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外伝 平家物語異聞
難波の湊にて
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今は、昔のことなれど、平安末期に騒乱ありて、様々な舞曲にて語られることとなります。
日本最強のリアルチート、鎮西八郎為朝が、南方嵯峨で国造りをしていた頃、源平合戦における源氏の巻き返しが始まります。
講談師、見てきたように嘘を吐くとありますが、これほどに真実が凄まじきことは、なかなかにございません。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり
沙羅双樹の華の色、盛者必衰の理を表す
驕れる者も久しからず、ただ春の夜の夢の如し
猛き人も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ
語られるは、諸行無常の響きにあって、語られます。
日ノ本が相国、平清盛公が病で亡くなられ、京洛を追われ、福原で主力である郎党衆を失い、讃岐へと追われた平家には、衰亡の色が誰の眼にも判るほどに、強く出ておりました。源氏と平家の争いの中で、頂点を極めた平家の隆盛は、京洛に見る影も無く、福原の大戦で、平家方が敗れ、讃岐の屋島へと撤退しました。
難波湊には、伊豆より大船が浮かび、福原敗残の将が招待されておりました。
平家の大将として戦った、平維盛殿でございます。平清盛公が嫡男、重盛の嫡男として生まれ、将来を期待されたが、重盛の死後、叔父宗盛に一門が移り、末席へと追いやられておりました。それでも、戦いを重ねたものの、敗れ去り、一門が京洛を落ちるときには、山科の防衛で殿に見捨てられるほどでございました。
甲板には、難波湊の魚を中心として、酒肴の用意がなされ、赤い鬼火が浮かび、照らしていた。宗実に似た、切れ長の瞳に、艶やかな髪が少しほつれるようになびく姿は、さすが、当代の光源氏と詠われた美男子であった。焦燥に駆られながらも、どこか超越したような姿は、鬼火の赤き炎に照らされて、幽玄の佇まいを魅せていた。
平維盛を大船に迎えたのは、為朝が嫡女にして、維盛兄様の弟宗実の嫁、一にございます。
あたしは、そんな維盛の姿にぼぉーとしていて、宗実も綺麗だけど、兄も綺麗だなぁと、埒も無いことに囚われていた。
「お初にお目にかかります、御方様。小松中将維盛にございます」
名乗りを上げる義兄上に向かって、あたしは、
「わたしは、鎮西八郎が嫡女一にございます。小松中将様には、ご挨拶にも伺わず、ご無礼をいたしております。弟君、伊豆介宗実様には、ほんに良くしていただいております」
挨拶を返した。
「婿の求め応じたは、祖父宰相清盛や父小松内大臣重盛なれば、仲睦まじい姿が何よりにございます」
「なんの、宰相殿や小松内大臣殿には、婿取りにあたって、ご無理をお聞き届け頂いた御恩があります。この一、終生忘れませぬ。小松中将殿が望まれるのであれば、この船と共に平家へ御味方いたしまする」
あたしは、宗実が口にできぬでも、義兄上ならばと声をかけた。ただ、義兄上からの応えは、斜め上を越えていた。
「ははは、平家が都落ちは、富士川に敗れ、倶利伽羅に敗れた、この小松中将が責。
平家を滅ぼした責は、この小松中将維盛にございましょう。
ですから、平家がことは伯父上宗盛にお任せいたす」
「あ、兄上ッ」
叫ぶ、宗実を抑え、維盛は言葉をつなげる。
「妻と子は、京洛にて嫁に出しました。ようやく、一人の武士となれました」
少し、寂しそうに笑って言った。
「父は維盛に、一門を託しては貰えませんでした」
維盛は、富士川での敗れ、北陸遠征では幾度か勝利をおさめながら、倶利伽羅の戦で、遠征軍の大半を失った。平家が遠国へ兵を送れるようになることはない。越後の城家や坂東の佐竹が敗れれば、もはや東国は鎌倉殿のものとなる。
あたしが、少し言葉を挟んだ。
「小松家一門を支えるために、富士川、倶利伽羅と戦われたのか、小松中将殿」
「大将としての無能を晒しただけです。一殿」
さっぱりしたように、応える維盛は、透き通るような、どこか死人のような姿があった。
平家嫡流に生まれながら、父の急死によって、叔父宗盛に嫡流を奪われた。叔父宗盛にとっては、自分の一族を平家嫡流とするためには、小松家が邪魔になる。維盛は、戦で勝つことで、一家堅持を図ったのだろう。敗れた以上は、平家嫡流は、滅び行くこととなる。
あたしは、
「小松中将殿、いや、武士維盛義兄上」
「一殿、、、いや義妹どの、何か」
「小松殿ではなく、武士維盛義兄上に何かできることはありませんか」
「福原を敗れて失えば、もはや平氏一門の命運も尽きる。後白河院は、宗盛殿へ京洛に向かうこと能わずと文を書かれた。平家に勝ちはない」
それは、困る。宗実になにかしたいのに、あたしは叫んだ。
「それでも、あたしは何かしたいのです。宗実は、こんな大女の醜女を抱いて、女としての愉しみ、子を為す喜びを与えてくれました。あたしは、十分にしてくれる夫に何もできぬのあたしが嫌です」
必死で問いかける、あたしに驚いたように宗実は、
「一姫。ぼくはッ」
止めようとする、宗実を止めて、
「あたしは、幸せです。お義兄様。だから、あたしは、宗実を幸せにしたいのです」
言い放った。
しばらく、驚いたように、あたし達ふたりを見て、笑い出した。
「はははは、ほんとうに仲睦まじく夫婦となったのだな、宗実。一」
透き通るような笑い声が、難波の海へと響いていった。
日本最強のリアルチート、鎮西八郎為朝が、南方嵯峨で国造りをしていた頃、源平合戦における源氏の巻き返しが始まります。
講談師、見てきたように嘘を吐くとありますが、これほどに真実が凄まじきことは、なかなかにございません。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり
沙羅双樹の華の色、盛者必衰の理を表す
驕れる者も久しからず、ただ春の夜の夢の如し
猛き人も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ
語られるは、諸行無常の響きにあって、語られます。
日ノ本が相国、平清盛公が病で亡くなられ、京洛を追われ、福原で主力である郎党衆を失い、讃岐へと追われた平家には、衰亡の色が誰の眼にも判るほどに、強く出ておりました。源氏と平家の争いの中で、頂点を極めた平家の隆盛は、京洛に見る影も無く、福原の大戦で、平家方が敗れ、讃岐の屋島へと撤退しました。
難波湊には、伊豆より大船が浮かび、福原敗残の将が招待されておりました。
平家の大将として戦った、平維盛殿でございます。平清盛公が嫡男、重盛の嫡男として生まれ、将来を期待されたが、重盛の死後、叔父宗盛に一門が移り、末席へと追いやられておりました。それでも、戦いを重ねたものの、敗れ去り、一門が京洛を落ちるときには、山科の防衛で殿に見捨てられるほどでございました。
甲板には、難波湊の魚を中心として、酒肴の用意がなされ、赤い鬼火が浮かび、照らしていた。宗実に似た、切れ長の瞳に、艶やかな髪が少しほつれるようになびく姿は、さすが、当代の光源氏と詠われた美男子であった。焦燥に駆られながらも、どこか超越したような姿は、鬼火の赤き炎に照らされて、幽玄の佇まいを魅せていた。
平維盛を大船に迎えたのは、為朝が嫡女にして、維盛兄様の弟宗実の嫁、一にございます。
あたしは、そんな維盛の姿にぼぉーとしていて、宗実も綺麗だけど、兄も綺麗だなぁと、埒も無いことに囚われていた。
「お初にお目にかかります、御方様。小松中将維盛にございます」
名乗りを上げる義兄上に向かって、あたしは、
「わたしは、鎮西八郎が嫡女一にございます。小松中将様には、ご挨拶にも伺わず、ご無礼をいたしております。弟君、伊豆介宗実様には、ほんに良くしていただいております」
挨拶を返した。
「婿の求め応じたは、祖父宰相清盛や父小松内大臣重盛なれば、仲睦まじい姿が何よりにございます」
「なんの、宰相殿や小松内大臣殿には、婿取りにあたって、ご無理をお聞き届け頂いた御恩があります。この一、終生忘れませぬ。小松中将殿が望まれるのであれば、この船と共に平家へ御味方いたしまする」
あたしは、宗実が口にできぬでも、義兄上ならばと声をかけた。ただ、義兄上からの応えは、斜め上を越えていた。
「ははは、平家が都落ちは、富士川に敗れ、倶利伽羅に敗れた、この小松中将が責。
平家を滅ぼした責は、この小松中将維盛にございましょう。
ですから、平家がことは伯父上宗盛にお任せいたす」
「あ、兄上ッ」
叫ぶ、宗実を抑え、維盛は言葉をつなげる。
「妻と子は、京洛にて嫁に出しました。ようやく、一人の武士となれました」
少し、寂しそうに笑って言った。
「父は維盛に、一門を託しては貰えませんでした」
維盛は、富士川での敗れ、北陸遠征では幾度か勝利をおさめながら、倶利伽羅の戦で、遠征軍の大半を失った。平家が遠国へ兵を送れるようになることはない。越後の城家や坂東の佐竹が敗れれば、もはや東国は鎌倉殿のものとなる。
あたしが、少し言葉を挟んだ。
「小松家一門を支えるために、富士川、倶利伽羅と戦われたのか、小松中将殿」
「大将としての無能を晒しただけです。一殿」
さっぱりしたように、応える維盛は、透き通るような、どこか死人のような姿があった。
平家嫡流に生まれながら、父の急死によって、叔父宗盛に嫡流を奪われた。叔父宗盛にとっては、自分の一族を平家嫡流とするためには、小松家が邪魔になる。維盛は、戦で勝つことで、一家堅持を図ったのだろう。敗れた以上は、平家嫡流は、滅び行くこととなる。
あたしは、
「小松中将殿、いや、武士維盛義兄上」
「一殿、、、いや義妹どの、何か」
「小松殿ではなく、武士維盛義兄上に何かできることはありませんか」
「福原を敗れて失えば、もはや平氏一門の命運も尽きる。後白河院は、宗盛殿へ京洛に向かうこと能わずと文を書かれた。平家に勝ちはない」
それは、困る。宗実になにかしたいのに、あたしは叫んだ。
「それでも、あたしは何かしたいのです。宗実は、こんな大女の醜女を抱いて、女としての愉しみ、子を為す喜びを与えてくれました。あたしは、十分にしてくれる夫に何もできぬのあたしが嫌です」
必死で問いかける、あたしに驚いたように宗実は、
「一姫。ぼくはッ」
止めようとする、宗実を止めて、
「あたしは、幸せです。お義兄様。だから、あたしは、宗実を幸せにしたいのです」
言い放った。
しばらく、驚いたように、あたし達ふたりを見て、笑い出した。
「はははは、ほんとうに仲睦まじく夫婦となったのだな、宗実。一」
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