為朝。そなたが良い。この玲は、そなたの妻となり、為朝が立てる一家の刀自女となろう」
刀自女。古代日本における、一族一家を束ねる女性の意味であり、ゴッドマザーとも言える女性への尊称である。
為朝は、軽くキスを交わし、玲へ頼んだ。
「名を決めねばならぬな、玲。お前が決めてくれ」
「何、妾に決めよというのか」
玲は、少し驚いたように問うてきた。そんな玲へ為朝は、
「俺は、なんかこう、でっかい名前が欲しい。だが、良く判らないからな、玲に決めて欲しいんだ」
「妾にか」
玲が、考え込むように、呟く。
「河内源氏が流れ、だが伊豆、いや伊豆でも狭い。源朝臣鎮西八郎為朝か、、、八か、、、」
玲は、漢字の八を浮かべ、思いついたように、為朝に訊く。
「為朝。八幡は皇后様の御子を祀っておったな」
「あぁ、八幡様は、皇后様が御子を主神としておる。玲」
「神功皇后様は、女の身で戦に出た者が、祀る神じゃ、、、」
玲を含め、戦場へ出る女性は、征伐の将軍を務めた皇后様を祀っていた。
「八幡ならば、どうじゃ、為朝」
「八幡、八幡か、良い名前だ、玲ッ」
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