ある魔法使いのヒメゴト

月宮くるは

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第四章

第四十三話

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 炎に添えていた木も燃え尽きた頃、セイランはゆっくりと目を覚ました。開いた瞼の向こう側には、深く眠っているルピナスの姿がある。心配ばかりかけていたが、ルピナスの方も疲れていたのだろう。伸ばした手でセイランが敷いていたローブを掴み、絶えず魔力を送り込み続けている。寝ながら一定の魔力を注ぎ続ける、というのははたして容易いことなのだろうか。魔法が使えないセイランには分からなかったが、ルピナスが眠りながらも自分のことを想ってくれているようで、少し嬉しかった。

 セイランは音を殺しながら静かにベッドを降りる。それからセイランは二人の元を黙って離れる。暗い通路を壁伝いに手を添え、転ばないようにすり足で少しずつ歩を進める。先ほどこの休憩所を発見した時、反対の広間から微かな水の音がした。恐らく、深層水があるはずだ。セイランは自分の動く音の他に、その水の音を探していた。

 そうして数分、寝台が残されていた休憩所から少し離れた場所でセイランは立ち止まる。セイランが聞き取った通り、その先には深層水が溜まっていた。セイランとしては側溝を流れるくらいの微かな湧き水でもあってくれたら、と考えていたのだが、眼前に広がっていたのは期待以上のものだった。そこは深層水によって湖くたいの規模の大きな水場が出来ていた。さらに、自力で灯りを作れないセイランには有難いことに、湖を覆う岩肌はところどころ古い魔法石が露出しており、青白い光を放っていた。自然が作り出した神秘的な空間に、思わずセイランは見惚れてしまう。

 セイランはひとまず遠目に魔法石を見つめて、人体に影響がなさそうなものと確認してから、湖の縁に座り指先を水に浸してみる。透き通った水はさらさらとしていて、汚れている様子はない。とてもひんやりとしているし、口に含むのも問題なさそうだ。

「……よし、」

 セイランは一度手をあげると、その場で着ていた服を脱ぎだした。最後にギルドに戻ったとき以来、セイランだけは風呂に入れていないことがずっと気になっていた。二人はあの旅人の宿で入ったのかもしれないが、セイランは気絶した状態で入り、着の身着のまま飛び出したから当然浴びてもいない。この先当分宿に泊まることは叶わない様子でもあるから、可能ならば浴びたかった。

 セイランは側に脱いだ服を纏めて、爪先を水に浸す。冷たいが、浸かれるだけの水場があっただけ感謝しなければ。それに、冷たい水には慣れている。かけられるのも、突き落とされるのも、とうの昔に慣れてしまった。セイランは表情一つ変えずにそのまま片足ずつ湖に沈める。湖はセイランの腰の高さほどの深さがあった。セイランはまず下半身を水に慣らすと、その場で座って肩まで浸かり、顔を水につけて一度水中に潜る。少し寒いが、耐えられないほどじゃない。雪の日に全裸で投げ出される数十倍はマシだ。セイランはそのまま湖を軽く一周するように泳いで、また岸まで戻って来た辺りで体を仰向けにかえして顔をあげた。顔に張り付く髪を振り払い、髪をかき上げる。水場で泳ぐのは久しぶりだが、やはり気分がいい。

「ひゃっ、つめたぁ」

「……? へ、……は、うわぁッ!」

 一人しかいないと思っていた湖で、自分以外の誰かの音が響き、セイランは背後の岸辺を振り返る。そこにはいつ嗅ぎつけたのか、とっくに服も脱いでいるルピナスが水の温度に引いていた。そんなルピナスとしっかり目が合い、セイランは吃驚して再び肩まで水に浸かり体を隠す。

「ひぇ、セイラン寒くないの? ボクこれ以上入りたくないんだけど」

「なら入らなくていいと思うぞ……?」

「えー? いいの?」

 いいも何も、ルピナスの自由だろう。ちょんちょんと爪先を振れさせては足を引くルピナスを眺めながらセイランは首を傾げる。自分は入りたかったから入っている。入りたくないのなら、入る必要なんてどこにもない。誰も強制していないのだから。ルピナスはその場で顔を上げると水中のセイランの体をジロジロと眺めてから、不意にその頬を吊り上げた。

「あのさ、セイラン。どうしてボクがお前に同行するようになったか忘れてない?」

「ん……、それは、……あ、ま、さか」

 忘れるはずがない。あの熱を、忘れられるはずがない。脳裏にはしっかり自分を襲った男の顔が焼き付いている。思い出すだけで、トクと心臓が音を立て、顔に熱を溜めてしまう、あの獣の桃色。一度記憶を遡ると、行為の記憶が頭を埋めていく。同時に込み上げる熱は、気のせいではない。

 数日来ていなかったあの熱が、ルピナスを求め出す。セイランは咄嗟に頭の熱を冷まそうと湖に頭まで潜り込むが、こんなに冷たい水なのに体を冷やしてはくれなかった。掻き立てられる欲は消えない。体の奥が疼いている。犯されたい、と、胸が跳ねている。

 犯されたい。今すぐ、あの桃色の瞳の中で、熱で溶けてしまいたい。

「……っ、う、」

 膝の力が抜けて、その場に立っていられなくなり思わず底に膝をつく。シーズの宿では壁に体を預けることでなんとかルピナスの元まで行くことが出来たが、ここには支えてくれる壁はない。セイランは水中から頭を上げ、なんとか岸辺に向かって手を伸ばす。その手を取ったのはいつの間にか背後から身を重ねていたルピナスだった。
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