琉球お爺いの綺談

Ittoh

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宵闇胡蝶綺譚:はじまりの転生者 渡辺綱

宵闇胡蝶綺談;はじまりの転生者、渡辺綱 御狐稲荷灯篭勧請のこと、京洛に開く

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 河内の国北部には、河内湖が葦原の茂る、迷路のような水路を描いて広がっていた。昔は、生駒近くまで入り江になっていたそうだ。今は、葦原がそこかしこに残り、水田へと変わっていった。平野川の流れには、幾艘もの船が浮かび、荷を運ぶに忙しなく行き来しているのが眺められた。船頭の頭からは、兎耳が見え、川湊で働く人足には、愛宕おおかみ猩々ましらの姿も見える。

 綱もまた、齢、九十を超えていた。上町台地北端の高台には、幾つもある水源を繫げて濠にして、囲うように渡辺館の曲輪が築かれて、どんどん大きく広がっていったのである。渡辺館の北曲輪は、初代当主綱の隠居所となっていた。時に、孫らが遊びに来るくらいで、遠くに見える町の喧騒も、北曲輪に届かず、静かに迎えていた。

 動かすのも億劫となった身体を起こそうとすると、出会った頃から、変らぬ葛葉が、俺を支えて、静かに起こしてくれた。傍には、葛葉と俺の娘、千が控えてくれていた。千は、坐摩の社で司の家を興し、渡辺を支える稲荷衆の一族を開いていた。齢五十を超えるはずだが、二十歳くらいにしか見えない、年齢を口にできない娘である。

「千。湯を頼めるか」

父様ととさま、この北曲輪は、湯屋御厨造り。稲荷衆も多く、湯が尽きることはない」

 狐火を使って湯を沸かす、稲荷灯篭は、京洛の町に杜湯を開いた。一回六文の杜湯は。人気となった杜湯は、稲荷灯篭勧請が行われて、数十ヶ所に開かれた。貴族は、家に杜湯を組み入れた、湯屋御厨を競って建てたのである。結果として、貴族の屋敷に、あやかしひとならざるものが湯女狐として、雇われたのである。

 難波では、稲荷社を持つ、坐摩稲荷が、幾つか杜湯を拓いていた。和泉の信太稲荷が、塩釜と藻塩焼きで、稲荷狐を使っていたので、難波の杜湯は、坐摩稲荷の仕切りとなっていた。坐摩の杜湯は、上町台地の湧き水を利用して、濠を築いて建てられていた。現在につながる、大阪城の始まりは、渡辺館となった。

「綱。わらはが運ぼうぞ」

 体重二十貫75kgの綱を、抱き上げるようにして、葛葉は自分自身と一緒に綱を湯船に運びこんだ。一間四方の湯船は、二人でも十分に広いから、千も入ってきた。

「これ、千」

嗜めようとする、綱にではなく、千は、葛葉に向かって、

「千も、父様と一緒に入る、良いでしょ葛葉母様」

「かまわぬぞ、千」

 そのまま、親娘で湯に入ったのである。

「湯屋は、俺が京洛の都と、日ノ本に造った。千年残ると嬉しいものよ」

 渡辺の綱は、風呂が無く、厠も無かった、平安期の京洛に、銭湯と水洗トイレを造ったのである。日頃から、穢れを祓うことで、瘴気しょうきを減らし、疫病を減らしたのである。そして湯女は、稲荷の狐であり、人々が生活する傍に、あやかしひとならざるものが生きる世界を造ったのである。
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