カゴの中のツバサ

九十九光

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#6-1

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 五月二十日の土曜日。ツバサはオアシス広場という場所の、最下層の商業施設地帯にあるベンチの一つに腰を下ろしていた。時刻は午前九時半を少し過ぎたあたり。周辺は通勤途中の大人たちと娯楽目的の子連れや学生、お年寄りなどでごった返し、統一性のない人の集まりが生まれていた。
 オアシス広場とは、名古屋市内に二つある巨大バスターミナルの一つであり、そこに公園と商業施設と地下鉄栄駅と地下街の一部を掛け合わせて作りあげた複合施設である。ただ、このように説明したところで、その全体の構造を理解させるのは難しい場所でもある。構造を説明すると、まず巨大な縦穴を掘りぬき、地上部分にバスターミナルを、その上に人口の土地を積み上げて公園を作り、穴の底の部分に商業施設を作り、そこから横穴を掘って既存の地下街や地下鉄に繋げて生まれた施設である。名古屋市内の移動におけるメインターミナルの役目を果たしており、愛知県外からやって来た人々が必ず通る名古屋駅とも、目と鼻の先という立地条件だ。もちろん、名古屋市内で暮らす人々にとっても、名古屋市内のどこかへ移動するうえで欠かせない中継地点として重宝されている。周辺には創業百年近い百貨店や全国展開をしている雑貨店、個人経営の飲食店などが軒を連ねており、全国で最も観光に不向きな都市と呼ばれる名古屋市において、日時を問わず賑わいを見せる有数の繁華街が形成されている。
 そしてこれだけ長々と説明したが、今のツバサはこの場所に、待ち合わせの場所としてやってきただけだった。別にこの場所そのものには、後で使う移動手段以外には一切の用事がなかった。
 ツバサの今日の服装は私服だった。学校がないのだから当たり前なのだが、彼にとっては週に二度しか着ない服であり、その特別さは普通の人間以上のものになっている。
 だがその見た目は、他人が見てもさほど特別な服装には見えてこない。大文字のアルファベットによる単語が書かれた、色あせた青のTシャツに、同じように白い部分が目立ち始めた青いジーンズ。靴も灰色にくすんでいる子供用の白い運動靴に、財布とスマートフォンを入れたらほかに大きめのものを入れる余裕がない小さな肩掛けのポーチと、娯楽施設より近所の公園のほうがマッチしている服装だった。唯一きれいなものを用意できたのは、朝方に洗面台の前で寝ぐせを直すことができた黒い髪だけだった。
 そんなみすぼらしい服しか用意できなかったが、ツバサの心はひっそりと興奮していた。今までの彼にとって、休日とは決して骨休めの日ではなかった。学校と塾が出してくる宿題は、普通の学校の宿題より、量も難易度も頭一つ上だった。そこに自分の母親が、追加でそ
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