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綱の庵
昼間の杜屋。頼光と葛葉
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昼間は、人だけでなく、狐や土蜘蛛の子等が、本殿で修行に入る。本殿では、読み書き算を習い、御子寺の掃除や薬樹の手伝いなどをおこなっていた。綱の庵には、静かな流れに包まれていた。そこへ、山手側から下ってくる客がいた。
静かに過ごせると思うたが、変わった客が来たの。
庵は、侍所、大広間+御厨、奥間、杜屋の順で山に向かって造られている。奥に行くにしたがって、山奥となるのだが、山から下りてくると、杜屋が初めとなる。狩衣姿で、京洛の山を踏み分けて、降りてきたのは、綱の主人である、多田源氏が頭領、頼光であった。
庭先に立つと、
「久しいな、葛葉」
声を掛けてきた。
おぉ、頼光殿ではないか。確かに、久しぶりじゃが、なんぞ妾にようかや。
「忍んで来ねば、失礼かと思うてな」
逆であろうに、忍ばれては、妾の方が困るぞ。許してほしいものじゃ。
「そういうな」
杜屋の縁は、三尺(90センチ)ほどの高く造られ、奥間から上がる回廊からでなければ、普通には入れぬように、階段は造られていない。頼光は、杜屋の縁に飛ぶように乗り越えた。
ま、待ちゃッ。用はなんじゃ、頼光殿。
「社ではないと思うたが、玉串が要るか、葛葉」
かつて、玉串を手に、伏見へ訪ねて来た少年が居た。名を頼光という。保名が亡くなった後、京洛の近くで子を育てるため、葛葉は伏見で女御狐の務めで、少年の相手を務めた。玉串を伏見に納めることで、女御狐は瘴気を祓うために一夜を共にする。葛葉は、幾度となく、頼光の瘴気を祓う夜を迎えていた。
頼光殿。そなたはかつて、妾を伏見に毎日のように訪ねてくれた。そなたを杜屋に入るのを止めることはできぬ。ただのぉ、許してほしい、この通りじゃ。
三つ指をついて、平伏して乞い願った。
「話をするだけじゃ。ここで良い」
そのまま、縁側に座った。その姿にホッとしたように、顔を上げると
検非違使蔵人、滝口蔵人への就任、おめでとうございます。
このような侘び住いに、なんの御用がありましたでしょうか。
「、、、なぜ、綱なのじゃ。昔、多田の屋敷にそなたを呼ぶのは、断られた」
ぷいっと、頼光は、不貞腐れたような顔になった。可愛いのぉ、伏見に来た頃を思い出す。
晴明が、陰陽寮で頭角を現し、ようようにして京洛の北へ屋敷を構えることができた。伏見を離れ晴明の屋敷に移る時に、頼光が訪ねて来て、妻として多田へ誘われ断った。
のぉ、頼光。妾は、伏見に居た頃、金のある男であれば、身体を開いておった。
「葛葉、、、」
良いのじゃ、晴明を育てるためにできること、母としてできることがためならば、気にもならぬ。されど、そなたの純粋さに救われてもおったのじゃ。そなたが来たときは、ただ、惚れられた女でいれば良いとな。
「ならば、何故」
しかしな、妾は、あやかしじゃ。晴明が屋敷へも、女御狐として迎えられたに過ぎぬ。
頼光。そなたは、源氏一門すべての上に立つ頭領であろう。それにそなたは、権に囚われておるからの。
「権に、囚われる」
ほほほ。今の地位に満足しておるまいに、頼光。
「そ、それは」
妾は、かの国でも、そなたのような男を見てきた。酒池肉林を愉しみながらも、どこか餓えておった者もおった。妾自身のことならば、そなたと共に殺されても構わぬ。だが、それが子に及ぶのは、嫌じゃ。
「綱は、違うのか」
人なれば、明日変わるかも知れぬが、綱は、権より財に傾いておるな。
「権よりも財か」
そうじゃ、国司や京洛の官位よりも、地方の領主で財を築く方に傾注しておる。
「それで良いのか、葛葉」
綱は、得たモノを自分だけのモノとはせぬ。頼光、そなたとの違いとなろうな。
「葛葉。どういうことだ」
御子寺は、兼家が寄進による門跡寺院じゃ、尼御前も主上の従妹殿じゃ、御子寺の収益は、綱には直接入らぬ。兼家にまずは流れる。薬樹苑は、主上の御厨となっておる故、これも綱のモノにはならぬ。
「それでは、この屋敷は」
桂川の流れを利用しての河川荷役、丹波への街道、山陰への街道を含めた荷役が、綱の収益となる。この屋敷は、その財で建てたそうじゃ。
「桂川の荷役は、秦氏なれば、京洛の西側は自由になるか」
右京の市は、今では、ほとんど綱の仕切りじゃそうじゃ。
「しかし、左京の方が賑わっているような」
そうじゃな、それも綱じゃ。京橋より難波までの仕切りは、綱を介しておらぬ。伏見や鴨川の荷役衆が引き受けておる。その運上は、頼光、そなたに流れておろうに。
頼光は、驚いたように、
「綱の方が、伏見にも伝手はあろう」
ほほほ。それを気にせぬのが、綱であろう。京橋の荷役衆は、晴明を長と思うておる。保名の子じゃからな。
「あぁ、土御門の姫を妻に迎え、安倍一門を築いておるか」
巨椋池一帯から近江が、伏見の縄張りとするなら、淀川から河内湖を含めて難波までを、河内荷役が請け負っておる。
「まて、葛葉。それでは、京洛の周囲をすべて抑えたということではないか」
我らは、主上には逆らわぬよ、頼光。それは、綱にせよ、そなたにせよ同じであろう。
ゆっくり立ち上がり、頼光に近づいて抱くと。
「葛葉」
頼光。妾は、そなたに恩義がある。だから、そなたが本当に望むならば、この身は、そなたに捧げることとなろう。だが、許しては貰えぬか。この身は、綱以外の男に許しとぅはない。
「許すか、、、許したくはないな」
そのまま、頼光に抱きしめられていた。
よ、頼光、、、妾は、そなたに抱かれたことは、忘れてはおらぬ。愛しんでくれたこともな。綱の事もある故、そなたに逆らうこともできぬ。妾にとっては、大切な男の主じゃ。
「葛葉、権に囚われる男では、夫にできぬか」
そうじゃな。妾一人で済むならば、この身捧げるに悔いは無い。されどな、妾の身は、妾一人のモノにはならぬ。晴明や綱だけではない、信太、坐摩、住吉、伏見に関わりを持つあやかしなれば、あやかしそのものの立場に関わることとなろう。
「綱は、権を求めぬのか」
求めぬことはなかろうな、渡辺湊を中心とした受領としての権は必要となろう。
ただ、それ以上は求めぬことの違いであろうな。
あやかし達の活動の拡がりを我が事のように話した。
「葛葉、綱を頼む」
そのまま抱き寄せて、キスを交わして、頼光は、葛葉が真っ赤に茹で上がるような顔を見ながら、笑って葛葉を離すと、縁側から飛び降りるようにして、庭へと下りて、
「また来る。遊びに来るくらいは許せ」
頼光、、、真っ赤に茹で上がって、気にしていると、頼光は、そのまま山手へと下がっていった。
「追いますか、葛葉様」
百乃は声をかけてくる。
気にするでない。このくらいならば、綱にも許して貰えよう。
「はい」
静かな、杜屋には、時には騒々しい客が来るものであろう。
今は昔の講談師、見て来たように嘘を吐くでありますが、真実が混ざってこその、嘘でもあります。
静かに過ごせると思うたが、変わった客が来たの。
庵は、侍所、大広間+御厨、奥間、杜屋の順で山に向かって造られている。奥に行くにしたがって、山奥となるのだが、山から下りてくると、杜屋が初めとなる。狩衣姿で、京洛の山を踏み分けて、降りてきたのは、綱の主人である、多田源氏が頭領、頼光であった。
庭先に立つと、
「久しいな、葛葉」
声を掛けてきた。
おぉ、頼光殿ではないか。確かに、久しぶりじゃが、なんぞ妾にようかや。
「忍んで来ねば、失礼かと思うてな」
逆であろうに、忍ばれては、妾の方が困るぞ。許してほしいものじゃ。
「そういうな」
杜屋の縁は、三尺(90センチ)ほどの高く造られ、奥間から上がる回廊からでなければ、普通には入れぬように、階段は造られていない。頼光は、杜屋の縁に飛ぶように乗り越えた。
ま、待ちゃッ。用はなんじゃ、頼光殿。
「社ではないと思うたが、玉串が要るか、葛葉」
かつて、玉串を手に、伏見へ訪ねて来た少年が居た。名を頼光という。保名が亡くなった後、京洛の近くで子を育てるため、葛葉は伏見で女御狐の務めで、少年の相手を務めた。玉串を伏見に納めることで、女御狐は瘴気を祓うために一夜を共にする。葛葉は、幾度となく、頼光の瘴気を祓う夜を迎えていた。
頼光殿。そなたはかつて、妾を伏見に毎日のように訪ねてくれた。そなたを杜屋に入るのを止めることはできぬ。ただのぉ、許してほしい、この通りじゃ。
三つ指をついて、平伏して乞い願った。
「話をするだけじゃ。ここで良い」
そのまま、縁側に座った。その姿にホッとしたように、顔を上げると
検非違使蔵人、滝口蔵人への就任、おめでとうございます。
このような侘び住いに、なんの御用がありましたでしょうか。
「、、、なぜ、綱なのじゃ。昔、多田の屋敷にそなたを呼ぶのは、断られた」
ぷいっと、頼光は、不貞腐れたような顔になった。可愛いのぉ、伏見に来た頃を思い出す。
晴明が、陰陽寮で頭角を現し、ようようにして京洛の北へ屋敷を構えることができた。伏見を離れ晴明の屋敷に移る時に、頼光が訪ねて来て、妻として多田へ誘われ断った。
のぉ、頼光。妾は、伏見に居た頃、金のある男であれば、身体を開いておった。
「葛葉、、、」
良いのじゃ、晴明を育てるためにできること、母としてできることがためならば、気にもならぬ。されど、そなたの純粋さに救われてもおったのじゃ。そなたが来たときは、ただ、惚れられた女でいれば良いとな。
「ならば、何故」
しかしな、妾は、あやかしじゃ。晴明が屋敷へも、女御狐として迎えられたに過ぎぬ。
頼光。そなたは、源氏一門すべての上に立つ頭領であろう。それにそなたは、権に囚われておるからの。
「権に、囚われる」
ほほほ。今の地位に満足しておるまいに、頼光。
「そ、それは」
妾は、かの国でも、そなたのような男を見てきた。酒池肉林を愉しみながらも、どこか餓えておった者もおった。妾自身のことならば、そなたと共に殺されても構わぬ。だが、それが子に及ぶのは、嫌じゃ。
「綱は、違うのか」
人なれば、明日変わるかも知れぬが、綱は、権より財に傾いておるな。
「権よりも財か」
そうじゃ、国司や京洛の官位よりも、地方の領主で財を築く方に傾注しておる。
「それで良いのか、葛葉」
綱は、得たモノを自分だけのモノとはせぬ。頼光、そなたとの違いとなろうな。
「葛葉。どういうことだ」
御子寺は、兼家が寄進による門跡寺院じゃ、尼御前も主上の従妹殿じゃ、御子寺の収益は、綱には直接入らぬ。兼家にまずは流れる。薬樹苑は、主上の御厨となっておる故、これも綱のモノにはならぬ。
「それでは、この屋敷は」
桂川の流れを利用しての河川荷役、丹波への街道、山陰への街道を含めた荷役が、綱の収益となる。この屋敷は、その財で建てたそうじゃ。
「桂川の荷役は、秦氏なれば、京洛の西側は自由になるか」
右京の市は、今では、ほとんど綱の仕切りじゃそうじゃ。
「しかし、左京の方が賑わっているような」
そうじゃな、それも綱じゃ。京橋より難波までの仕切りは、綱を介しておらぬ。伏見や鴨川の荷役衆が引き受けておる。その運上は、頼光、そなたに流れておろうに。
頼光は、驚いたように、
「綱の方が、伏見にも伝手はあろう」
ほほほ。それを気にせぬのが、綱であろう。京橋の荷役衆は、晴明を長と思うておる。保名の子じゃからな。
「あぁ、土御門の姫を妻に迎え、安倍一門を築いておるか」
巨椋池一帯から近江が、伏見の縄張りとするなら、淀川から河内湖を含めて難波までを、河内荷役が請け負っておる。
「まて、葛葉。それでは、京洛の周囲をすべて抑えたということではないか」
我らは、主上には逆らわぬよ、頼光。それは、綱にせよ、そなたにせよ同じであろう。
ゆっくり立ち上がり、頼光に近づいて抱くと。
「葛葉」
頼光。妾は、そなたに恩義がある。だから、そなたが本当に望むならば、この身は、そなたに捧げることとなろう。だが、許しては貰えぬか。この身は、綱以外の男に許しとぅはない。
「許すか、、、許したくはないな」
そのまま、頼光に抱きしめられていた。
よ、頼光、、、妾は、そなたに抱かれたことは、忘れてはおらぬ。愛しんでくれたこともな。綱の事もある故、そなたに逆らうこともできぬ。妾にとっては、大切な男の主じゃ。
「葛葉、権に囚われる男では、夫にできぬか」
そうじゃな。妾一人で済むならば、この身捧げるに悔いは無い。されどな、妾の身は、妾一人のモノにはならぬ。晴明や綱だけではない、信太、坐摩、住吉、伏見に関わりを持つあやかしなれば、あやかしそのものの立場に関わることとなろう。
「綱は、権を求めぬのか」
求めぬことはなかろうな、渡辺湊を中心とした受領としての権は必要となろう。
ただ、それ以上は求めぬことの違いであろうな。
あやかし達の活動の拡がりを我が事のように話した。
「葛葉、綱を頼む」
そのまま抱き寄せて、キスを交わして、頼光は、葛葉が真っ赤に茹で上がるような顔を見ながら、笑って葛葉を離すと、縁側から飛び降りるようにして、庭へと下りて、
「また来る。遊びに来るくらいは許せ」
頼光、、、真っ赤に茹で上がって、気にしていると、頼光は、そのまま山手へと下がっていった。
「追いますか、葛葉様」
百乃は声をかけてくる。
気にするでない。このくらいならば、綱にも許して貰えよう。
「はい」
静かな、杜屋には、時には騒々しい客が来るものであろう。
今は昔の講談師、見て来たように嘘を吐くでありますが、真実が混ざってこその、嘘でもあります。
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