弓張月異聞 リアルチートは大海原を往く

Ittoh

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外伝 平家物語異聞

女の戦は、生き残るがための戦なり

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 今は、昔のことなれど、源氏と平家の争いは、平安末期に騒乱ありて、語られます。
 日ノ本では、壬申に継ぐ、大乱でございました。
 父様は、清和源氏河内源氏が頭領為義の八男為朝として生まれ、平家と戦い敗れ、伊豆に流されました。父様は、源氏最強の武士もののふと呼ばれており、先の工藤、宇佐美、北条による征伐に勝利して、そのまま日ノ本を離れて旅に出られたのでございます。
 その戦で、天下無双の豪勇を見て、あたしも父様のようになりたいと、弓を引いて戦うおなごに鍛えました。まぁ、六尺五寸(195センチ)の大女には、似合いでもありまして、そこらの男が引けない、五人張り二十束の父様と同じ弓を引いて、八分四尺柄五寸鏃の矢を放つことができるまで、鍛え上げていました。
 侍女たちと違って、張りつめた腕や肩を含め、肢体が筋骨隆々に鍛えられていましたから、あまり美しいとは言えないのは承知していて、どっかで良い男がいたら、押し倒すかぁと思って日々を過ごしていました。そんなあたしに、玲母様が、婿を取って下さったのです。平家の清盛が嫡男重盛の末っ子宗実です。十五の女に、十三の男を婿にとったのです。でも、まぁ、なんか、逢ってみると、とっても可愛い男子おのこだったけど、あたしみたいな大女だというのに、愛してくれて、なんか睦み合って、体の芯に宗実を受け入れていると、あたしは小娘のように抱かれ愛された。



 あたしと宗実との間に、嫡男千代丸が生まれた頃、源氏と平家の争いは、激化の一途を辿っていた。
 頼朝が挙兵し、平家に付いた大庭景親は石橋山の合戦で勝利したものの、伊豆衆は和田義盛が率いて頼朝に付くことで、伊豆衆が一時的に源氏と平氏に分かれた。父様とあたしが源氏だったこともあって、最終的には、伊豆衆は頼朝に付くこととなった。
 結果的に、目の前の平維盛は富士川に敗れ、義仲との戦いで倶利伽羅峠で敗れると共に、平家の主力は壊滅的な打撃を受けた。平家の都落ちの際に、平重盛一門は、重盛の死後は、微妙な状況になっており、維盛が敗れた後は、さらに追い込まれていった。



 結果的に、京洛を源氏に奪われ、福原を都に西国一円を纏め上げたところで、一の谷合戦が起きて、源義経の迂回機動戦闘に巻き込まれ、平家は福原を失って屋島へと撤退した。ここに、平家の敗亡は極まったのである。



ひとしきり笑った後、維盛は、
「なぁ、一姫。平家を救うには、既に遅いとは承知であろうな」
あたしは、
 遅いというのは、判っている。でも、富士川の時に、伊豆は纏まらず、纏まった時には、源氏に味方すると決まっておった。
「ならば、平家の衰亡は、決まり事なのではないか」
 んー。でも、義経は嫌いだ。
「義経殿か、何故に嫌われる、見事な武者振りではないか」
 維盛、あの男の戦は、清盛への恨みの戦じゃ。恨みの戦は、止まることができぬ。それでは、平家の血筋すべてを滅ぼそうと動くことになる。
「千代丸君でしたか、その災いが降りかかると」
 義経を抑え、平家を生かさねば、あたしは父為朝と同じように、この国を出なければならぬ。
「それが、許せぬと」
 子に罪は無い。清盛が生かした子が、叛くまでは情が起したこと、されど、一門一党殲滅するは、恨みを消すのではない、恨みを自分に返してしまう。だから、宗実や千代丸が、この日ノ本で暮らすためには、平家をこのまま滅ぼしてはならない。
「自分が、敗れた時、同じように一門が殲滅されることになる。それは、今の勝者である義経も同じと」
 そうじゃ。そんな非情な国に、日ノ本をしたくない。何か、無いか、兄上。
「そうですな、この維盛が、京洛を離れる時、上皇様より頼まれたことがあります」
 上皇様から、何か、
「かなうならば、安徳を助けて欲しいと」
 人の情じゃな。
「はい。平家が讃岐の屋島で敗れる時は、船戦となりましょう」
 平家が拠点、彦島での戦か。
「戦場は、おそらくは、彦島から海峡を抜けたあたりとなりましょう」
 最後の決戦場と言うとこか
「いいえ、平家一門が、滅びるための舞台となりましょう」
 滅びの舞台か、カワラモノが喜びそうじゃな。
「最高の舞台となるが故に、滅びを求める者が多くなりましょう。一姫。平家の者達も理解しているのです。武門の意地で戦ができるのは、彦島が最期となる」
 だから、滅びるを選ぶのか、馬鹿なッ。
「それが、戦人というものです。そのような戦では、意地汚く生き残るは、恥となり晒し首になりましょう」



 後の世となりますが、かの有名な忠臣蔵で、見事な仇討ちを果たした、義士を切腹に追い込んだのは、生かして後世に恥となる可能性であったと言われます。美しきままに自害に追い込むことが、仇討ちを果たした彼らへの褒美だと。
講談師さくしゃは、何よりも、こういった滅びの美を求める考え方こそが、第二次大戦で日本を追い込み、滅ぼしたのだと思っています。



 難しき事はわからん。維盛義兄上、源平最後の戦に殴り込んで、主上を助けに行ければ良いか。
「助け出したのが、源氏でも平氏でも無ければ、恨みを残さぬ最期を飾れよう」
 わかった。維盛義兄上。あたしと宗実は、この大船で、戦場へ挑む。
「ならば、この維盛、最期の仕事として彦島に参ろう」
「兄上。ご無事で」
「宗実。この維盛、このまま海に寂滅と思ったが、主上への最後の奉公となろうな」
「生きてこそ、奉公の先もありましょう。兄上」
 そうさ、維盛義兄上。平家一門、滅びて語られるのではなく、生きて語られるが、本物の戦人と思います。
「生きて明日を繋ぐが、女の戦か」
 よく知ってるな、玲母様の言葉だ。
「ははは、良く知っているさ。大輪田泊で、玲姫に言われたよ。女の戦は、泥を啜り、恥を重ねようと生きるために、戦をするのだとな」
 男の戦は、美しい。だけど、明日を繋いで生きるのでなければ、戦などするものではない。あたしは、玲母様に教えられてきた。
 盛者必衰のことわりは、盛者ができねば、生まれぬことわりよな。
「おんぎゃぁ、おんぎゃぁ」
 泣く千代丸の声に、一姫が抱上げて、おむつに衣を変えていく。
「凄い者よ、千代丸君も戦場へ連れ出すのか」
 伊豆の船は、一家一門の船なれば、子を離すつもりは無いぞ、維盛義兄上。
 衣を換えて抱き上げて、千代丸へ笑いかけると、赤子の笑い声が、難波の湊に響き渡るように、流れていったのでありました。
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