弓張月異聞 リアルチートは大海原を往く

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南洋紀行

南洋紀行 5. #子__やや__#の数は、人の数に非ず

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 史実では、宋ヶ島を含む嵯峨諸島は、人が一時的に住んでいた跡は見られたが、住んでいる者はいなかったようです。
 宵闇では、李俊達が出発し、宋船をバラシテ木材を取り出して、家を組み上げていた。測量や海図作成を含めて、「庚寅かのえとら」で、伊豆と嵯峨諸島を行き来して、竹苗や白漆喰を運んできました。
 嵯峨諸島が、伊豆下田からだと測量の結果として、二百三十里程と確認されました。「庚寅かのえとら」で、十八刻半(37時間)であり、女護島までが、十四刻(28時間)であった。
天測の結果や、物資輸送で航行した結果として、玲は為朝に報告した。
「為朝、この地ならば、日ノ本がことを気にせずに済むぞ」
「何、玲。どういうことだ」
「この島は、日ノ本からの距離が、琉球と同じ距離となる。外ツ国と呼んでも良い島じゃ」
「一姫や為頼に何かあれば、この島まで、逃がせば良いということか」
「そういうことじゃ、この島を住めるようにすれば、一つの国を造ったことになろうぞ」
「新たな国か、玲」
「そうじゃ、為朝。この地は八幡衆が最初の国となる」
「この島ならば、入り江や島も多くて、泊められる船も多そうだな」
玲は将に乗って、為朝は冴に乗って、紀平治と張節が櫂や蓮に乗って、宋ヶ島や周囲の島々を周遊するように、見廻っていった。砂浜で楽しんだり、銛漁で魚や鰐、イルカなどを獲って皆の食事としていた。鯨も見られたので、「武雷タケミカヅチ」で出て一頭仕留めると、港で解体作業に入った。
 李俊と一緒に海へ出た者達を除くと、宋船の住人が二百二十七名であった。伊豆との交易を、「庚寅かのえとら」で行なっていたので、嵯峨諸島には、三百人ほどが住むこととなった。

 白漆喰の釜を設置すると、曲輪棚池を含めて、水源の確保も順調に進められた。八幡衆にとっては、定住可能拠点として、船の修理等をおこなえる場所としても、重要であった。サメ漁や鯨漁をおこなうことで、食料の確保を進めていった。潮釜を使った水と塩の確保も進められた。ただ、風が強いと簡単な小屋では持たないこともあって、土を掘って白漆喰で固めるのと一緒に、竹を柱に竹組の家を造って、白漆喰で固める工法で家を建てていった。こういった事情から、曲輪棚池沿いに家を建てることになった。材料を多くは運べ無いので、一丈四方(九平方メートル)を一つの区画として、建築していった。曲輪棚池造りは、二重螺旋形を描くように造られ、樋箱などの排水が棚池に入らないように半間ほどの高低差を付けて湯屋造りを組みいれていた。
  奥宮の区画を、一丈区画を三十個を並べて大きく造り、炊事や食事をおこなう場所としていた。
  表宮の区画も同様に造り、一丈区画三十個を二棟造り、湊へ船が来た場合の対応としていた。

  竹は、自生できるようにや薬樹、砂糖黍などを植えて育てていた。
  宋船が積み込んできた、銅銭や金地金は、李俊との折半となったので銅銭七万貫、金七千三百両となった。金は保管として、銅銭七万貫を十回に分けて、難波や駿河三嶋、下田から田芋や里芋、菘菜、オオバコなどを購入していった。また、自生していた嵯峨桑が資材として高品質だったことと実が食用にもなることから、住居近くで出来る限り多くの植樹も進めていった。
  ミズチに乗っての漁を含めて、なんとか食料確保の目途がついてきた頃、琉威と為朝の子、凱琉が生まれた。
「ここでは育てられぬか、玲」
「為朝。船で子を育てるは、覚悟がいるが良いか」
「覚悟とはなんだ」
「己が子を喰うくらう覚悟じゃ」
 講談師、見て来たように嘘を吐くでありますが、真実あってこその嘘であります。
ややの数は、人の数に非ず」とは、日ノ本の船には、定数勧請という慣習があることにあります。長距離航海を行く船は、時に水や食料が欠乏した時の対応を図る必要がある。飢饉にあって、家で間引きが起きるのは、当たり前で良く実施されたように、従来の大船に住吉兎衆が乗っていたのは、寿命二十年程なれど、繁殖力が強く、粗食にも耐える兎衆の性質から、船に乗せられていることが多かったのです。
 日ノ本が船における定数勧請とは、出港時の人数と帰港時で船長が同じであれば、人数が減少した場合は、疫病の発生等理由について問われるが、人数が増えることについては問われなかった。出港時と帰港時で乗船者が異なっていても、気にされなかったのである。住吉兎衆は、何事もなければ、帰港時の乗数は多くなることも多かったが、航海中に一人も死なないということも少なかったのである。これは、島での暮らしであっても、起きることであった。住吉兎衆が、移り住んだ地域は、生存条件の厳しい地域が多かったのである。
  人と血が混ざるのが早かったのも、住吉兎衆であった。人と為した子は、間引かれる順位が低かったからである。
「それが、船で子育てする覚悟か」
「その覚悟あらば、船で育てるは可能となる。為朝、どうするかは、そなたが決めて良い。どのみち航海中に産まれた子であれば、誰の子であれ、覚悟せねばならぬ」
「玲。そなたは、覚悟できるのか」
「最後まで努力はする。だが、「武雷タケミカヅチ」の船長は、この玲じゃ、掟は守る」
  船上で、弱き者を守るために、強き者が犠牲にはできない。命を賭け闘って生きる世界では、弱き者から間引かれるのである。
「凱琉は、この船で育てるが、島に居る間は、この島に預けよう。玲」
「承知した」
 嵯峨諸島では嵯峨表院にて、ミズチだけでなく、生まれた子らを一緒に母親と共に集めて、読み書き算を教えると共に、宋語と和語を教えていた。奥院でなく、表院としたのは、ミヅチ衆は海の側でないと育てられないためと、奥院には、孔令則の仕切りとして、宋廟の護り手の女官十名ほどと暮らすこととなっていたためであった。
 宋語が使える玲だけでなく、片言の鷺衆も言葉を習いに出かけていた。燕青と李師師を島長として、表宮を任せた為朝は、燕青、張節らと盃を交し、玲が師師、瓊英と盃を交した。女護島から、三人の女御をつまのミヅチ達と一緒に来てもらって、表院に凱琉を預けることとした。表院は、凱琉だけでなく、李師師の子尚を含めて、宋船の子等や「武雷タケミカヅチ」で生まれていた、塩飽衆の子達も一緒に育てられた。

 漁だけでなく、田芋やヨウサイ、稲などを中心に育てていた。小さな島の場合、棚池であっても少し潮を含んでいることが多い。畝を高く造り、溝を曲輪に沿って掘ると排水口ともなり、畝には砂糖黍や芋茎、里芋が植えられ、溝にはヨウサイや蓮に田芋を育てていた。多少は潮を含んだ水でも育てられる、ヨウサイや田芋は非常に多く栽培され、南方における救荒栽培作物となっていた。
 奥院では、薬樹園の管理と栽培を進めていた。茱萸、丁子、鬱金、ジャスミン、ムクロジなどが栽培されていた。女官達を中心に、栽培や漢方薬の加工なども一緒に行われていた。宋国後宮で培われた漢方に関する、知識・技術についても書籍に記録され、延命院への奉納が行われていた。延命院からは難波宮を通じて、毎年、一艘の船を仕立てて、女御達が着飾る、翡翠や水晶などの宝石類や、笄や飾りなどを届けると共に、薬樹の苗が贈られてきた。
 嵯峨諸島の宋ヶ島では、麻の栽培と麻衣が基本となり、通気性の良い着物に、金や宝石といった光物を使った飾りが女性の流行となった。
 宋ヶ島では、女性が多かったこともあって、皇女趙香雲、趙仏保など幼女の時に攫われたり洗衣院で生まれた娘達や、岳安娘といった希望した女達二十三名を連れて、伊豆女護島の初穂狩りへ参加した。趙香雲と岳安娘とは、そのまま抱かれたミヅチ烈、虔に乗って、二百里の海洋を一昼夜駆けて、嵯峨女護島へと帰って来た。





 嵯峨院への寄進により、法皇より、源氏日章(白地赤丸)を賜り、「武雷タケミカヅチ」に掲げた。日の丸の始まりである。





 二年の歳月をかけて、嵯峨諸島の開拓を進めて来た。形ができた、白漆喰の湊に、為朝が立って水平線の向こうを眺めていると、玲が近づいてきて、訊いてきた。
「潮の流れは、東へ向かい、風の流れは南へ向かう。どちらへ行きたい」
「行けるのか」
ぱぁっと明るくなった為朝の笑顔は、幾つになっても少年のように明るく可愛い。玲は、そんな為朝の笑顔に誘われるようにキスを交わして、
「どちらへでも行けるぞ、食料や水の積み込みは終わったからの」
「よっしゃぁッ」
為朝は、玲を抱き上げると、「武雷タケミカヅチ」へ向かって駆け出した。
「南に行くぞッ。玲」
「わかった、為朝」
そっと、抱かれた胸に頬を寄せるのは恥ずかしいけど、ずっと抱かれていたいと願うように頬を寄せて、為朝の首へと手を回した。



 新しく出来た、真っ白な桟橋へ停泊している「武雷タケミカヅチ」に行くと、新たな仲間となった張節が待っていて、趙香雲と岳安娘が傍らに控えていた。
「どうした、張節」
「すまない、兄貴。皇女と安娘、話ある」
少しづつ和語も上手くなっていた張節
「為朝、あたしと烈も、一緒、行きたい」「為朝、あたしと虔も、行きたい、連れてくれ」
必死で言い縋るように、訊いてきた。
「和語も勉強したのか」
「「頑張った」」
少し、困ったように、玲を見て、
「玲、四人ほど増えても大丈夫か」
「「武雷タケミカヅチ」ならば大丈夫であるが、虎正の方が手薄だ、虎正の下で手伝いをしてやって欲しい。それでも良いか」
「「喜んでッ」」
紀平治や張節達が「武雷タケミカヅチ」へ乗船し、趙香雲、岳安娘が、虎正の「庚寅かのえとら」へミズチ達と一緒に乗船した。
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