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伊豆紀行外伝
伊豆紀行外伝 鬼ヶ島は、一代に#淫__みだ__#れる
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鬼釜で鋼を鍛えるのに、三日三晩かかることから、三日三晩を一代という言い方をすることがある。
年越しの儀と、年賀の挨拶を終えて、伊豆大島に戻ると、白漆喰の帆無八丈、「庚寅」が戻ってきていた。「庚寅」は、ミヅチ衆に曳いてもらうことを前提とした大船で、虎正を船長として戻ってきた。
鬼ヶ島への挨拶を兼ねて、修理が終わった「竜牙」も一緒に訪れていた。
立春の宴には早い、渡辺党の到着に、島長カグラの弟政が湊へと向かっていた。カグラは、港が見える高台から、沖に停船している船を見ていた。
「帆柱は、舳先にあるだけか折れたのかな。ミズチ衆が周囲を囲んでいる。小舟じゃなくて、ミズチ衆に乗って来るのか。女護島からの船か」
面倒なことにならねば良いが、近づけない自分に少し苛立っていた。苛立ちが体温を上昇させているが、止められそうになかった。
女護島より、はるかに険阻な岩場が島の周囲を囲み、荒天の事もあって船が近づけなかった。岩場の形が城の用にも見えて、ミズチに魚奇乗しての接近となった。岩肌にわらわらと現れし鬼達の姿を見ても、ミズチに魚奇乗した者達は、臆することなく近づいていく。
「我は、鎮西八郎為朝なり、鬼ヶ島の者達に願いたき義あって参上した。上陸しても良いか」
「何の義か、我ら、二十年程の前に噴火せし山より、ようようにして立て直した。既に宝なく、住むも我ら鬼だけで、人も住んではおらぬ」
「我、強き者を仲間に求め、この鬼ヶ島へ参った。強き者がおるか」
「「「「おるぞぉッ」」」」
島に響く様に、鬼達の声が応える。
「ならば、この為朝と、力比べをしようぞ」
と為朝が楽しそうに叫ぶと、
「「「「来ぉッ」」」」
鬼達の声が応えた。
「庚寅」の上では、一が、玲に訊ねていた。
「玲母様。父様が戦うの」
「そうじゃな、為朝は、強いものと心行くまで戦うことが、一番好きだからな」
「父様は、勝つよね」
「あぁ、一が応援するのじゃ、負ける為朝ではないぞ」
「うんッ」
為朝達は、鬼ヶ島の少しなだらかな北岸の浜辺より上陸して、島内に入っていくと、島の周囲を囲うような山の内側に緑豊かな大地が広がり、火口となっていたらしい丸山が聳えていた。丸山から来たの山には、棚池と畑が扇状に造られていて、棚池からの流れが麓の溜池へと注がれていた。
北側の山を抜けると、家々が建ち並び、二百人ほどの村となっていた。中心に広場があった。為朝達は、そこで、鬼達に迎えられた。
力自慢の鬼達が八人程為朝に向かっていったが、ちぎっては投げ、ちぎっては投げと、倒していくと、島長代理の政が、立ち会って組みあい、少しは耐えたものの、上手投げに転がされていた。
「島で一番は、お前か、政殿」
「いや。姉者が一番だが、今は戦えぬ」
「何故じゃ、寂滅か」
「姉者は、二十年前に噴火した火気を己に封じたために灼熱の身体となって、近づくことも敵わぬ」
「なに、噴火を身に受けて灼熱の体となったのか、凄まじいものじゃ、挑んでも良いか」
「近づけたならば、構わぬぞ」
「どこに居られる」
「島の南に丸山がある。山を登ったところにおるハズじゃ」
「よし、わかった。玲ッ」
振り返って、玲を呼ぶ。
「わかっておる、この場は我に任せよ。婆様への挨拶もせねばならぬからな」
玲が、応えて、為朝を見送った。
「為朝ぉ」
「ん、何だ、玲」
「火気の扱いは、水とは異なる。流れを見切れねば、為朝とて死ぬぞ。うかつに近づいてはならぬ」
手を上げて、大丈夫と合図して、
「近づけないならば、俺の負けだ。何もせん」
「わかった、気をつけてな、為朝」
「おぉッ」
駆け出して行った。
丸山を登っていくと、徐々に熱気が高くなっていった。ところどころ蒸気が噴き出すように白き霧が流れてくる。覆い茂っていた樹木が減って行って、岩場がゴツゴツと現わしていた。
少しづつ登りながら、
「我、河内源氏源為義が流れ、鎮西八郎、八幡為朝なり。強き者に見えんと、鬼ヶ島に参った」
と、ところどころで叫んでいた。
丸山へ上っていくと、凄まじい熱量が流れ込んできた。火気を放つ流れは肺が焼けるような強き熱を持っていて、為朝は火気を闘気に変えて押し返していた。岩を並べて囲った中から、声がしていた。
「よく来たな、為朝。あたしは、鬼ヶ島が島長カグラ。いまのあたしにそこまで近づけるものはおらぬ。見事なり。そのまま、下山して我が弟政に伝えよ。悪いようにはすまい」
「政殿より、姉たるカグラ殿が、島一の兵と聞いた、顔を見せてくださらんか」
「我は、灼熱の身体となりて、衣を纏うこともできぬ。このような身となっても女じゃ、人前に出るは、恥ずかしゅうてならぬ」
「そうか、ならば、我も衣を脱ごう」
そう言って、為朝は、近くの岩場に衣を脱いでいって、全裸となって言った。
「この為朝、全裸となった。島一の強者が女とあらば、まずは閨勝負としたい。閨ならば、裸でも構うまい」
しばらくの間が相手、岩陰より、カグラが出てきた。身の丈六尺五寸と為朝より少し低いくらいであった。胸乳は大きく、腰細く、尻は子を安んじて産めるが如くのボンキュボンであった。
「為朝殿、熱く無いか、大丈夫か、無理をせずとも好いぞ」
近づこうとする為朝を案じて、声をかけるカグラに、為朝は、
「なんの、灼熱の熱量とて、火気の流れが集まったモノなれば、己が身に取り込みて、淫気に換えることもできるぞ」
言い切って、そのままカグラを抱き寄せて、キスを交わし、口腔の火気を纏いて、淫気へと換えて、カグラへと返して押し倒していった。
カグラとのまぐわいは、両者を包み込むように、火炎が立ち上るほどに、激しく燃えながら、まぐわい続けること一代、三日三晩にもおよび、ようようにして為朝の腕の中で、カグラは、善がりてイって、鬼の血を引く女となった。
立春の宴を、渡辺党が者達と共に、鬼ヶ島で過ごした。大船の艤装図面と仕様を、描き上げた玲は、渡辺党の船に託した。玲は、一を連れて、将に乗って、鬼ヶ島へと上陸した。
玲が一と共に、村へ入ると、為朝が、カグラと角力を仕合っていた。凄まじいまでの激突で、為朝を飛ばそうとするのを、為朝がなんとか支えていた。なんとか為朝が、勝てていたが、ひとつの勝負が半刻に渡るくらいに凌ぎあっていた。また、五回に一度くらい為朝が投げ飛ばされる姿が見れた。
「父様強い、でもあの女も強いね」
「凄まじき強さよな、カグラ殿は」
呟くように言うと、後ろから気配も無く声がした。
「ははは、カグラはあたしの最期の弟子だよ」
幻のように、透き通るような身体に、カグラと同じくらいの大きな身体が、どこか小さく見えた。
玲は、一姫を将へと預け、婆様への挨拶をおこなった。
「婆様、お久しぶりにございます。社へご挨拶に行ったのですが」
茨城童子、神代の頃より生きるあやかしの姿であった。
「あぁ、来てたのは聞いてたよ。ただ、あたしも、気を張らないと、そろそろ姿を維持するのも声を聞いたり届けるのが難しいのさ」
少し寂しそうに、言ってきた。寂滅の時が近いのであろう。
「婆様、今しばらく、うつつに留まれませんか。妾は、渡辺の者達は、神代の方々へ恥じぬ者となれたでしょうか。それをまだ問いかけとぉぞんじます」
渡辺綱の意思を継ぐ霊代として行きたいと願い、その夢を弟達皆に託してきた。それでも、神代の方々には、不満とか無いのだろうか。神代の方々は、優しくてほんとうに優しくて、あまり意思を表にはされない。それもまた、玲には哀しかった。
「あたしは満足しちまったよ、生まれ生きて、苦しいこと哀しいこともあったけど、綱と出逢えたのは、本当に幸せだったさ」
遠い、遠い目をして言う茨城は、本当に満足そうに微笑んでいた。
「でも、もう少し何かできたと思う自分が、」
それでも言い募るのを止めて、
「玲。千年生きようと、一年の命であろうと、悔いもあれば、やりきったこともある。それが命を持つ者だ」
言い切って、茨木童子は繋いで言う
「あたしら鬼は、滅び行く者だと思っていた。青葉山に大江山と人と戦い抵抗を続けても、最期は滅びる一族だとね」
寂しそうに、言いながら、
「そんなあたしが、曾孫を抱くこともできた。すでにあたしの子等が、何人生まれ生きているかすら把握できないくらいに拡がって、この国で生きている」
ほんとうに嬉しそうに語った。茨城童子が子等は、肥前松浦の祖となって一家一門を築いていた。
「七百年以上生きてきて、曾孫を抱けたのは、綱と出会ってからの百年ほどだ。綱への土産話はもう十分だよ」
透き通るような笑顔に、玲は、もう留めることはできないのだろうと思ってはいた。茨城童子は言葉を繋いで行く。
「この鬼ヶ島を護りたいと願うのが、あたしの最期の願いさ」
「はい。この玲も出来る限りお手伝いいたします」
玲は、言葉を繋げる。茨城童子の嬉しそうな顔に安堵する。
「カグラ様は、最期の弟子と言われましたか」
茨木童子が、継承の話をした。
「あぁ、カグラには、あたしの棒を預けた」
「婆様。あれは、主上より恩賜の品。それに婆様にとって、母様の形見、、、」
「ははは、道具なんてのは、使ってこそ意味があるものさ、飾りにしたって仕方ないさね」
そうですね、茨木童子こと婆様。
「ただ、昨日は、久しぶりに楽しめたよ」
えっと、カグラと為朝のことですね。近づくことも出来ないのに、とっても無茶をして、ほんとに困った男おのこですよ。玲の、誇らしげに困ったような、もどかしさに満ちた顔を見て茨木童子こと婆が嗤って言う、
「にやけてるよ、玲」
「えっ。そんなぁ」
声に出して言ってくる。
「良き男よ、自分の行動に、すべてを賭けて、悔いぬ男よの」
茨木童子こと婆の前だと玲は嬉しそうに、素直に応えられる。
「は、はいッ」
「ははは、さ、行って抱きしめといで、しばらく捨て置かれたのであろ」
恥ずかしく、俯きながら、
「はいッ」
と応えて駆け出していった、玲を、懐かしそうに眺めていると、火耶が、とっとっととやってきて
「婆様、母様と一緒に、行きたい」
「火耶。あれは、戦に挑む男ぞ」
「戦は、判らない、死ぬのは怖い、でも母様の笑顔が嬉しい。だから行きたい」
噴火する山の劫火が吹き荒ぶ中で、母様が、皆を護りぬいた島。だけど、結果として母様は、誰も近づけない身体となった。そばに近寄るだけで火傷し、肺が焼け爛れて死するほどの灼熱の身体となった。そんな身体の劫火を、ただ人が鎮めるほどの器量、そんな為朝が母様を愛した。業火の轟きが天空を突きぬき、溢れる火気が近寄るものを燃やし尽くしていく。そんな中で、離すことも、燃やされることも無く、母様を愛し貫いた男。
「欲しいのか」
「うん。母様に負けないくらい良い女になって、為朝が欲しいッ」
「ははは、しばし、母者の影で、為朝に甘えるがよかろう。ほれ」
「うんッ」
とっとッとっとと駆けて行って、火耶は仕合った後の母様に抱きついた。為朝には、玲が抱きついていく。
「あたしは、奪われる方だったかねぇ、、、」
遠い遠い、昔のことを、思い出しながら、懐かしそうに微笑んでいた。
男渡辺綱を張り合って、恋して抱いて抱かれて、女達ライバルと鎬を削っていたのが、一番楽しい思い出だったかねぇ。
年越しの儀と、年賀の挨拶を終えて、伊豆大島に戻ると、白漆喰の帆無八丈、「庚寅」が戻ってきていた。「庚寅」は、ミヅチ衆に曳いてもらうことを前提とした大船で、虎正を船長として戻ってきた。
鬼ヶ島への挨拶を兼ねて、修理が終わった「竜牙」も一緒に訪れていた。
立春の宴には早い、渡辺党の到着に、島長カグラの弟政が湊へと向かっていた。カグラは、港が見える高台から、沖に停船している船を見ていた。
「帆柱は、舳先にあるだけか折れたのかな。ミズチ衆が周囲を囲んでいる。小舟じゃなくて、ミズチ衆に乗って来るのか。女護島からの船か」
面倒なことにならねば良いが、近づけない自分に少し苛立っていた。苛立ちが体温を上昇させているが、止められそうになかった。
女護島より、はるかに険阻な岩場が島の周囲を囲み、荒天の事もあって船が近づけなかった。岩場の形が城の用にも見えて、ミズチに魚奇乗しての接近となった。岩肌にわらわらと現れし鬼達の姿を見ても、ミズチに魚奇乗した者達は、臆することなく近づいていく。
「我は、鎮西八郎為朝なり、鬼ヶ島の者達に願いたき義あって参上した。上陸しても良いか」
「何の義か、我ら、二十年程の前に噴火せし山より、ようようにして立て直した。既に宝なく、住むも我ら鬼だけで、人も住んではおらぬ」
「我、強き者を仲間に求め、この鬼ヶ島へ参った。強き者がおるか」
「「「「おるぞぉッ」」」」
島に響く様に、鬼達の声が応える。
「ならば、この為朝と、力比べをしようぞ」
と為朝が楽しそうに叫ぶと、
「「「「来ぉッ」」」」
鬼達の声が応えた。
「庚寅」の上では、一が、玲に訊ねていた。
「玲母様。父様が戦うの」
「そうじゃな、為朝は、強いものと心行くまで戦うことが、一番好きだからな」
「父様は、勝つよね」
「あぁ、一が応援するのじゃ、負ける為朝ではないぞ」
「うんッ」
為朝達は、鬼ヶ島の少しなだらかな北岸の浜辺より上陸して、島内に入っていくと、島の周囲を囲うような山の内側に緑豊かな大地が広がり、火口となっていたらしい丸山が聳えていた。丸山から来たの山には、棚池と畑が扇状に造られていて、棚池からの流れが麓の溜池へと注がれていた。
北側の山を抜けると、家々が建ち並び、二百人ほどの村となっていた。中心に広場があった。為朝達は、そこで、鬼達に迎えられた。
力自慢の鬼達が八人程為朝に向かっていったが、ちぎっては投げ、ちぎっては投げと、倒していくと、島長代理の政が、立ち会って組みあい、少しは耐えたものの、上手投げに転がされていた。
「島で一番は、お前か、政殿」
「いや。姉者が一番だが、今は戦えぬ」
「何故じゃ、寂滅か」
「姉者は、二十年前に噴火した火気を己に封じたために灼熱の身体となって、近づくことも敵わぬ」
「なに、噴火を身に受けて灼熱の体となったのか、凄まじいものじゃ、挑んでも良いか」
「近づけたならば、構わぬぞ」
「どこに居られる」
「島の南に丸山がある。山を登ったところにおるハズじゃ」
「よし、わかった。玲ッ」
振り返って、玲を呼ぶ。
「わかっておる、この場は我に任せよ。婆様への挨拶もせねばならぬからな」
玲が、応えて、為朝を見送った。
「為朝ぉ」
「ん、何だ、玲」
「火気の扱いは、水とは異なる。流れを見切れねば、為朝とて死ぬぞ。うかつに近づいてはならぬ」
手を上げて、大丈夫と合図して、
「近づけないならば、俺の負けだ。何もせん」
「わかった、気をつけてな、為朝」
「おぉッ」
駆け出して行った。
丸山を登っていくと、徐々に熱気が高くなっていった。ところどころ蒸気が噴き出すように白き霧が流れてくる。覆い茂っていた樹木が減って行って、岩場がゴツゴツと現わしていた。
少しづつ登りながら、
「我、河内源氏源為義が流れ、鎮西八郎、八幡為朝なり。強き者に見えんと、鬼ヶ島に参った」
と、ところどころで叫んでいた。
丸山へ上っていくと、凄まじい熱量が流れ込んできた。火気を放つ流れは肺が焼けるような強き熱を持っていて、為朝は火気を闘気に変えて押し返していた。岩を並べて囲った中から、声がしていた。
「よく来たな、為朝。あたしは、鬼ヶ島が島長カグラ。いまのあたしにそこまで近づけるものはおらぬ。見事なり。そのまま、下山して我が弟政に伝えよ。悪いようにはすまい」
「政殿より、姉たるカグラ殿が、島一の兵と聞いた、顔を見せてくださらんか」
「我は、灼熱の身体となりて、衣を纏うこともできぬ。このような身となっても女じゃ、人前に出るは、恥ずかしゅうてならぬ」
「そうか、ならば、我も衣を脱ごう」
そう言って、為朝は、近くの岩場に衣を脱いでいって、全裸となって言った。
「この為朝、全裸となった。島一の強者が女とあらば、まずは閨勝負としたい。閨ならば、裸でも構うまい」
しばらくの間が相手、岩陰より、カグラが出てきた。身の丈六尺五寸と為朝より少し低いくらいであった。胸乳は大きく、腰細く、尻は子を安んじて産めるが如くのボンキュボンであった。
「為朝殿、熱く無いか、大丈夫か、無理をせずとも好いぞ」
近づこうとする為朝を案じて、声をかけるカグラに、為朝は、
「なんの、灼熱の熱量とて、火気の流れが集まったモノなれば、己が身に取り込みて、淫気に換えることもできるぞ」
言い切って、そのままカグラを抱き寄せて、キスを交わし、口腔の火気を纏いて、淫気へと換えて、カグラへと返して押し倒していった。
カグラとのまぐわいは、両者を包み込むように、火炎が立ち上るほどに、激しく燃えながら、まぐわい続けること一代、三日三晩にもおよび、ようようにして為朝の腕の中で、カグラは、善がりてイって、鬼の血を引く女となった。
立春の宴を、渡辺党が者達と共に、鬼ヶ島で過ごした。大船の艤装図面と仕様を、描き上げた玲は、渡辺党の船に託した。玲は、一を連れて、将に乗って、鬼ヶ島へと上陸した。
玲が一と共に、村へ入ると、為朝が、カグラと角力を仕合っていた。凄まじいまでの激突で、為朝を飛ばそうとするのを、為朝がなんとか支えていた。なんとか為朝が、勝てていたが、ひとつの勝負が半刻に渡るくらいに凌ぎあっていた。また、五回に一度くらい為朝が投げ飛ばされる姿が見れた。
「父様強い、でもあの女も強いね」
「凄まじき強さよな、カグラ殿は」
呟くように言うと、後ろから気配も無く声がした。
「ははは、カグラはあたしの最期の弟子だよ」
幻のように、透き通るような身体に、カグラと同じくらいの大きな身体が、どこか小さく見えた。
玲は、一姫を将へと預け、婆様への挨拶をおこなった。
「婆様、お久しぶりにございます。社へご挨拶に行ったのですが」
茨城童子、神代の頃より生きるあやかしの姿であった。
「あぁ、来てたのは聞いてたよ。ただ、あたしも、気を張らないと、そろそろ姿を維持するのも声を聞いたり届けるのが難しいのさ」
少し寂しそうに、言ってきた。寂滅の時が近いのであろう。
「婆様、今しばらく、うつつに留まれませんか。妾は、渡辺の者達は、神代の方々へ恥じぬ者となれたでしょうか。それをまだ問いかけとぉぞんじます」
渡辺綱の意思を継ぐ霊代として行きたいと願い、その夢を弟達皆に託してきた。それでも、神代の方々には、不満とか無いのだろうか。神代の方々は、優しくてほんとうに優しくて、あまり意思を表にはされない。それもまた、玲には哀しかった。
「あたしは満足しちまったよ、生まれ生きて、苦しいこと哀しいこともあったけど、綱と出逢えたのは、本当に幸せだったさ」
遠い、遠い目をして言う茨城は、本当に満足そうに微笑んでいた。
「でも、もう少し何かできたと思う自分が、」
それでも言い募るのを止めて、
「玲。千年生きようと、一年の命であろうと、悔いもあれば、やりきったこともある。それが命を持つ者だ」
言い切って、茨木童子は繋いで言う
「あたしら鬼は、滅び行く者だと思っていた。青葉山に大江山と人と戦い抵抗を続けても、最期は滅びる一族だとね」
寂しそうに、言いながら、
「そんなあたしが、曾孫を抱くこともできた。すでにあたしの子等が、何人生まれ生きているかすら把握できないくらいに拡がって、この国で生きている」
ほんとうに嬉しそうに語った。茨城童子が子等は、肥前松浦の祖となって一家一門を築いていた。
「七百年以上生きてきて、曾孫を抱けたのは、綱と出会ってからの百年ほどだ。綱への土産話はもう十分だよ」
透き通るような笑顔に、玲は、もう留めることはできないのだろうと思ってはいた。茨城童子は言葉を繋いで行く。
「この鬼ヶ島を護りたいと願うのが、あたしの最期の願いさ」
「はい。この玲も出来る限りお手伝いいたします」
玲は、言葉を繋げる。茨城童子の嬉しそうな顔に安堵する。
「カグラ様は、最期の弟子と言われましたか」
茨木童子が、継承の話をした。
「あぁ、カグラには、あたしの棒を預けた」
「婆様。あれは、主上より恩賜の品。それに婆様にとって、母様の形見、、、」
「ははは、道具なんてのは、使ってこそ意味があるものさ、飾りにしたって仕方ないさね」
そうですね、茨木童子こと婆様。
「ただ、昨日は、久しぶりに楽しめたよ」
えっと、カグラと為朝のことですね。近づくことも出来ないのに、とっても無茶をして、ほんとに困った男おのこですよ。玲の、誇らしげに困ったような、もどかしさに満ちた顔を見て茨木童子こと婆が嗤って言う、
「にやけてるよ、玲」
「えっ。そんなぁ」
声に出して言ってくる。
「良き男よ、自分の行動に、すべてを賭けて、悔いぬ男よの」
茨木童子こと婆の前だと玲は嬉しそうに、素直に応えられる。
「は、はいッ」
「ははは、さ、行って抱きしめといで、しばらく捨て置かれたのであろ」
恥ずかしく、俯きながら、
「はいッ」
と応えて駆け出していった、玲を、懐かしそうに眺めていると、火耶が、とっとっととやってきて
「婆様、母様と一緒に、行きたい」
「火耶。あれは、戦に挑む男ぞ」
「戦は、判らない、死ぬのは怖い、でも母様の笑顔が嬉しい。だから行きたい」
噴火する山の劫火が吹き荒ぶ中で、母様が、皆を護りぬいた島。だけど、結果として母様は、誰も近づけない身体となった。そばに近寄るだけで火傷し、肺が焼け爛れて死するほどの灼熱の身体となった。そんな身体の劫火を、ただ人が鎮めるほどの器量、そんな為朝が母様を愛した。業火の轟きが天空を突きぬき、溢れる火気が近寄るものを燃やし尽くしていく。そんな中で、離すことも、燃やされることも無く、母様を愛し貫いた男。
「欲しいのか」
「うん。母様に負けないくらい良い女になって、為朝が欲しいッ」
「ははは、しばし、母者の影で、為朝に甘えるがよかろう。ほれ」
「うんッ」
とっとッとっとと駆けて行って、火耶は仕合った後の母様に抱きついた。為朝には、玲が抱きついていく。
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