ある魔法使いのヒメゴト

月宮くるは

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第一章

第十四話

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 数時間後、まだ暗い部屋の中で目を覚ましたのはセイランの方だった。まだぼんやりとして重い頭を転がしてみると、隣ですやすやと穏やかに眠るルピナスを見つけ、セイランの頭は瞬時に覚醒する。そして自らの痴態を思い出して赤面する、という数時間前と同じことを繰り返す。

 ……あれは晩飯も食べ終わり、部屋の風呂に入ってさぁ寝ようと思った矢先のことだった。ベッドに入って丸まった体に、昼間と同じ熱が襲った。それは急なものではなくて、じわじわと毒のようにこみ上げてくるもので、最初は無視出来ていたが、段々堪えきれなくなっていった。気づけば、自分の指を後ろに添えていた。

 思い出せば思い出すほど羞恥心が頭を埋めていく。耐え切れなくなって、おぼつかない足取りで記憶の中にあったルピナスの部屋までなんとか辿り着いて、そして。

「……」

 なんともすっきりとした顔で眠るルピナスを、セイランは黙って見つめる。こうしていると、まだ幼い顔立ちだと改めて思わされる。黙っていれば、どちらかというと可愛らしい方。しかしひとたび口を開けば小憎らしい振る舞いをする。

 ――悪いやつじゃ、ないのだろうけど。

 一人用のベッドの縁、ギリギリで眠るルピナスを起こさぬよう、セイランは痛む体を抑えながら身を起こし、素足を床に下ろす。窓の外はまだ薄暗いが、朝は近い。セイランは黙って部屋の入口へ向かう。音を立てずに戸を開けて、廊下に人影がないことを確認するとセイランは部屋を出る。扉を閉める直前、変わらずベッドの上で眠っている白い頭に一瞬だけ視線を送る。それから扉を閉めて、セイランは一言「ごめんな」と、誰にも聞こえない声で呟いた。

 それからセイランは素早く自分の部屋に戻ると、服を着替え荷物をまとめる。ものの数分で身支度を整えると、いつものようにバンダナで髪を上げ、マフラーで首の傷を隠す。ようやく空が明るくなる明朝、セイランは一人でまだ夢の中にいる町の中へ飛び出した。

 ルピナスは昨晩、これは自分の仕業ではないといった趣旨のことを言っていたがセイランにはそうは思えなかった。確かに別の部屋で遠くにいたが、あれはルピナスに与えられた熱を同じものだった。自分にあんな理性で抑え込めない性欲があったなんて思えないし、思いたくない。あれはルピナスの仕業だと思うしかない。

 あんなことを繰り返されたら、本当におかしくなる。アイツとは一緒にいられない。

 それがセイランがたった一人宿を抜け出した理由だった。宿代を出してもらっておいて、何も言わずに置いていくことを申し訳ないとは思う。しかし、セイランは自分が誰かに言い返したり拒んだりすることが苦手であると自覚していた。あのままルピナスが起きるまで待って、もしまたついて来ると言われたら。きっと拒絶できない。

 明け方の森は、まだ巣に帰っている最中の魔物が跋扈している危険性があったが、ぐずぐずしてはいられない。ルピナスが本当に戦えないのなら、森の中へ追いかけてくることはないはずだ。

 セイランは誰もいない町を進み、リリィエに繋がる森の方へと向かう。魔物除けのかがり火が、辺りを照らしている。その中で、最も外れに立つ火元に、人影が見えた。

 セイランはそれを町を守る夜間巡視の自治兵だと思い、門を開けるよう頼もうと近づいていく。そしてそこから動かない人影により近づいた時、セイランの足はそこでぴたりと止まってしまう。

「……奇遇だね。こんな時間にどうしたのかな」

「あ、あんた……なんで、」

 その人影の正体は、たった今セイランが逃げ出した相手、ルピナスその人だった。

 羽織っているロングコートは確かに彼のもので、フードを深く被っているが覗く白髪と、意地悪く笑うその表情は間違いなくルピナスである。

 セイランの足が思わず後ずさる。いつ気づかれた? いつ追い越された? 不気味な恐怖が、セイランの声を震えさせる。ここまで来て、初めてセイランはとんでもないものに目をつけられたことをようやく悟ることになる。

「なんてね、……ボクから逃げたんでしょ? 残念、生憎だけど、ボクはお前を諦めるつもりはないよ」

 そう言い放ったルピナスの目があまりにも真剣で、セイランは言葉を失う。ルピナスがどういうつもりなのか、一切が理解できない。「諦めるつもりはない」とは何なのか。昨日出会って、まだ丸一日も経っていないのに。何がルピナスをそこまで執着させるのか。

「……でも、おれ、あんたといたら……」

「あぁ、そのことだけど。ボクと離れたところで解決しないよ。というか、もっとツラくなると思うけど?」

「……へ?」

「あれはね、セイランの体質のせいだよ。セイラン、魔法への耐性ものすごく低いでしょ? だからボクが昨日の使った先天術の効果が体に残ってるのさ。術が抜けきらない限り、定期的にいやらしい気分になると思うよ。ボクの術なんだから、その度にボクに犯されたくて堪らなくなると思うけど……、いいの? ボクとしないと、ずっとあのままだよ?」

 ルピナスの口からすらすらと流れる言葉は、セイランを絶望させるには十分なものだった。あの術によって引き起こされた欲がどれほどのものか、もう嫌というほど知っている。ついでに、あの欲が求めたものがただの快感ではなく、ルピナスに与えられる快感を求めていたことも、知っている。誰でもよかった訳ではなくルピナスが欲しかった。

「解けない、のか?」

「無理だよ。セイランの体質の問題なんだから、そこまでいくとボクの制御の届く範囲を超えてる」

「……」

 返す言葉がなかった。ルピナスの言う魔法への耐性については、セイランにも自覚があった。そのためルピナスの言うことが冗談ではないと分かるから。だとしても、あんな痴態をまた晒してしまう可能性があることを受け入れることは難しかった。この体を、あまり人に見せたくなかったから。セイランは、無意識にマフラーに触れ、唇を沈ませる。

「……ボクのこと、そんなに嫌い?」

「っ! ぁ、ちが……、」

「いいよ。嫌われるようなことしたし。これから好きになってもらうから」

 セイランの仕草を離れたがっていると取ったルピナスが、寂しそうに首を傾げると、セイランは慌ててそれを否定しようと顔をあげる。対してルピナスはさして気にしていないというような豪胆な言葉を紡ぐ。しかし、その表情に微かに悲哀が残っていたことをセイランは見逃さなかった。

 ――自分のせいで、悲しませた。

 直後、セイランの表情がみるみるうちに怯えたものに変わってしまう。はっとしてルピナスが駆け寄るが、それはすでに遅く、セイランはぶつぶつとうわ言を呟いていた。

「嫌いじゃない、嫌いじゃないよ。……おれは、おれには、そんなこと決める資格……」

「……あぁ、ごめんね。ボクが余計なこと言ったよね。……大丈夫だよ、セイランは、優しいね」

 ルピナスはそんなセイランを優しく抱きしめる。自分よりも高い位置にある頭に向かって手を伸ばし、そっとセイランの後頭部を撫でた。その柔らかい手のひらに導かれるまま、セイランはルピナスの肩に頭を預け、そっと目を閉じる。

 不思議な気分だった。ルピナスの手が、体温が、香りが、すべてが心地よくて。不安定に揺れていた精神が落ち着いていく。これも、先天術がまだ体内に残っているからなのだろうか。答えは、分からなかった。

「……どうして、あんたは、」

「うん?」

「……いや、なんでもない。……ごめんな、」

 出会ったばかりのはずの自分に対して、どうしてルピナスはこんなに献身的で、かつあんなに執着しているのだろう。彼が何を考えているのか、淡い桃色が何を意図しているのか、それが全く読めない。

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