百々五十六の小問集合

百々 五十六

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春樹は変態になったってしまった (完)

春樹はまるで....

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春樹の女装は正直言って、微妙だ。

突っ込みづらい程度には完成度が高かった。だけれど、褒めるほどの完成度ではない。

それなのに春樹は、さあ突っ込んで、と言わんばかりにこっちを見ている。

そんなに、自信ありげにこちらを見られても困る。

春樹を一人にしてしまった、という罪悪感が募る。

だが、そこまでして構ってほしいのかと、正直ちょっと引いている。

周りもだいぶ引いている。そこまでして突っ込んでほしいのかと。

誰かが「たかが一週間、無視された程度で必死すぎww」と、ぼそっと呟いた。

それから、波紋が広がるように、春樹の悪口がクラス内に広がっていく。春樹には伝わらない程度の声量で。

制服もただじゃない。確か、春樹には兄妹はいないはずだ。

そんなお金をドブに捨てるようなことをして、春樹が何がしたいのかがわからない。

春樹は、落ち込んだ表情になり、トボトボと自分の席に向かっていった。

春樹のさみしげな表情を横目に、私達は話し始める。

「春樹やばくない?」

軽いのか、真剣なのか、わからないような言葉で、切り込んでいったのは、田中 藍。彼女は、翼の幼馴染だ。中学までは学区がちがって、別の中学校に、通っていた。高校に入り翼に紹介された。そこから、意気投合したので彼女との付き合いはまだ二年も経っていない。春樹との関わりも同じようなものだ。そんな彼女が、春樹を心配してくれているということに、私は感動している。

「ここ一週間、部活にも顔を出さなくなっちまった。大丈夫なんかな?」

悲しそうに答えたのは、山田 悠介。彼は、春樹と同じサッカー部に所属している。新体制のエースとして、チームを率いるキャプテンだ。春樹とは、中学校からの付き合いだ。中学校のときは、春樹がキャプテンで、彼が副キャプテンだった。

「今はそっとしておくべきなのかな?でも今の春樹を一人にしておくと、ふとした拍子に死んじゃいそうだよ」

ネガティブな意見を言った彼は、中村 正吾。彼も、春樹や裕介と同じサッカー部だ。先生方からは、こいつら三人をまとめて「三馬鹿」と呼ばれている。正吾は少しネガティブな思考に陥りがちだが、それが三馬鹿の良いストッパーになっていた。

今、紹介したこの三人に、私と翼と春樹を加えたのがいつものメンバーだ。

「でもここで話しかけに行ったら、えりか達から見せしめとして、露骨な嫌がらせを受けそうだよ」

また、正吾がネガティブなことを言う。

そこに、すかさず藍が、返す。

「困ってるときこそ助けるのが友達じゃないの?」

「でも、そんなことをしたら、私達が今の春樹みたいになっちゃうよ。そうなったら、ミイラ取りがミイラだよ。春樹も、自分のせいで友達が無視されるのなんて、嫌じゃないかな?」

「そんなの、わかっているっつーの。だから、そうならないように春樹を助けようって話でしょ」

藍と正吾の話は段々とヒートアップしてきた。段々と声量が上がって、興奮状態な二人の間に、翼が割って入ってくる。

「まあまあ、落ち着いて。興奮していたって、いい案は浮かばないよ。はい、リラックス。吸ってー。吐いてー。吸ってー。吐いてー。どう?落ち着いた?」

普段から、この二人の喧嘩を仲裁してるだけあって、翼は仲裁がうまい。

「ありがとう、翼。落ち着いたわ。熱くなりすぎちゃった。ごめんね、正吾」

「こちらこそ、ごめんね。これからは、落ち着いていこう」

二人が握手を交わした。

そしてまた、今後どうするかの話し合いが始まった。

「まず、春樹がどうしたいかを聞くべきじゃないか?春樹が、今のままでいいと言うなら、そうするし。助けてほしいと言ったなら助ける。それでいいじゃないか」

裕介の発言に、みんながうなずく。

「じゃあ、スマホで聞く?」

翼がいい案を出してくれた。

「春樹は、一週間前から既読すらつけないよ」

正吾が申し訳無さそうに言う。

「やっぱり、会って話すしかないのか」

裕介がそう呟いた。

「じゃあ、水稀よろしく」

藍がそう軽く言う。

「え」

私は一瞬、驚いてしまった。動揺が口からこぼれてしまった。

そこに不思議そうな顔をして藍が聞く。

「なんで?嫌なの?」

「嫌なわけじゃないよ。ただ……トイレ事件の次の日の朝、春樹に聞いたら、はぐらかされちゃって。ちょっと自信ない……」

私が申し訳無さそうに言うと、翼がフォローしてくれた。

「水稀でそうなら、私達が聞いても、どうにもならないと思う。だから、お願いもう一度春樹と話し合ってくれない?」

翼の言葉に勇気づけられた私は、拳を強く握りしめ顔を上げた。

「じゃあ、頑張ってくる。」

勇気をもらったそのままの身体で、春樹の元へ行く。

「春樹ちょっといい?話があるんだけど」

春樹はイヤホンを外しこちらを見た。その目には、希望が溢れていた。

「いいよ。なに?」

久々に聞いた春樹の声は、久しぶりに声を出したのか、詰まったような声だった。

「放課後、公園に来て」

返事も待たぬまま、それだけ言うと、私は足早に去ってしまった。理由は、背後から、突き刺すような目線をこちらに送っているえりか達がいるからだ。背中から脇にかけて、汗がびっしょりと染み付いている。

振り向くと、春樹はまた悲しそうな顔をに戻ってしまった。心なしか、さっきより寂しげな表情を浮かべている。そこでまた罪悪感が積もってゆく。

ただ、彼のためになにかできたという達成感で、少しだけ肩の荷が下りたような気がした。

そこからの授業の内容は全く頭に入らなかった。右耳から入ってきた情報が、脳を通さずに左耳から抜けていく。頭の中には、春樹と何を喋るかのことしかない。

これほど学校が短く感じられたのは、初めてかもしれない。






公園までやってきた。この場所は、私が春樹から告白された公園だ。

私が公園についた時、まだ春樹はいなかった。

そこから一分待ち、段々とソワソワしてきた。

二分待ち、まだかなと期待が膨らんできた。

三分待ち、あれ、おかしいなと思い始めた。

春樹はたしか私より早く教室を出た。そして、この公園は、私の家より少しだけ春樹の家の方が近い。なのになぜ、私より遅いんだろうという疑問が出てきた。

とてつもない不安に襲われた。私がした過ちに気づいてしまった。

(そういえば、公園としか言ってない!どこの公園かなんて言ってなかったわ私。それじゃ伝わるわけ無いか)

自己嫌悪に浸っているといつの間にか、来てから十分も経っていた。

もうそろそろ、諦めて帰ろうとしたところに春樹が現れた。

春樹は申し訳無さそうに言う。

「ごめん。待たせちゃって」

「いいの私こそ、時間や場所を言い忘れてたし。こんな情報のない仲良く来れたわね」

私は感心していた。そして、一週間話さなくたって、私達は通じ合っているのだとも思った。

「じゃあ、さっそく本題なんだけど、最近どう?教室で一人になるのはつらいの?裕介達はみんな、春樹を助けようとしてるけど、助けてほしいの?」

思い切って全部言った。なんか、余計なものが身体から離れていくような気がした。少し気が楽になった。

彼は突然泣き出した。うずくまってしまった。

「うぅ、もう、あんなの嫌だぁぁああ」

そう叫んだかと思えば、

「助けてよぉおお。お願いだよぉぉおおお」

そう言ってすがりついてきた。

そんな春樹をなだめる。一度落ち着かせるために背中を擦った。

春樹は何度も「おえ、おえ」とえづきながら少しずつ呼吸を整えていった。

そしてまた、口を開くと、不満をこぼし始めた。

「なんで助けてくれなかったんだよ。なんで話しかけてくれなかったんだよ。こいつら友達じゃないんだっけって、何度疑ったと思ってるんだよ!」

怒りを爆発させる春樹に、私は、「ごめん」としか言えなかった。

「謝るなよ。余計に惨めになるじゃないか」

春樹は悲しそうな顔に戻ってしまった。だが、その顔には、さっきまでの絶望はない。

そこで話題を少し変えようとして、春樹に話しかける。

「なんであんなことしちゃったの?」

この話題の選択が、私達の中を切り割くことになるとは、このときは知る由もなかった。

「・・・・」

春樹は、下を向いて黙ってしまった。

「やっぱり答えてくれないんだ。じゃあなんで、坊主にしてきたの?反省の気持ち?それとも、いじられたくて?」

答えてくれないことに、少しイライラした。隠し事をする人なんだと、少し幻滅した。

「・・・・・・」

春樹は、またも黙って下を向いてしまった。

「なんで今日、女子の制服着てきたの?みんなに構ってほしかったの?答えてよ!!」

段々と声が大きくなり、攻める口調になってしまった。

「・・・・・・・・」

彼はまた黙り込んでしまった。

その態度を見て、何かがプツンと切れてしまった。

そこからは、ただ感情に身を任せ得て、春樹に罵詈雑言を浴びせていた。

「なんで答えてくれないの?こっちには、なんで助けてくれないんだとか、散々文句を言っておいて。聞かれる立場になったら黙り込むとか都合が良すぎない?何様のつもりなの?なんで、こんな簡単な質問にも答えてくれないの?なんで黙る必要があるの?いえばいいじゃん。別に、どんな理由があって女子トイレに入ったとしても、反省してるなら文句を言うつもりもないし。ただ構ってほしくて、色々やってたなら、ねぎらいの言葉ぐらいかけるし。なに、私信用されてないの?なんか言えよ!!違うなら違うってはっきり言ったらどうなの?!!!逃げんなよ!!!!!」

口から溢れ出た不満を貼る気にぶつけた。私は怒りながらも泣いていた。どういう感情になればいいのか分からなくって、頭がパニックになってきた。

春樹は、私の言葉を聞いたあと、泣きながら走り去っていった。

私は、春樹の背中を見送ると、崩れるようにその場に倒れた。

彼との始まりのこの場所が、こんな喧嘩の場所になってしまうなんて。

告白を受けたあのときは、あんなに色鮮やか見見えた景色も、今ではもうモノトーンに見える。








家に帰り、ベッドに倒れ込むと、春樹にメッセージを送った。



「もう別れよう」



そのメッセージに、あの事件から初めて既読がついた。

もう終わってしまったのだ。お門違いかもしれないが、その日は枕を濡らし泣きじゃくった。

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