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第二十八話
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「大丈夫?」
「大丈夫で…!!うっ!!」
馬上でオードがかけてきた言葉に、返そうとした返事は、途中で途切れてしまった。
「急ぎなんだ、悪いけれど、我慢してくれよ。」
気遣わしげな顔でそう言ってみせるオード。その美しい顔の周りの風景は、緑だったり、茶色だったりするのだが、全く輪郭が見えない。周囲の景色は色のみが理解できるだけで、それ以外は全く分からなかった。
カイルの用意した馬は確かに立派な馬だった。
その馬の種を『青光馬』という。
少し青みがかった白い毛並みを持つその馬は、すさまじい速さで走る馬だ。
セロの視界の上では、景色がただの色の塊となっているが、馬と通りすがる人間にしたら、もはやそれは風の域に達している。
馬は勿論、それを操るオードの姿も、白目を剥きかけているセロの姿も見えていない。強風が通り過ぎたくらいの感覚である。
セロが必死になって2ヵ月かけて歩いてきた道のりを、一日でついてみせるというのだ。
それは脅威のスピードである。
「セロ。」
「へっ、へい…。」
どのくらいの時間がたったのだろうか?陽が沈み、夜の星々も通り過ぎ、陽の光が地平線から昇った頃。
もはや限界を超え、天の神の元へと旅立とうかと本気で考え始めていたセロの耳に、彼女の師匠の声が聞こえた。
「ついたよ。」
揺れが、確かに穏やかなものになった気はする。
だが、まだ世界は渦を巻いていて、視界には、あるはずのない星が点滅していた。
馬はそんなセロを乗せたまま停止した。
オードは、目を白黒させているセロをちらりと見た。
瞳孔がせわしなく動いている。かなり目を回しているようだ。
……馬上で気絶しかける妖精。
姿形は人間に近くとも、妖精たちは自然界の存在だ。当然、人間などより、動植物と仲が良く、彼らの扱い方に長けている。そんな妖精が、馬に乗って酔っているなんて……。
「……フッ。」
間抜けすぎるとしかいえない。
思わず声を上げて笑いかけるのを何とかくいとめて、オードは馬から飛び降りた。
それから、まだ馬上でぐったりとしているセロを抱えて馬から下りさせる。
とはいえ、セロは立てる状態ではない。
だが、だからといってこれから先に馬に乗ったまま入ることもできなかったので、 オードは彼女を抱えたまま進むことにした。
「ここまで送ってくれてありがとう。主人のところに帰ってくれ。」
馬にそう話しかけると、馬は一度大きく鳴いた後、来た道を帰り始めた。その姿を見送った後、オードも進むべき道を見た。
そこはどこまでも緑色に輝く草原だった。
陽の光に照らされて、まぶしく輝く場所だった。
人間が不可侵の領域。
だが、そこに踏み込む資格が、オードにはある。
資格と、そして…義務が。
オードがセロを抱えて草原に足を踏み入れると、奇妙な違和感が体中に広がった。
不可視ではあるが、ある種の結界が成っていたのだろう。人間の侵略を阻むために。
だが、それも妖精のセロは勿論、オードにも効かなかった。
多少の違和感が身体に生じたものの、難なく結界を越えて中に入り込む。
結界の外側から見た時、そこはどこまでも広がる、無人の草原だった。
だが、いざ結界の内側に入ると、そこは美しい音楽が満ち溢れ、美しい妖精達がたくさんの動植物と戯れているこの世の楽園のような風景が眼前に広がった。
もっとも、この草原にも世界の異変が近づいているのだから、決して楽園ではなかっただろうが。
いわゆる最期の宴というものを行っている姿なのかもしれない。
「…妖精術士殿ですね?」
黙って立っていると、中の一人の妖精が近づいてきた。
「えぇ。突然の訪問、申し訳ありません。」
うなずき、謝罪の言葉を言うと、妖精は静かに微笑んで頭を左右に振った。
「ご用向きのほうは?」
「長老に会いに。彼の方がご病気だと聞いて、急ぎ、参りました。会わせていただけますか?オードが訪ねてきた、といえば、了承してくれるはずです。」
「はい。」
恭しく、頭を下げて妖精が下がる。
その妖精が去ると、オードは周囲の様子を眺めた。
そこには、遠巻きにオードを見る妖精達の姿があった。
好奇、蔑み、嫌悪………
『人間』であるオードを見つめる目の数だけの多種多様な想いがあることはすぐに分かる。あまり居心地がいい空間とも言えないが、ここから踵を返して、出て行くことができるわけではない。
オードは、自分に向けられる、様々な感情を受け止めて、そこに立ち続けた。それだけ人間の血を引いている者がここにいるということは、ありえないことなのだ。
例えそれが妖精術士であっても。
それは同時に、ここに人間の血が半分混ざっている『混ざり者』の存在がどれだけ忌避される存在であるかを表している。
セロがどれだけの目にあってきたのかが容易に想像できる状況だ。
例え、人間の社会のようにあからさまな差別を受けなかったにしても、その異質な者を見る目は彼女の心をえぐっていたはずだ。
腕に抱く少女は、青い顔色のまま意識を放棄してぐったりとしている。こんなにもまっすぐに育つことができたのは、この少女が持つ性質と育てた長老のおかげだろうか。
「妖精術士殿。」
「はい。」
しばらく、目を覚ます気配のないセロに目を向けていたオードだが、近づいてくる足音を聞きとめて前方を見る。
呼びかけの声と共に、先ほど用件を長老に伝えに行った妖精が帰ってきた。
「長老が、お会いになるそうです。私についてきてください。」
「はい。」
当然下される許可だと分かっていたが、やはり少し不安だったらしい。小さな溜め息が口から漏れた。
それから、ふと考える。
どうして安堵の溜め息など、ついているのだろうか、と。
「…馬鹿だな、俺も。」
誰にも聞こえないほど、小さな声で呟いた。
浮かべた笑顔は自嘲の笑みである。
王都を離れて以来、これまで散々避けてきた運命だ。どうして、運命の流れの軌道に乗る行為に、安堵しているのだろう?
オードはちらりと、セロを見た。何度見ても、やはり青い顔色のままだった。
この妖精が『彼女』と呼べる体つきに変化したのは、まだ昨日のことだ。
思えば、彼女に出会ってから、全ては始まった気がする。
いや、元々始まっていたものが、急速に展開されたと言っていいのかもしれない。
オードは様々なことを諦めてきた。
それは、自分から望んで諦めた場合もあったし、望まなかった場合もある。
しかし、行き着く先はいつだって同じだった。
運命はそう簡単に変わるものではない。
それに。
全てを変えてしまうことは、オード自身も望んではいなかった。
「こちらです。」
無言のまま先を歩いていた妖精が歩みを止めた。オードも足を止めると、妖精が立つ先を見た。
そこは、大きな木の前だった。
よくよく見ると、その木には、同化して非常に見づらいが、扉があった。
「大丈夫で…!!うっ!!」
馬上でオードがかけてきた言葉に、返そうとした返事は、途中で途切れてしまった。
「急ぎなんだ、悪いけれど、我慢してくれよ。」
気遣わしげな顔でそう言ってみせるオード。その美しい顔の周りの風景は、緑だったり、茶色だったりするのだが、全く輪郭が見えない。周囲の景色は色のみが理解できるだけで、それ以外は全く分からなかった。
カイルの用意した馬は確かに立派な馬だった。
その馬の種を『青光馬』という。
少し青みがかった白い毛並みを持つその馬は、すさまじい速さで走る馬だ。
セロの視界の上では、景色がただの色の塊となっているが、馬と通りすがる人間にしたら、もはやそれは風の域に達している。
馬は勿論、それを操るオードの姿も、白目を剥きかけているセロの姿も見えていない。強風が通り過ぎたくらいの感覚である。
セロが必死になって2ヵ月かけて歩いてきた道のりを、一日でついてみせるというのだ。
それは脅威のスピードである。
「セロ。」
「へっ、へい…。」
どのくらいの時間がたったのだろうか?陽が沈み、夜の星々も通り過ぎ、陽の光が地平線から昇った頃。
もはや限界を超え、天の神の元へと旅立とうかと本気で考え始めていたセロの耳に、彼女の師匠の声が聞こえた。
「ついたよ。」
揺れが、確かに穏やかなものになった気はする。
だが、まだ世界は渦を巻いていて、視界には、あるはずのない星が点滅していた。
馬はそんなセロを乗せたまま停止した。
オードは、目を白黒させているセロをちらりと見た。
瞳孔がせわしなく動いている。かなり目を回しているようだ。
……馬上で気絶しかける妖精。
姿形は人間に近くとも、妖精たちは自然界の存在だ。当然、人間などより、動植物と仲が良く、彼らの扱い方に長けている。そんな妖精が、馬に乗って酔っているなんて……。
「……フッ。」
間抜けすぎるとしかいえない。
思わず声を上げて笑いかけるのを何とかくいとめて、オードは馬から飛び降りた。
それから、まだ馬上でぐったりとしているセロを抱えて馬から下りさせる。
とはいえ、セロは立てる状態ではない。
だが、だからといってこれから先に馬に乗ったまま入ることもできなかったので、 オードは彼女を抱えたまま進むことにした。
「ここまで送ってくれてありがとう。主人のところに帰ってくれ。」
馬にそう話しかけると、馬は一度大きく鳴いた後、来た道を帰り始めた。その姿を見送った後、オードも進むべき道を見た。
そこはどこまでも緑色に輝く草原だった。
陽の光に照らされて、まぶしく輝く場所だった。
人間が不可侵の領域。
だが、そこに踏み込む資格が、オードにはある。
資格と、そして…義務が。
オードがセロを抱えて草原に足を踏み入れると、奇妙な違和感が体中に広がった。
不可視ではあるが、ある種の結界が成っていたのだろう。人間の侵略を阻むために。
だが、それも妖精のセロは勿論、オードにも効かなかった。
多少の違和感が身体に生じたものの、難なく結界を越えて中に入り込む。
結界の外側から見た時、そこはどこまでも広がる、無人の草原だった。
だが、いざ結界の内側に入ると、そこは美しい音楽が満ち溢れ、美しい妖精達がたくさんの動植物と戯れているこの世の楽園のような風景が眼前に広がった。
もっとも、この草原にも世界の異変が近づいているのだから、決して楽園ではなかっただろうが。
いわゆる最期の宴というものを行っている姿なのかもしれない。
「…妖精術士殿ですね?」
黙って立っていると、中の一人の妖精が近づいてきた。
「えぇ。突然の訪問、申し訳ありません。」
うなずき、謝罪の言葉を言うと、妖精は静かに微笑んで頭を左右に振った。
「ご用向きのほうは?」
「長老に会いに。彼の方がご病気だと聞いて、急ぎ、参りました。会わせていただけますか?オードが訪ねてきた、といえば、了承してくれるはずです。」
「はい。」
恭しく、頭を下げて妖精が下がる。
その妖精が去ると、オードは周囲の様子を眺めた。
そこには、遠巻きにオードを見る妖精達の姿があった。
好奇、蔑み、嫌悪………
『人間』であるオードを見つめる目の数だけの多種多様な想いがあることはすぐに分かる。あまり居心地がいい空間とも言えないが、ここから踵を返して、出て行くことができるわけではない。
オードは、自分に向けられる、様々な感情を受け止めて、そこに立ち続けた。それだけ人間の血を引いている者がここにいるということは、ありえないことなのだ。
例えそれが妖精術士であっても。
それは同時に、ここに人間の血が半分混ざっている『混ざり者』の存在がどれだけ忌避される存在であるかを表している。
セロがどれだけの目にあってきたのかが容易に想像できる状況だ。
例え、人間の社会のようにあからさまな差別を受けなかったにしても、その異質な者を見る目は彼女の心をえぐっていたはずだ。
腕に抱く少女は、青い顔色のまま意識を放棄してぐったりとしている。こんなにもまっすぐに育つことができたのは、この少女が持つ性質と育てた長老のおかげだろうか。
「妖精術士殿。」
「はい。」
しばらく、目を覚ます気配のないセロに目を向けていたオードだが、近づいてくる足音を聞きとめて前方を見る。
呼びかけの声と共に、先ほど用件を長老に伝えに行った妖精が帰ってきた。
「長老が、お会いになるそうです。私についてきてください。」
「はい。」
当然下される許可だと分かっていたが、やはり少し不安だったらしい。小さな溜め息が口から漏れた。
それから、ふと考える。
どうして安堵の溜め息など、ついているのだろうか、と。
「…馬鹿だな、俺も。」
誰にも聞こえないほど、小さな声で呟いた。
浮かべた笑顔は自嘲の笑みである。
王都を離れて以来、これまで散々避けてきた運命だ。どうして、運命の流れの軌道に乗る行為に、安堵しているのだろう?
オードはちらりと、セロを見た。何度見ても、やはり青い顔色のままだった。
この妖精が『彼女』と呼べる体つきに変化したのは、まだ昨日のことだ。
思えば、彼女に出会ってから、全ては始まった気がする。
いや、元々始まっていたものが、急速に展開されたと言っていいのかもしれない。
オードは様々なことを諦めてきた。
それは、自分から望んで諦めた場合もあったし、望まなかった場合もある。
しかし、行き着く先はいつだって同じだった。
運命はそう簡単に変わるものではない。
それに。
全てを変えてしまうことは、オード自身も望んではいなかった。
「こちらです。」
無言のまま先を歩いていた妖精が歩みを止めた。オードも足を止めると、妖精が立つ先を見た。
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