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陛下への恩義 外伝
あったかもしれない世界2 東西熱戦の開始と推移
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核戦争そのものが、非常に危険であることは、本土決戦の中、世界中で認識されるようになった。民間への被害だけでなく、残留した放射性物質による健康被害は、占領軍側にも大きな被害をもたらしたのである。
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しかしながら、昭和30年あたりまでは、米ソ相互確定破壊が確立するほどではなかった。
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昭和21年、本土決戦に引き抜かれた関東軍は、戦線を縮小し遼東半島へ後退、旅順を中心とする、遼東半島の防衛体制を確立させた。満洲の国都は、大連に置かれた。ソビエト連邦軍による満洲への侵攻作戦は、長春へ侵攻したソビエト連邦軍は、奉天に達した八路軍との間で、小競り合いが発生し、戦闘状態へと突入した。
関東軍の戦略は、一旦、遼東半島へ後退し、中国共産党とソ連の戦闘状態を満洲で発生させることにあった。
関東軍は、大半を本土決戦に引き抜かれたこともあって、広大な満洲を護る兵力はなかった。関東軍は、遅滞戦闘で八路軍を満洲へ引き込み、ソ連軍にぶつけたのである。
大日本帝国の撤退と本土決戦の開始は、非常に厄介な状況を欧州にもたらしていた。
東西ドイツの分断と米ソの対立は、共産圏と自由主義経済圏の対立となっていた。大日本帝国が本土決戦を選択した以上、対日連合軍として参戦しなければならない。イギリスを含めた欧州の連合国は、軍を派遣する必要があるが、太平洋戦争の戦闘報告からすれば、本土決戦における被害は、戦争で疲弊した欧州諸国にとって、容認できそうになかった。
また、昭和21年あたりからは、太平洋各地で、本土から分断された大日本帝国軍残留部隊は、植民地諸国の独立運動と一緒になって、連合軍に抵抗し始めていた。
イギリスの状況は最悪であった、第二次世界大戦を戦うために、中近東での口約束が破綻しており、問題を生じさせていた。第二次世界大戦のイギリスを支えたのは、北アフリカや中近東からインドといった、イギリス植民地による支援にあった。
インドは独立運動が継続的に発生していて、ガンジーやネルーによる抵抗活動は、イギリスにとってアキレス腱になろうとしていた。昭和21年に発生した、インド海軍の叛乱は、結果的に昭和22年にインド独立が承認されました。
第二次世界大戦後に独立した諸国家にとって、独立戦争をおこなう助力となったのが、大日本帝国軍の残留兵でした。「大東亜共栄圏」の理想は、海上交通が封鎖されて、故国に還れない大日本帝国残留兵にとっての戦争理由になったのです。
連合国の戦力を出来る限り、植民地に引き付けることで、本土決戦を支援を実施するという大日本帝国の戦略でもあったのです。
イギリスは、昭和22年の植民地独立を承認する状況から、満洲国の国家承認と、関東軍との休戦協定を結びます。これは、香港、厦門、澳門といった地域の返還協定、治安確保を在留した大日本帝国軍に委託がおこなわれました。
オーストラリアおよびニュージーランドが、これに追従したことで、支援物資が、香港および遼東半島へと届きます。結果として、関東軍は、一時的に連合したソビエト連邦軍と八路軍を撃退します。
イギリスはポルトガルを誘って、大連、香港、澳門に一個連隊を送ることで、満洲国が連合国側として参戦したと宣言しました。
昭和23年1月、イギリス首相チャーチルは、連合国共同宣言とポツダム宣言の破棄を宣言して、対日休戦条約を締結します。続いてポルトガル、フランス、イタリアが、対日休戦条約を締結します。
昭和23年8月、アメリカは、茨城、神奈川、千葉、東京、埼玉を占領した状態で、イギリスの仲介を受けて、対日休戦協定締結となったのです。占領地では、二千件を越える占領地住民の強盗、虐殺、強姦等が発生していて、米軍のモラルについて、他国からの非難も発生していたこともあり、アメリカは休戦せざるを得ない状況となったのです。
昭和24年1月、アメリカも満洲国を認めたことで、連合国として満洲国が参戦することとなります。
つまり連合国にとって、大日本帝国は、敵国のままですが、満洲国は連合国に加わったことになります。アメリカは、大日本帝国朝鮮総督府に対して、韓国独立政府への移行を条件として休戦協定を締結します。朝鮮総督府および関東軍を含めて、蒋介石の国民政府へ支援を求めることとなります。
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イギリス、アメリカ、関東軍を中心とした連合軍によって、満洲奪回作戦が開始されます。
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しかしながら、昭和30年あたりまでは、米ソ相互確定破壊が確立するほどではなかった。
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昭和21年、本土決戦に引き抜かれた関東軍は、戦線を縮小し遼東半島へ後退、旅順を中心とする、遼東半島の防衛体制を確立させた。満洲の国都は、大連に置かれた。ソビエト連邦軍による満洲への侵攻作戦は、長春へ侵攻したソビエト連邦軍は、奉天に達した八路軍との間で、小競り合いが発生し、戦闘状態へと突入した。
関東軍の戦略は、一旦、遼東半島へ後退し、中国共産党とソ連の戦闘状態を満洲で発生させることにあった。
関東軍は、大半を本土決戦に引き抜かれたこともあって、広大な満洲を護る兵力はなかった。関東軍は、遅滞戦闘で八路軍を満洲へ引き込み、ソ連軍にぶつけたのである。
大日本帝国の撤退と本土決戦の開始は、非常に厄介な状況を欧州にもたらしていた。
東西ドイツの分断と米ソの対立は、共産圏と自由主義経済圏の対立となっていた。大日本帝国が本土決戦を選択した以上、対日連合軍として参戦しなければならない。イギリスを含めた欧州の連合国は、軍を派遣する必要があるが、太平洋戦争の戦闘報告からすれば、本土決戦における被害は、戦争で疲弊した欧州諸国にとって、容認できそうになかった。
また、昭和21年あたりからは、太平洋各地で、本土から分断された大日本帝国軍残留部隊は、植民地諸国の独立運動と一緒になって、連合軍に抵抗し始めていた。
イギリスの状況は最悪であった、第二次世界大戦を戦うために、中近東での口約束が破綻しており、問題を生じさせていた。第二次世界大戦のイギリスを支えたのは、北アフリカや中近東からインドといった、イギリス植民地による支援にあった。
インドは独立運動が継続的に発生していて、ガンジーやネルーによる抵抗活動は、イギリスにとってアキレス腱になろうとしていた。昭和21年に発生した、インド海軍の叛乱は、結果的に昭和22年にインド独立が承認されました。
第二次世界大戦後に独立した諸国家にとって、独立戦争をおこなう助力となったのが、大日本帝国軍の残留兵でした。「大東亜共栄圏」の理想は、海上交通が封鎖されて、故国に還れない大日本帝国残留兵にとっての戦争理由になったのです。
連合国の戦力を出来る限り、植民地に引き付けることで、本土決戦を支援を実施するという大日本帝国の戦略でもあったのです。
イギリスは、昭和22年の植民地独立を承認する状況から、満洲国の国家承認と、関東軍との休戦協定を結びます。これは、香港、厦門、澳門といった地域の返還協定、治安確保を在留した大日本帝国軍に委託がおこなわれました。
オーストラリアおよびニュージーランドが、これに追従したことで、支援物資が、香港および遼東半島へと届きます。結果として、関東軍は、一時的に連合したソビエト連邦軍と八路軍を撃退します。
イギリスはポルトガルを誘って、大連、香港、澳門に一個連隊を送ることで、満洲国が連合国側として参戦したと宣言しました。
昭和23年1月、イギリス首相チャーチルは、連合国共同宣言とポツダム宣言の破棄を宣言して、対日休戦条約を締結します。続いてポルトガル、フランス、イタリアが、対日休戦条約を締結します。
昭和23年8月、アメリカは、茨城、神奈川、千葉、東京、埼玉を占領した状態で、イギリスの仲介を受けて、対日休戦協定締結となったのです。占領地では、二千件を越える占領地住民の強盗、虐殺、強姦等が発生していて、米軍のモラルについて、他国からの非難も発生していたこともあり、アメリカは休戦せざるを得ない状況となったのです。
昭和24年1月、アメリカも満洲国を認めたことで、連合国として満洲国が参戦することとなります。
つまり連合国にとって、大日本帝国は、敵国のままですが、満洲国は連合国に加わったことになります。アメリカは、大日本帝国朝鮮総督府に対して、韓国独立政府への移行を条件として休戦協定を締結します。朝鮮総督府および関東軍を含めて、蒋介石の国民政府へ支援を求めることとなります。
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