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第二十五章 最悪のタイミング
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それは、最悪の瞬間だった。
悠は、忘れ物に気づいて家に戻った。鍵は、持っている。チャイムは鳴らさない。
今日リモート勤務の彼は、居るはずだから。
玄関を開けると、部屋は静かだ。テレビの音もない。当たり前だ、彼は自室で仕事中なのだから。
でも、絢聖の気配はある。生活の匂い、温もり。それが、まだここにある。
リビングを通り、寝室へ向かう。机の上に、スマートフォンが置かれている。
画面は、伏せられていない。最悪過ぎる偶然。昨日の違和感の正体を暴きたい…逃げ道がない。完璧なタイミングに、理性が置いていかれる。
視線が、勝手に落ちる。パスワードは、俺の誕生日。安易に想像出来るのがつらい。
——着信履歴、秋頼。時間は、昨夜。ワン切り。
息が、止まる。怒りは、湧かない。驚きも、ない。やっぱり…その一言だけが、胸に落ちる。
話していない、会っていない。でも、かけてきた。それだけで、十分だった。
スマートフォンを持ったまま、立ちすくむ。
仕事に行かなければならない。現実に戻れと、自分に何度も言い聞かせる。けれど、身体が応えてくれない。
背後に足音を感じる。
「……悠?」
絢聖の声。携帯を戻す前に、見られてしまった。
今日は全てのタイミングが上手くいっていない。
「忘れ物取りに来た…」
平静に短く言う…それしか出来ない。
「……そう」
絢聖は、それ以上聞かない。聞けない。互いに、触れてはいけない空気。
悠は、鍵を取る。靴を履く。その動作が、異様に丁寧だ。自分を保つための、いつもに戻すための動き。
「……今日」
絢聖が、声を出す。
「遅くなるって言ってたよね」
確認。探り。
「……ああ」
悠は、振り返らない。
「多分、本当に遅くなる」
それは、予定ではない。距離の宣言。
扉が閉まる。音は、静か。だが、確実に何かが終わった音。
外に出て、悠は立ち止まる。呼吸が、少し乱れる。問いは、一つだけ。
なぜ、今なのか。なぜ、一瞬なのか。答えは、簡単。まだ、完全に消えてない。いや…消えることが出来ていない。でも、戻ろうとはしていない。
俺は、絢聖に、選ばれていないのではない。現実として取り残されている。
問い詰めれば、壊れる。黙れば、続く。続く方が、地獄だと分かっていても引けないとこまできている。
悠は、歩き出す。会社へ向かう。いつも通りの道。現実に戻る。それが、俺の選択だった。
その日、悠は一度も連絡しなかった。問いも、責めもしない。
気づいたことをなかったことにする。それが、あの最悪なタイミングでの決断。
夜になっても、家には帰らない。理由は、言わない。帰れば、確認してしまう、責めてしまう。
確認すれば、選ばなければならない。悠は、静かに理解する。
このままでは、必ず誰かが壊れる。そして、その最初の誰かは、自分だ。
それでも、現実でいることをやめない。それが、悠という人間だった。
同じ夜、別の場所で、秋頼はスマートフォンを伏せたまま、椅子から動けなかった。絢聖は、一人、揺れていた。
三人が、同時に違うことを理解していた夜。けれど、一つだけ共通していることがある。
もう、決断せざる得ない場所に立たされつつある。その認識だけは一緒だった。
悠は、忘れ物に気づいて家に戻った。鍵は、持っている。チャイムは鳴らさない。
今日リモート勤務の彼は、居るはずだから。
玄関を開けると、部屋は静かだ。テレビの音もない。当たり前だ、彼は自室で仕事中なのだから。
でも、絢聖の気配はある。生活の匂い、温もり。それが、まだここにある。
リビングを通り、寝室へ向かう。机の上に、スマートフォンが置かれている。
画面は、伏せられていない。最悪過ぎる偶然。昨日の違和感の正体を暴きたい…逃げ道がない。完璧なタイミングに、理性が置いていかれる。
視線が、勝手に落ちる。パスワードは、俺の誕生日。安易に想像出来るのがつらい。
——着信履歴、秋頼。時間は、昨夜。ワン切り。
息が、止まる。怒りは、湧かない。驚きも、ない。やっぱり…その一言だけが、胸に落ちる。
話していない、会っていない。でも、かけてきた。それだけで、十分だった。
スマートフォンを持ったまま、立ちすくむ。
仕事に行かなければならない。現実に戻れと、自分に何度も言い聞かせる。けれど、身体が応えてくれない。
背後に足音を感じる。
「……悠?」
絢聖の声。携帯を戻す前に、見られてしまった。
今日は全てのタイミングが上手くいっていない。
「忘れ物取りに来た…」
平静に短く言う…それしか出来ない。
「……そう」
絢聖は、それ以上聞かない。聞けない。互いに、触れてはいけない空気。
悠は、鍵を取る。靴を履く。その動作が、異様に丁寧だ。自分を保つための、いつもに戻すための動き。
「……今日」
絢聖が、声を出す。
「遅くなるって言ってたよね」
確認。探り。
「……ああ」
悠は、振り返らない。
「多分、本当に遅くなる」
それは、予定ではない。距離の宣言。
扉が閉まる。音は、静か。だが、確実に何かが終わった音。
外に出て、悠は立ち止まる。呼吸が、少し乱れる。問いは、一つだけ。
なぜ、今なのか。なぜ、一瞬なのか。答えは、簡単。まだ、完全に消えてない。いや…消えることが出来ていない。でも、戻ろうとはしていない。
俺は、絢聖に、選ばれていないのではない。現実として取り残されている。
問い詰めれば、壊れる。黙れば、続く。続く方が、地獄だと分かっていても引けないとこまできている。
悠は、歩き出す。会社へ向かう。いつも通りの道。現実に戻る。それが、俺の選択だった。
その日、悠は一度も連絡しなかった。問いも、責めもしない。
気づいたことをなかったことにする。それが、あの最悪なタイミングでの決断。
夜になっても、家には帰らない。理由は、言わない。帰れば、確認してしまう、責めてしまう。
確認すれば、選ばなければならない。悠は、静かに理解する。
このままでは、必ず誰かが壊れる。そして、その最初の誰かは、自分だ。
それでも、現実でいることをやめない。それが、悠という人間だった。
同じ夜、別の場所で、秋頼はスマートフォンを伏せたまま、椅子から動けなかった。絢聖は、一人、揺れていた。
三人が、同時に違うことを理解していた夜。けれど、一つだけ共通していることがある。
もう、決断せざる得ない場所に立たされつつある。その認識だけは一緒だった。
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