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天候にも恵まれ雲1つ無い青空の下、私達は王都行きの馬車に揺られていた。制服ではどうしても目立ってしまうのでローブを羽織ったが少し暑いくらいの気候である。馬車は思いの外広くて、私たちの他にも何人かが乗っていた。
「ところで、あなたのことなんて呼べばいいですか?」
隣に座る彼に話しかける。たとえ数日中に消えてしまうとしても、いつまでも「春野君のそっくりさん」とは呼んでいられない。
「そうだなあ、ハルでいいよ。」
「えっと、それがあなたの名前?」
まさか名前までも春野悠里を彷彿とさせるものだとは。万が一彼と一緒にいる時に運良く春野達の誰かと遭遇してしまったらと思うと気が気ではない。何と言い訳すればいいのだろうか。
「そうじゃないけど、名前に意味なんてないよ。」
「そ、そっか。じゃあハル、今日はよろしくね。」
「こちらこそ。」
ハルはそう言ったきり正面を向いてしまった。慣れないなあと思いながら私も彼に習い閉口する。
「おねえちゃん、もしかして“いせかいじん”?」
ぎょっとして声の方を振り向くと、向かいの席に座っていた子供が此方を興味深そうに見つめている。“いせかいじん”というのが私の解釈と同じであれば間違いなくそれに該当しているが、果たして正直に言っても大丈夫なのだろうかと逡巡する。
「ええと、どうして?」
「だっておねえちゃん、髪と目の色が真っ黒だし。“いせかいじん”は黒い目が多いってご本に書いてあったよ!」
そこまで言ったところで、母親と思しき女性が慌てたように会話を遮った。
「すみません・・・!この子最近そういったものにはまっていて・・・黒い髪だって東の方に行けば珍しくもないのに。」
「あの、そういったものっていうのは・・・?」
「ああ、童話みたいなものなんですけど、異世界から降り立った勇者達がこの世界を救ってくれるっていう話なんです。昔は結構物騒だったらしいですけど、今じゃすっかり平和になって魔物も全然いないので、御伽噺みたいなものですよ。」
「そうなんですか。」
「でも、大昔に開いた時空が時々不安定になって、異世界人が何十年かに一度この世界の何処かに現れるっていう噂はありますけどね。発見され次第国に保護されるみたいです。」
「保護・・・」
それもいいかもと考えを巡らせていると、会話を聞いていたらしい若い男性が、あまり他人に聞かれたくないのか少し声を抑えて話しかけてくる。
「保護って言ったってなあ・・・都合の良いように使われて一生飼い殺されるって噂もあるじゃねえか。それに、裏市場なんかでは適当に黒い目や髪の人間とっ捕まえて人身売買してるっていう噂もあるくらいだ。お前も気をつけろよ。」
「じっ!?そうなんですか・・・?気をつけます・・・」
ごくりと唾を飲む。思わず腕をさすると鳥肌が立っていた。魔物がいること自体考えられないが、人身売買はもっと衝撃的だった。皮肉だが、危険を知って初めてこの世界を現実だと認知できたような気がする。いままで非現実的なことが多すぎて、どこかでまだ異世界に来たということを受け止めきれていなかったのだ。元の世界に帰る手段も見つかっていないし、ここで生きていかなければならないのだと改めて認識する。
「お客さん方、王都が見えてきましたよ。」
操縦者が此方を振り向いて景気良さげにそう言った。私は足元から這い上がるような恐怖感を振り払い、窓の外を眺めた。
「不安なら、色を変えてしまえばいいんじゃない?」
「え?」
馬車から降りて荷物を背負い直していると、ここにきて初めてクロードの方から私に話しかけてきた。使い魔というものは自分からは話しかけてこないものなのかと勝手に思い込んでいたため思わず聞き返してしまったが、彼は今確かに「色を変えればいい」と言ったのだろうか。
「ええっそんなことできるんだ!?」
目から鱗である。
「まあ、変えている間は常に魔力を消費することになるし、魔力量が少ない人はやらないけど。ミコトは魔女なんだし、それくらい大丈夫だよ。」
「いや、私って魔女なんですか?」当然のように言った彼に思わず聞き返すと、ハルは少したじろいで視線を逸らした。なんだろう、言ってはまずいことでもあったのだろうか。彼を行動を共にしてから1日も経っていないが、ハルは時々今のように視線を逸らすことがある。それは私には分からないことを話したり、気づいたら近い距離にいた時などで、その度に彼は少し悲しそうに顔を逸らすのだった。
「一度、ギルドで調べてもらったら良いと思うよ。認定されれば特定の依頼も受けられるようになるし。」
「そうなんだ・・・めちゃめちゃくわしいね、ハル。助かります。」
「まあ、今のミコトよりは詳しいかな。」
ともあれ、王都はもう目前である。
「ところで、あなたのことなんて呼べばいいですか?」
隣に座る彼に話しかける。たとえ数日中に消えてしまうとしても、いつまでも「春野君のそっくりさん」とは呼んでいられない。
「そうだなあ、ハルでいいよ。」
「えっと、それがあなたの名前?」
まさか名前までも春野悠里を彷彿とさせるものだとは。万が一彼と一緒にいる時に運良く春野達の誰かと遭遇してしまったらと思うと気が気ではない。何と言い訳すればいいのだろうか。
「そうじゃないけど、名前に意味なんてないよ。」
「そ、そっか。じゃあハル、今日はよろしくね。」
「こちらこそ。」
ハルはそう言ったきり正面を向いてしまった。慣れないなあと思いながら私も彼に習い閉口する。
「おねえちゃん、もしかして“いせかいじん”?」
ぎょっとして声の方を振り向くと、向かいの席に座っていた子供が此方を興味深そうに見つめている。“いせかいじん”というのが私の解釈と同じであれば間違いなくそれに該当しているが、果たして正直に言っても大丈夫なのだろうかと逡巡する。
「ええと、どうして?」
「だっておねえちゃん、髪と目の色が真っ黒だし。“いせかいじん”は黒い目が多いってご本に書いてあったよ!」
そこまで言ったところで、母親と思しき女性が慌てたように会話を遮った。
「すみません・・・!この子最近そういったものにはまっていて・・・黒い髪だって東の方に行けば珍しくもないのに。」
「あの、そういったものっていうのは・・・?」
「ああ、童話みたいなものなんですけど、異世界から降り立った勇者達がこの世界を救ってくれるっていう話なんです。昔は結構物騒だったらしいですけど、今じゃすっかり平和になって魔物も全然いないので、御伽噺みたいなものですよ。」
「そうなんですか。」
「でも、大昔に開いた時空が時々不安定になって、異世界人が何十年かに一度この世界の何処かに現れるっていう噂はありますけどね。発見され次第国に保護されるみたいです。」
「保護・・・」
それもいいかもと考えを巡らせていると、会話を聞いていたらしい若い男性が、あまり他人に聞かれたくないのか少し声を抑えて話しかけてくる。
「保護って言ったってなあ・・・都合の良いように使われて一生飼い殺されるって噂もあるじゃねえか。それに、裏市場なんかでは適当に黒い目や髪の人間とっ捕まえて人身売買してるっていう噂もあるくらいだ。お前も気をつけろよ。」
「じっ!?そうなんですか・・・?気をつけます・・・」
ごくりと唾を飲む。思わず腕をさすると鳥肌が立っていた。魔物がいること自体考えられないが、人身売買はもっと衝撃的だった。皮肉だが、危険を知って初めてこの世界を現実だと認知できたような気がする。いままで非現実的なことが多すぎて、どこかでまだ異世界に来たということを受け止めきれていなかったのだ。元の世界に帰る手段も見つかっていないし、ここで生きていかなければならないのだと改めて認識する。
「お客さん方、王都が見えてきましたよ。」
操縦者が此方を振り向いて景気良さげにそう言った。私は足元から這い上がるような恐怖感を振り払い、窓の外を眺めた。
「不安なら、色を変えてしまえばいいんじゃない?」
「え?」
馬車から降りて荷物を背負い直していると、ここにきて初めてクロードの方から私に話しかけてきた。使い魔というものは自分からは話しかけてこないものなのかと勝手に思い込んでいたため思わず聞き返してしまったが、彼は今確かに「色を変えればいい」と言ったのだろうか。
「ええっそんなことできるんだ!?」
目から鱗である。
「まあ、変えている間は常に魔力を消費することになるし、魔力量が少ない人はやらないけど。ミコトは魔女なんだし、それくらい大丈夫だよ。」
「いや、私って魔女なんですか?」当然のように言った彼に思わず聞き返すと、ハルは少したじろいで視線を逸らした。なんだろう、言ってはまずいことでもあったのだろうか。彼を行動を共にしてから1日も経っていないが、ハルは時々今のように視線を逸らすことがある。それは私には分からないことを話したり、気づいたら近い距離にいた時などで、その度に彼は少し悲しそうに顔を逸らすのだった。
「一度、ギルドで調べてもらったら良いと思うよ。認定されれば特定の依頼も受けられるようになるし。」
「そうなんだ・・・めちゃめちゃくわしいね、ハル。助かります。」
「まあ、今のミコトよりは詳しいかな。」
ともあれ、王都はもう目前である。
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