最初のものがたり

ナッツん

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オーディション

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オーディションは始業式の午後からだ。

やる事はすべてやりきったと思う。

それでも何が足りない気がして落ち着かない。

でも、落ち着かないのはオーディションの事だけじゃない。

あの日、別れたっきりの勇磨に会うのが怖い。

学校までの長い坂道を緊張しながら歩いた。

「よぉ、ちび!固まってんなー」

朝からとびきり元気な声。
タツキだ。

「タツキ、おはよう。いつも通りだね」

緊張知らずのその度胸に半ばあきれた。

「楽しむしかねぇー。
後でお菓子買ってやるから元気だせ」

そう言って私の頭をクシャクシャにする。

もうっやめてよ。

いくつだと思ってんの!

後ろでミッキーの爆笑も聞こえた。

「ちびのくせに一丁前に緊張すんだな」

どうしてこの人は私をバカにするんだろ。

全く。

でも2人ともケラケラ笑って、
今日のこのオーディションを楽しんでる。

私なんて緊張して手が震えてる。

「そんなんじゃ通らないよ。
挑むくらいの気持ちで行こうぜ。」

トモも合流した。
アヤノもかけて来る。

よし、がんばろう。

アヤノが1人じゃないよって言ってくれた。

トモが言うように挑んでみるか。

勇磨とももう一度話そう。

心が一気に軽くなった。

そのまま教室に向かう。

2組の教室の前でトモが手を挙げる。

「じゃあまた帰りな」

そう言って私の頭をポンポンとする。

「俺がついてるから、安心しろ」

うん、そうだね。

その時、後ろから声がした。

「邪魔」

すぐに分かった。

勇磨だ。

その声は冷たく遠い。

心にトゲが刺さる。

途端に私の心はしぼんだ。

「おはよう」

そう言う私を全く見ずに教室に入る勇磨。

「おはよう、木下さん」

代わりに、かなり友好的な南さんに挨拶をされ驚いた。

「お、おはよ」

南さんはきゃっきゃっ笑う。

怖っ!

「ねぇ、木下さんさ、
夏休みの間に随分と派手になったのね。
他校の不良ともつるんでるって話じゃん。
あとほら3年の金髪の人。」

そう言ってまた笑う。

「不良じゃない」

そう言う私に南さんは首を振る。

「へぇ、やっぱ不良は仲間意識高いのね。
かばうんだ。
タバコやお酒もしてるって話じゃん。
本当、落ちたもんね、あんな人達とつるんで」

カッときた。

あの人達は大切な仲間だ。

南さんにつかみかかろうとした所で
トモに止められた。

「やめとけ」

そう言って私を、南さんから引き離す。

「でも、みんなの事ひどく言われて」

私の肩に両手を乗せて、私の目を覗き込む。

「気にするな。
言いたい奴には言わせとけばいいんだ。
それより問題を起こしたら全て終わる。
いいね。ちび、落ち着け。」

黙って頷いた。

そうだ、トモの言う通りだ。
全ては今日のオーディションにかかってる。

私、すぐにブレる。

しっかりしないと。

「よし、教室に入れ。後で迎えに来るから。
キレるなよ。俺の言葉だけ聞いて。いいね」

うん、分かった。

ごめんなさい。

そう言って教室に入った。

まだ南さんは嫌味を言っている。

男好きとか、イケメンみんな独り占めしようとしてるとか。

気にしない。

気配で分かる程、感じ悪いオーラを出してる勇磨も気にしない。

「何あいつ、王子様気取りだな。
俺の言葉だけ聞けって、洗脳かよ。
ナナが、ああいうのが好きだったなんて知らなかったよ」

またチクチクする。

なんだよ、勇磨!勝手に怒って。

私、何にも言ってないのに。

勇磨も一体なんなの。

イライラする。

なんでそんな態度なの?

私は何も悪い事してない。

南さんが言ったような、不良行為もタバコも酒も。

それにトモとだって何もない。

仲間だってそう言ったのに。

チカや勇磨の部活の仲間とどう違うの。

派手だから。

金髪だから。

どんな私も嫌いにならないって言ったなら、私を信じて欲しいのに。

勇磨の嘘つき。

勇磨には信じて欲しかった。

本当に信じて欲しかった。

勇磨に見せたくて始めたのに。

気がつくと頰に涙がつたってた。

あわてて拭った。

なんで泣くんだろう、私。

下を向いて髪で涙を隠した。

髪、長くしてて助かったよ。

ちょっと笑える。

他の誰に何て言われても構わない。

勇磨だけには誤解されたくないし、
私の大切な仲間を認めて欲しいのに。

そう言えない。

勇磨の放つ氷のオーラが、高い鉄壁に感じる。

もう、いいや。
勇磨の事はもういいや。

勝手に怒ってればいい。

嫌いだよ、大っ嫌い。

カモフラージュで開いたノートに雫が落ちる。

何してるんだろう、私。

気持ちを切り替えてられぬまま、放課後を迎えた。

「ちび、行くぞ」

その声に立ち上がりドアへ向かう。

様子のおかしい私に気付いたトモは、
顔を覗き込んで勇磨の席に向かった。

「トモ?」

私の声は無視して勇磨の前に立つ。
勇磨も立ち上がりトモを睨む。

「なんか用?」

トモは黙って勇磨の机を乱暴に叩いた。

バンッと大きな音が教室に響く。

みんなが注目する。

私も驚いてトモに駆け寄る。

勇磨をグッと睨む目に力が入る。

「ねぇ、アイドルくん。
お前のちっぽけなヤキモチなんかどうでもいいんだ。
だけど、これだけは言っておく。
ちびを傷つけたら許さない。女に当たるな、ガキ。」

勇磨は黙って私を見た。

泣きはらした顔の私を見た。

一瞬私に近付こうとして止まり、
何も言わずにそのまま教室を出て行った。

勇磨。

追いかけたい。

今すぐ追いかけて話さないと、
もう2度と元の関係に戻れない気がした。

だけどオーディションがある。

私のカバンを持ち先を歩くトモを追いかけた。

「ねぇ、ちびはさ、あんなガキが好きなわけ?
男見る目ないね。
なんであんなガキがモテるんだろうな」

そう言って笑う。

違う。

別に好きとかじゃない。

むしろ、嫌いだ!

私を信じない勇磨なんて。

「ふーん、お互いガキって事か」

勝手に納得して気持ちを切り替えた。

「さぁ、ちび、やってやろうぜ!大丈夫。
ステージを勝ち取れたらアイツだって分かってくれる。
オレ達を不良軍団なんて誰も言わなくなるよ」

確かにそうかもしれない。

そうだね。泣いてる場合じゃない。

私の大切な仲間との日々が、かけがえのないものだって、証明する為にオーディションを勝ち取ろう。

トモの言う通りだ。

シークレットステージが成功すれば、
きっとみんな分かってくれる。

金髪だって派手だって、
みんな夢を持って真面目に向き合ってる事を。

心を1つにしてオーディションに挑んだ。

やれるだけやった。

やりきった。

悔いはない。

だけどもっともっと踊りたいから。

合格したい。

生徒会室に代表者が呼ばれた。

タツキが代表だ。

私達はタツキの帰りを、まさに祈って待ってた。

アヤノは緊張しすぎて震えてるから
トモがずっと手を握ってあげていた。

ミッキーは気にしない振りをして、
雑誌を見てるけど、ページが全く進んでない。

私は黙って目を閉じて待った。

どうか神様お願い。

「ジャーン!合格!しかも、30分枠!」

そう言ってタツキが戻ってきた。

私達は抱き合ったり歓声をあげたりして喜んだ。

やったー。

これで勇磨に伝えられる!
私の夢と仲間達の事を!

自分で思ってハッとする。

まだ信じて欲しいのか。

笑える。
勇磨なんて大嫌いなのに。

トモが笑って私を見た。

「ちびは泣かないんだな。
さっきはあんなに泣いてたのに。」

もう泣きません。

ステージ成功させるまでは泣かない。

それとケンカも買わない。

約束します。

「いい心がけだな。せいぜい頑張れ」

シークレットステージはその名の通り、
シークレットだから当日までは秘密にしないといけない約束だ。

バレたら最悪、出られない事もあるらしい。

私達は約束を決めた。

①練習はトモの剣道場のみ。

②ステージの話は学校ではしない。

③友達親兄弟にも秘密にする。

④心と体を大切にして残りの日々を
ダンスの事だけ考えて過ごす事。

⑤問題を起こさない。

そして、トモからはもう1つ約束を言い渡された。

「ちび、俺達の息が合わないとステージは成功しない。
ちびは感情的になるし気持ちが逸れやすい。
俺とちびはペアになる事が多いよな。
俺がパートナーだって事を忘れないで。
何よりも俺の言葉を聞いて。
好きな男よりも俺。
あのアイドルくんに振り回されないで」

うん、分かってる。

私の気持ちがブレるのは勇磨の事でだ。

約束する。

でも、好きな男って。

「なんだよ、アイドルくんって。
ちびに彼氏がいるのか。
俺がチェックしてやる」

タツキが騒ぐ。

「タツキはちびの父親か!」

ミッキーが笑う。

「あ、私、知ってるよ。すごいイケメンだよね。
ファンクラブあるんだよね。2年の中でも人気だよ。」

アヤノが言った。

「ふーん。あれ、イケメンなんだ。」

トモが不服そうにする。

「俺はアイツ、嫌い。
ガキだし、なんか俺に突っかかってくるし」

それは、トモが煽るからでしょ。

でも大丈夫!

もうブレない。気持ちを逸らさない。

ダンスの事だけ考える。

勝手に怒って背中を向けてる勇磨なんて、
忘れる!頭から追い出す!

これでいい。

私に勇磨なんて必要ないから。

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