13 / 28
不都合な真実
不都合な真実・02 神武東征に始まる、奈良盆地周辺の大規模治水事業
しおりを挟む
<<戦後の日本では、縄文式土器や弥生式土器が発見され、2600年くらいであった日本の歴史が、一万年以上古くなってしまった>>
<<縄文期は、狩猟生活ではなく、狩猟生活から定住生活への移行期であった>>
<<水稲栽培そのものが、縄文時代から始まっていた>>
縄文時代は、16500年前から始まり、旧石器時代の狩猟採取生活から、定住生活への変化が、縄文時代の変化である。
初期の縄文期では、粟津湖底遺跡が9300年程前の遺跡であり、数十人規模の住居跡が発見されている。食料の種類としては、植物(コナラ37.7%、トチノキ30.9%、ヒシ27.8%、他)貝類(セタシジミ78.3%、カワニナ10.6%、イシガイ4.8%、タニシ4.3%、他)魚類(コイ60.1%、ギギ10.3%、ナマズ6.6%、他)鳥獣(イノシシ30.5%、ニホンジカ7.5%、シカ9.0%、スッポン17.0%、他)となっている。この時期の琵琶湖湖水温度が、現在と比較して+1度高かったとされている。
「引用:伊庭功、粟津湖底遺跡から見た縄文時代の生業と環境」
こういった状況からすれば、9300年前の琵琶湖を中心とした気候は、薩摩の気候と同じと考えられ、かなり暖かったのは事実である。初期の地層からは、栗の殻も大量に発見されていて、栗から堅果類への変化が生じていることから、気温変化も生じたと推定されます。
水を確保でき、堅果類や貝に淡水魚が豊富な、琵琶湖湖岸地域は、かなり多くの人口を抱えることが可能であったと推定されます。
栗の木を植樹し、小豆等の栽培を行っていて、漆の生産も可能としていたのが、定住が進んだ縄文時代である。青森県の三内丸山遺跡のように、5900年前から4200年前まで長期間続く、定住生活拠点であった。三内丸山遺跡で、百戸くらいの家があり、一戸数人が居住していたすれば、数百人規模の定住拠点と捉えることができます。
岡山県灘崎町にある彦崎貝塚で6000年程前には、稲の炭化米が大量に発見され、様々な堅果類や豆類の栽培と同様に、日本各地で始まっていたのは間違いないとされている。当時の稲作が、陸稲か水稲かについては、まだ確定していないようである。湿度に気を付けて保管すれば、籾での保管が数年は可能であることから、長期保存可能な食料としての価値は高かったと推定される。
神武東征の時期が、紀元前660年で弥生期とすれば、東征時期はそのまま、稲作を中心とした、文化の伝搬時期と重なっていることになる。
このような状況からすれば、神武帝による東征は、稲作の単位面積当たりの収穫高、保存性を利用した、戦略的に活用した形の侵攻ということになる。それでも、当時の筑紫では、「出雲」「美」といった瀬戸内の強国に対抗できないので、結果として畿内の中心地域であった白方(枚方)ではなく、辺境である橿原に居を構えたことになる。綏靖陛下、安寧陛下、懿徳陛下、孝昭陛下、孝安陛下、孝靈陛下、孝元陛下、開化陛下に渡って、奈良盆地で土木治水事業を進めて、水稲地域を拡大しつつ、人口の増大を図り、畿内の勢力圏を拡大していったということになる。
水稲地域の拡大は、人口を拡大させる結果となり、大規模な土木治水工事が可能となる、知識・技術が畿内に伝搬していった結果でもあった。
大量の労働力を確保して、土木治水作業を推進することで、水稲面積が拡大させ、土木治水作業者を水稲栽培の労働者とすることで、食料生産量を拡大する。食料生産量を拡大して、余剰労働力を確保して、さらに大規模な土木治水作業を推進し、水稲面積を拡大して、水稲栽培の労働力とする。この流れは、そのまま橿原を中心とする畿内の勢力拡大であり、勢力基盤の確立期でもあった。
実際に土木治水作業を実行するには、十年の歳月が必要であり、人口の拡大と余剰労働力を確保を推進するのにも、数十年の歳月がかかる。橿原から奈良盆地の開墾は、一世代で完了する工事ではなく、三輪神社を確保することで、大和川の上流域の治水工事から開始できたことになる。
崇神陛下の御代までに、畿内の勢力圏は、毎年氾濫する奈良盆地を中心として、橿原から葛城山、三輪山と周囲の河川上流域に治水工事を進め、奈良盆地を水稲地帯としていった。宮内庁で記される、開化陛下までの天皇陵の位置関係からも、奈良盆地周辺地域から南側を勢力圏としていたと推定される。
神武東征の時期に生まれたのが、水稲栽培が作りあげる、日本の原風景であった。
<<縄文期は、狩猟生活ではなく、狩猟生活から定住生活への移行期であった>>
<<水稲栽培そのものが、縄文時代から始まっていた>>
縄文時代は、16500年前から始まり、旧石器時代の狩猟採取生活から、定住生活への変化が、縄文時代の変化である。
初期の縄文期では、粟津湖底遺跡が9300年程前の遺跡であり、数十人規模の住居跡が発見されている。食料の種類としては、植物(コナラ37.7%、トチノキ30.9%、ヒシ27.8%、他)貝類(セタシジミ78.3%、カワニナ10.6%、イシガイ4.8%、タニシ4.3%、他)魚類(コイ60.1%、ギギ10.3%、ナマズ6.6%、他)鳥獣(イノシシ30.5%、ニホンジカ7.5%、シカ9.0%、スッポン17.0%、他)となっている。この時期の琵琶湖湖水温度が、現在と比較して+1度高かったとされている。
「引用:伊庭功、粟津湖底遺跡から見た縄文時代の生業と環境」
こういった状況からすれば、9300年前の琵琶湖を中心とした気候は、薩摩の気候と同じと考えられ、かなり暖かったのは事実である。初期の地層からは、栗の殻も大量に発見されていて、栗から堅果類への変化が生じていることから、気温変化も生じたと推定されます。
水を確保でき、堅果類や貝に淡水魚が豊富な、琵琶湖湖岸地域は、かなり多くの人口を抱えることが可能であったと推定されます。
栗の木を植樹し、小豆等の栽培を行っていて、漆の生産も可能としていたのが、定住が進んだ縄文時代である。青森県の三内丸山遺跡のように、5900年前から4200年前まで長期間続く、定住生活拠点であった。三内丸山遺跡で、百戸くらいの家があり、一戸数人が居住していたすれば、数百人規模の定住拠点と捉えることができます。
岡山県灘崎町にある彦崎貝塚で6000年程前には、稲の炭化米が大量に発見され、様々な堅果類や豆類の栽培と同様に、日本各地で始まっていたのは間違いないとされている。当時の稲作が、陸稲か水稲かについては、まだ確定していないようである。湿度に気を付けて保管すれば、籾での保管が数年は可能であることから、長期保存可能な食料としての価値は高かったと推定される。
神武東征の時期が、紀元前660年で弥生期とすれば、東征時期はそのまま、稲作を中心とした、文化の伝搬時期と重なっていることになる。
このような状況からすれば、神武帝による東征は、稲作の単位面積当たりの収穫高、保存性を利用した、戦略的に活用した形の侵攻ということになる。それでも、当時の筑紫では、「出雲」「美」といった瀬戸内の強国に対抗できないので、結果として畿内の中心地域であった白方(枚方)ではなく、辺境である橿原に居を構えたことになる。綏靖陛下、安寧陛下、懿徳陛下、孝昭陛下、孝安陛下、孝靈陛下、孝元陛下、開化陛下に渡って、奈良盆地で土木治水事業を進めて、水稲地域を拡大しつつ、人口の増大を図り、畿内の勢力圏を拡大していったということになる。
水稲地域の拡大は、人口を拡大させる結果となり、大規模な土木治水工事が可能となる、知識・技術が畿内に伝搬していった結果でもあった。
大量の労働力を確保して、土木治水作業を推進することで、水稲面積が拡大させ、土木治水作業者を水稲栽培の労働者とすることで、食料生産量を拡大する。食料生産量を拡大して、余剰労働力を確保して、さらに大規模な土木治水作業を推進し、水稲面積を拡大して、水稲栽培の労働力とする。この流れは、そのまま橿原を中心とする畿内の勢力拡大であり、勢力基盤の確立期でもあった。
実際に土木治水作業を実行するには、十年の歳月が必要であり、人口の拡大と余剰労働力を確保を推進するのにも、数十年の歳月がかかる。橿原から奈良盆地の開墾は、一世代で完了する工事ではなく、三輪神社を確保することで、大和川の上流域の治水工事から開始できたことになる。
崇神陛下の御代までに、畿内の勢力圏は、毎年氾濫する奈良盆地を中心として、橿原から葛城山、三輪山と周囲の河川上流域に治水工事を進め、奈良盆地を水稲地帯としていった。宮内庁で記される、開化陛下までの天皇陵の位置関係からも、奈良盆地周辺地域から南側を勢力圏としていたと推定される。
神武東征の時期に生まれたのが、水稲栽培が作りあげる、日本の原風景であった。
0
あなたにおすすめの小説
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
山本五十六の逆襲
ypaaaaaaa
歴史・時代
ミッドウェー海戦において飛龍を除く3隻の空母を一挙に失った日本海軍であったが、当の連合艦隊司令長官である山本五十六の闘志は消えることは無かった。山本は新たに、連合艦隊の参謀長に大西瀧次郎、そして第一航空艦隊司令長官に山口多聞を任命しアメリカ軍に対して”逆襲”を実行していく…
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる