揺れと生きる

立華あみ

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第二十四章 純粋なまでの欲

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朝は、何事もなかったように始まった。
目覚ましが鳴り、悠が先に起きる。唇に、柔らかいキスが落ちる。
そういえば、悠より早く起きることが少なくなった。
キッチンから湯の音がする。いつもと同じ。生活は、不気味なほど完璧に続いている。
絢聖は、ベッドの上でスマートフォンを手に取る。
特別な理由はない。ただ、時間を確認しようとしただけ。いつもの癖。画面を点ける。

「着信履歴一件」

表示された文字。時刻は、昨晩。それも、ワン切り。

相手の名前は…秋頼。

敬称はついていない。そう呼びたかったという憧れだけが、表示に残っている。
胸が、一瞬に冷え、その後一気に熱くなる。

——かけてきた。
——切った。
——それも、掛け間違いを装って。

連絡してはいけない夜に。それが、はっきり分かる。
通話は、成立していない。言葉は、交わされていない。何も、起きていない。それが、最悪だった。
もし、話していたら?会っていたら?何かが起きていたら?
理由にも言い訳にもできた。でも、一瞬の着信は、純粋な欲であり、衝動だ。
悠が、キッチンから声をかける。

「……起きてる?」
「……うん」

声が、少し遅れる。悠は、それ以上聞かない。
問わないという選択を、もう、何度もさせてしまっている。
絢聖は、画面を消す。履歴は…消せなかった。
消したら、何かを認めることになる…そんな気がして。
洗面所へ向かう。鏡を見る。表情は、驚くほど落ち着いている。作りきった顔。

——秋頼は、消えられなかった。
——戻ってきてしまう。戻ってきてくれる。

それが、確信に変わる。朝食のテーブルに着く。
悠が、隣に座る。いつもは正面なのに。視線が、一瞬、スマートフォンに向く。見た、確かに。

「……何かあった?」

声は、低い。責めない。でも、逃がさない。現実にいる人間の問い。

「……ううん、何も」

嘘ではない。悠は、それ以上聞かない。でも、
箸の動きが少しだけ遅くなる。違和感に触れている。だが、言葉にしない。
——気づいてほしい。
——でも、言葉にしてほしくない。
知って、何も言わないでほしい。一緒に壊れる位置に立って欲しい。自分だけが、深く悩んでいると思いたくない。
揺らしたい…試したいんじゃない。同じ重さを返して欲しい。それだけ…けれど、彼では叶わない。
食事が終わる。悠は、立ち上がる。

「……今日は、遅くなる」

昨日と同じ会話。でも、意味は違う。距離を取るための言葉。

玄関で、靴を履く悠の背中を見ながら、絢聖は思う。
一瞬の着信は、何も起こさなかった。でも、確実に、何かを動かした。それが、否定できない事実。
ドアが閉まる。部屋に一人。スマートフォンを手に取る。着信履歴は、まだ残っている。
秋頼の行動が、三人の関係を次に進める。そんな予感が、はっきり胸にある。
再び、動き出した朝はやけに静かだった。

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