弓張月異聞 リアルチートは大海原を往く

Ittoh

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南洋紀行

南洋紀行 6. 病人を乗せたカヌーと出逢う

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南海の海へ、向かって為朝は大きく息を吸い込み、轟き叫んだ。
「しゅッぱァーツ」
どこかの海賊アニメに流れるようなオープニングが鳴り響くように、半鐘が鳴り響く。
かんかんかん、カンカンカン、かんかんかん、カンカンカンと鳴り響く半鐘の響きに、島の人々が集まって手を振ってきた。故郷を追われるように旅立った者達が、ようように築いた、平穏の地。暮らし行くには、まだまだ、険しき道なれど、生きようとする者達が、皆々集まり見送ってくれた。



 碇を揚げて、ミズチ衆の曳航を受けながら、総帆を開いて「武雷タケミカヅチ」と「庚寅かのえとら」が走り出していく。
為朝一家「八幡衆」の旅立ちである。



 まぁ、船旅をした人は、理解できるとは思うが、日常業務と呼ばれる航行管理をおこなう以外は、基本的に暇である。「武雷タケミカヅチ」と「庚寅かのえとら」は、男船の女船長であることから、船の操船は、女衆の仕事になることが多く、どちらの船も女性が多かった。必然として、ミズチ衆の男が多くなっていた。男がいて、女がいれば、子が増えるのも必然であり、琉威の子凱琉だけでなく、志奈の子寧々やカグラの子火耶かやも居た。ミヅチの子等も居るとなると、現実としては、子育てをやりながらの航海ということになる。
 南への進路を取りながら、陽が出ている時には、漁や潮釜での水や塩造り、魚やサメを捌いて保存食を減らさないようにしていた。雨が降れば、水桶を用意して、水の確保に努める。夜は、魚やサメの料理が基本となっていた。
 最初の夜は、十一里離れた南の島で休んだ。三日ほどの日程で、天測をおこなって島の作図をおこなっていた。伊豆諸島から南の島々については、ほぼ作図が終わっていた。
「雲海、どうじゃ」
「はい。女御島嶼の作図は終わりました」
「雲海が描いた島の図は、見事なものであった」
 女御島は、嵯峨諸島にあって、少し離れた場所に幾つかの島で構成されていた。島嶼の規模は、宋ヶ島よりも少し小さいが、船を泊める場所や、人が住める場所を幾つか、造れそうな島であった。玲は、宋ヶ島の人がもう少し増えれば、この島の開発を初めて、女達を集めて、ミヅチ衆を育てようと考えていた。
 南西部側にある入り江に、船を停泊させていた。確認のために、作図された海図を元に、鷺衆達と一緒に玲が、測量を開始するのに為朝が一緒に付きあって島を巡っていると、玲が突然、吐き気をもよおして、海に落ちた。慌てて、海へ飛び込んだ為朝が、玲を抱えて、「武雷タケミカヅチ」に駆けこむと、知らせを受けた、梅鈴と安巧蓮が準備していた。
 これが、玲の懐妊を知らせることとなった。
「一度、戻るか」
為朝が、玲に問いかけると、
「構わぬよ、為朝。おなごが船での出産となり、子を連れて旅をするは、八幡衆が定めとなろうよ」
船一艘に一家を託し、船団を一門一党として海原を進む、これが八幡衆の流れともなった。時には、嵐によって、船と共に一家が沈むことがあるが、それでも海にでるのが、八幡衆の生き方ということになる。
「梅鈴、安巧蓮。玲を頼む」
「「お任せを」」
二人の声を聞くと、為朝は、少し安心したように玲の傍らに座った。
「どうした、為朝」
「どのみち、今日には測量も終わろう。玲の側にいるぞ」
「ほほほ、可愛いことを言うてくれるが、為朝、閨は共にできぬぞ」
「わかっている」
艫屋形の奥間は、子供たちの部屋となっていた。志奈や亮達鷺衆を中心とした測量方が島の確認を進めていた。柊が副長として、測量記録や日誌を船長室で纏めていた。補佐を務めたのは、火耶かやであった。
 為朝が、大盥から凱琉を抱き上げると、十貫くらいになっていた。抱き上げると泣き出すので、大盥へと戻した。でも、抱き上げられるのは好きらしくて、また為朝に手を伸ばして抱っこをねだった。
 そんな繰り返しの姿を見て、玲が抱いていた、寧々が、為朝にとことこ歩いて
「父さまぁ」
とことこと歩いてくる、為朝は娘を抱き上げた。志奈の娘寧々である。
 寧々が、とことことやって来て、為朝に抱き上げて貰うと、嬉しそうに笑った。ニヤケてトロットロになった為朝が、
「おぉ、寧々か、どうした」
「ねぇ、父様、琉威母様に乗りたい」
おねだりの上目遣いは、万国というか、異世界含めて共通なのかも知れない。
「おぉっ、琉威がよければ良いぞ、行くか」
「うん」
そのまま、ミズチ口へと向かっていった。
「凱琉は、母と一緒に行こうな」
凱琉を抱き上げると、ミヅチ口へと向かっていった。
 和船の特徴としては、商船も戦船も一家構成で船に乗ることが多かった。つまりは、一家一門が一艘の船に乗るのが、和船の基本であった。男船であれば、船長は一家一門の女長が務め、女船であれば、船長は一家一門の男長が務めるを基本としていた。二艘以上で、船団を構成する場合は、女長が乗る船には、船で生まれた子供達が乗っていた。
武雷タケミカヅチ」は、中央の喫水位置にミヅチ口を設けてあって、潮プールとなっていた。普段は、ミヅチ衆が寝起きする場所でもあったが、ミヅチ口を開くと、波が大きくなれば潮を被るような場所で、凱琉が玲と一緒に行くと、冴が凱琉を抱き取った。
「玲様、お預かりします」
「冴。病気ではないのじゃ、あまり庇うな」
「いえいえ、玲様になんぞあっては、為朝様の機嫌を治せませぬ故、我慢していただきます」
「ほんにのぉ、嬉しいがなぁ」
玲は、冴とミヅチ口で潮と戯れる姿を見ながら笑って言った。
 和船が、戦闘でミヅチ衆による遠距離襲撃を主戦法とするようになったのは、母船に住まう子供達を護ることに主眼が置かれていたためである。帆無八幡が、護衛艦であり、先鋒となって突撃するのも、ミヅチ母艦を護ることで、一家一門の繁栄を為すためである。



 琉威に乗って、海原で遊んでいた、為朝に肩車された寧々が、きゃっきゃ喜んでいると、ふと遠くの方に、船影が見えた。
「ととさま、なんか来る」
船影を確認した為朝は、懐に着けた籠へと寧々を下ろした。
「船か、寧々、しっかり父に捕まっていろ」
「うん」
 琉威に乗って、近づいて行くと、丸木の削りだしで、五丈ほどの大きさで造られた船が航行していた。一間ほどの腕木が船の両側へ張り出し、その先に小さい船が付けられていた。為朝は、自分を指し示して、
「我が名は、為朝」
相手を指差して、
「誰か」
相手の女性は、自分を指して、
「ウル」
と言って、
「ヤクゥ、ゼア、レン、テリ」
と指しながら、話して、寝かされていた女を示して、
「イツキ」
と呼んでいた。熱病か何かに冒されているようであった。
「寧々、船まで飛べるか」
「う、うん」
「病人だ。玲に伝えてくれ」
「うん」
抱かれていた少女が鳥になって、飛び立っていったのを見て、
「マケマケ」
と呼んで、崇め始めたのでありました。
 高楼で待機していたカグラが、寧々を見つけ、鐘を鳴らした。「武雷タケミカヅチ」にしても、並走する「庚寅かのえとら」にしても、総員に緊張が走り、ミヅチ口を閉めて、愛宕衆が武装してミヅチ口へと向かっていった。しばらくすると、船影が「武雷タケミカヅチ」からも確認できるようになった。
 玲は高楼へ入って、玲の側に柊が着き、カグラが入口へ付いた。紀平治が愛宕衆と、ミヅチ口で、ミヅチ衆と待機していた。
武雷タケミカヅチ」のミヅチ衆は、三十六名であった。総員が襲撃態勢を整えるのに、百を数える必要は無かった。



 寧々が飛んでくると、玲の腕の中へと飛び込んでいった。
「玲母様」
「敵ではなさそうじゃが、どうした」
「船。病人が居る」
寧々の言葉を聞くと、
「柊、女御衆に伝えよ。潮湯を沸かせッ」
「はッ」
「安巧蓮」
「はい。寧々を連れて、潮湯へ」
「はい」
安巧蓮が、寧々を潮湯へと連れていった。
「カグラ」
「なんだい。玲」
カグラが側に近寄ると、
「カグラ。あの船より、人を上げるわけにはいかぬ」
「焼くのかい、玲」
「あぁ、甲板に上がったものは、焼き祓えッ」
「わかった」
病人を乗せた船。それは、船という閉鎖空間の中で住まう者にとって、非常に危険な船であった。本来であれば、助け合うのが海を行き交う者の習慣ではあるが、病に倒れれば、そんなことは言ってられなくなる。船ごと焼き祓うことも選択しなければならない。

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