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陛下への恩義

陛下への恩義02 「大日本帝国の勝利は存在す、されど、帝は選ばず」

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陛下への恩義02 本土決戦あるある伽噺



  お爺ぃが、表題を「陛下への恩義」としたのは、日本国国民としての恩義である。

 第二次世界大戦で大日本帝国が勝てた場合、勝った後はどのような状況だったのだろうか。

 おそらくは、一億総玉砕の下で、主上は松代大本営に移り、皇室から宮様を日本各地に派遣し、北海道から九州まで、長大な戦闘正面へ派遣する。各地の帝国陸海軍を南北朝時代のように、宮様を錦の御旗として、戦車やトラック等が活動し難い日本の国土を利用し、本土決戦を10年以上にわたって継続する。

 フィリピンで抵抗を継続した小野田寛郎さんのように、少人数でも広域に展開し、敵から軍需物資を強奪しながら、テロ活動のように戦争を継続していく。

 敵味方が識別しにくくなる、占領下の抵抗活動程、アメリカが嫌う事は無い。

 10年以上の抵抗活動の結果として、米軍の死傷者数が、傷病死者を含め50万を超えたとすると、米国政府はともかくとして、米国の厭戦気分が増加していくことは間違いない。ましてソビエトとの冷戦状況が発生していて、北海道を占領したソ連軍に抵抗する勢力には、アメリカから支援が送られ、関東や九州を占領して、戦域を拡大するアメリカ軍に抵抗する勢力には、ソビエトから支援が送られることとなる。

 つまり、米ソが日本という舞台で、互いの占領地域を拡大するために、旧日本軍の支援をおこなうようになれば、完全な泥沼に米ソ両国を引き込むことができる。

 最終的には、米ソが手を引き、南北合一が実現したように、日本が勝利する可能性は存在する。

 本土決戦における日米戦争の勝利条件とは、何年でも抵抗し、出来る限りの多くの米軍人を殺し、遺族賠償請求そのものにアメリカ経済が耐えられなくなるまで継続することにあった。勝利条件を満たすためには、一億総特攻であり、玉砕であった。一億の日本人が、一人一殺でなくても、十人で一殺できれば、一千万の殺しが可能となる。百人一殺で百万殺すことができる。

 本土決戦で、一人一殺の下に、日本国民一丸となって、米軍に抵抗した場合、凄惨な地上戦が展開したことは間違いない。10年の抵抗を続ける中には、原爆の投下も、広島、長崎だけでなく、撃墜して地上で爆発する爆弾を含めて、日本国中に降り注いだ可能性もある。

 当時の連合軍による対日作戦は、現行法では禁止される、ABC兵器全てを投入することが規定されていたとされる。おそらくは、枯葉剤など及ばぬくらいに、日本国土へのダメージは酷かったと推測される。






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 戦争を数字と論理だけでみれば、WWⅡの日米戦争に、「大日本帝国」勝利の可能性は存在する。
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 しかしながら、第二次世界大戦で日本の勝利には、残るモノは少ない。結果的には、ボロボロになって、各国に占領された国土と、千々に引き裂かれた国民となり、勝利の結果として残るのは、国体のみということにもなった。国民の大半を失い、畿内から東海、甲信越あたりまでが、大日本帝国に残される国土となり、小国となって生き残ることが、「大日本帝国」の姿となる。





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 1945年8月15日玉音放送。日本国国民は、主上へいかの声に救われたのである。
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 のほほんとした平和な日本で生きることができ、日本国に住まう日本国民である限り、主上へいかへの御恩に、深く感謝しなければならない。

 サヨでもパヨでも、ウヨすらも、ネット上で適当に話すことができるのも、主上へいかのおかげなのである。

 滅びなければならなかった「大日本帝国」とは、戦うことが避けられない戦をいかに生き残るのかである。大日本帝国を滅ぼしてでも、「国号・国体」を護ることこそが、主上へいかの想いであり、勝つ手段を得られず終戦を求めることができない「大日本帝国」は、滅びるしかなかったのである。

 お爺ぃは、昭和16年の「大日本帝国」が置かれた状況から、昭和16年の時点で抜け出す手を探すことができなかった。

  単に勝ち負けだけを考え、「国号・国体」の維持のみを捉えて、第二次世界大戦を戦ったならば、日本は勝てたかも知れない。一億の国民大半を犠牲に捧げ、国土すらも大半を失い、それでも「大日本帝国」の生残だけを考えるのであれば、「大日本帝国」の勝利も可能である。勝利そのものに意味があるかどうかは別として・・・




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 本当の意味での「国民」を護り救い、「日本国」として生き残ることに命を賭けられた、主上へいかへの恩義は、決して忘れてはならない。
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