カゴの中のツバサ

九十九光

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#3-1

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 四月の二十八日。世間の人間の大半がゴールデンウィークの日程調整に頭を悩ませる時期に突入したころ。星ヶ丘の島式ホームも、あと数日もすれば、人ごみの構成員が会社員から親子連れへと大きく割合を変えてくるころ。
 ツバサはそんなホーム内にあるベンチの一角に、アイスココアの缶を手にして座っていた。
「え? ツバサ君、アニメとか全然観ないの?」
「うん。お母さんが、そういうのよくないって。」
 左隣に座っているカゴカナコが驚いて見下ろしているのを見て、ツバサが小さく首を縦に振った。
 ツバサとカナコの交流は、この月の中旬のやり取り以降も続いていた。
 週に二、三度の頻度で、二人の帰宅時間が一致することがあり、そのたびにお互いこうし帰りの電車を三十分ほど無視して談笑をするのが恒例になっていた。
 ツバサくらいの年代の子供なら最低でも聞いたことはあるであろう、子供向けのアニメやゲームなどの話をカナコが振ることで、会話は成立していた。ただし、先ほどもツバサが言っていた、彼の母親の偏見にあふれた思想によって、彼はそういったものから遠ざけられていた。
 今日もカナコは、海賊を題材にした日本の有名なマンガに関する話をツバサにしてみたが、彼が開口一番に発した言葉が、「知らない」だった。
 とんでもない母親に育てられていると呆れるような顔をして、カナコは問題のマンガについて説明を始めた。マンガの連載もアニメの放送も、ツバサが生まれる何年も前から続いている大長編なだけに、ざっくりとしたあらすじと、単行本の発行冊数でギネス記録をとっているくらい有名なマンガであるということくらいしか、限られた時間では説明できなかった。
 しかしツバサにとっては、その程度の簡単な説明でも充分だった。
「ありがとう。うちに帰ったら見てみるよ。」
「うん。今度感想聞かせてね。」
 ツバサはそう言ってやってきた電車に乗り込み、ガラス越しにカナコに手を振って家に帰っていった。
 そもそもマンガを筆頭としたサブカルチャーを楽しむという当たり前なことですら、ツバサにとっては未経験だった。彼が今まで触れることができた創作の世界と言えば、学校の
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