弓張月異聞 リアルチートは大海原を往く

南洋紀行

南洋紀行 ７． 南海の航法師イツキ

　大海原は、凄まじく厳しい海でもある。広い海原には、目印もなく、病にかかって助けも得られぬ、厳しい現実を見据えた世界でもある。船同士というのは、時には助け合うものであるが、病を得た船は、近づくことすら憚られる存在となる。
　船での病は、危険である。時には、ちょっとした伝染病でも、乗組員が全滅することもある。病にかかった船人は隔離されなければならない。「武雷タケミカヅチ」の側へ船を寄せると、船に向かって為朝が叫んだ。
「病人だぁ、名はイツキ。女。熱高く、赤斑有り」
そのまま、舷側の突き出しに接舷すると、為朝が突き出しに腰をかけた。ウル達が、船に乗ろうとすると、止めて自分達の船に戻した。イツキを突き出しの上に、竹台を乗せて寝かせた。階段状になった突き出しに為朝は腰をかけた。
　為朝も船に戻ろうとはしなかった。



　雲鈴がやってきて、壷と小さく細い口のついた水差しを持ってきた。
「為朝様、これを、病の方へ」
「あぁ、雲鈴。後は、おれがやる」
受け取ると、船に持っていって
　壷から蜂蜜、檸檬、生姜、葛根、麻黄、芍薬、桂皮、甘草、大棗を調合した薬液を、小さく細い口のついた銀製の水差しに入れて、細い口から飲ませるように示して、少し、自分でも飲んで見せた。
「イツキに」
と言って渡した。
ウルは、渡された水差しをイツキに飲ませていった。ウル達への食事は、紀平治が突き出しに運び提供しながら、舷側に控えていた。十日程、イツキの症状に合わせて、薬液の配合を変えながら、療養を続けていくと、徐々にイツキが快方に向かっていった。
「えっと、ここ何処」
イツキが話した言葉は、和語であった。



為朝が、竹台に乗せられた、イツキへと声をかけた。
「和語が解るのか。八幡衆の船「武雷タケミカヅチ」だ。俺の名は、為朝だ」
「あたしは、イツキ・エタク・ビアイです。言葉は、熱病の中で、マケマケより授かりました」
皆の方に向かって、
『マケマケがイツキに、彼等の言葉を教えた』
とイツキが告げると、
『『『『『おぉぉッ』』』』』
驚きと賞賛の声が返ってきた。
「マケマケとは、そなた達の神か」
「はい、鳥の人と呼ばれる神に北の島へ向かえば、運命に逢えると言われました」
十日の闘病が後のことでありました。



　講談師、見てきたように嘘を吐く、とありますが、椿説弓張月の中で、言葉の解らぬ者達に、島で和語を喋る女に出逢います。ここらへんは、当時のご都合主義といったところですねぇ。チート転生で、赤ん坊だったりすることが多いのも、言葉の障壁という課題を解決しなければならないからとなります。



為朝は、驚いて、
「運命って、俺のことか」
まっすぐに為朝を見て、
「はい。イツキと呼んでください」
これが、南海の航法師イツキと為朝の出会いでございました。