カゴの中のツバサ

九十九光

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#11ー1

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 七月八日の一件以来、いよいよツバサの生活はカナコ一色になった。
 朝目が覚めて真っ先に思い描くのは、にこやかに微笑むカナコの顔。昼間学校で授業を聞きながら考えることは、優しく語り掛けるカナコの声。夜眠りについてみる夢は、衣服を脱ぎ去ったカナコの姿。
 ツバサは寝ても覚めてもカナコのことしか考えられなくなり、ほかのことがどうでもよく感じるようになった。
 学校では、昼休みになった途端、あまり人気のない四階のトイレの個室へ駆け込み、そこでスマートフォンを取り出してカナコとのLINEに没頭した。校内で携帯機器に触ることは、A学院小学校のみならず大半の小学校で校則違反になる。ツバサは今まで手を付けたことがなかった地味で姑息な悪事をしてでも、カナコと何らかの形でやり取りをするようになっていた。言わずもがな、授業の内容などまったく頭に入っていなかった。
 いじめについては、七月十五日の昼休みを最後に、ツバサに直接何か害を与えるようなことをする者は、誰一人いなくなることとなった。無論、教員たちの涙ぐましい努力と怒りの言葉が生徒たちに通じたからではない。
 この日の二時間目と三時間目の間の休み時間の出来事である。
「イイダ……! それどこで拾ってきたんだよ。」
 ツバサが出て行っている間、彼の教室では一人の男子生徒をクラスの残り全員が囲っていた。
「これ? 通学路で見つけて鞄の中に入れてた。」
 囲まれている男子生徒がプリント越しに手で持っていたのは、車にひかれた野良猫の死体だった。体の中心を走る背骨と肋骨が粉々に砕け、虎柄模様の毛が泥と血で汚れ、吐き気を誘発しそうな悪臭を教室全体に広げていた。
「アイダがなんか臭いって言ってたのって、それのせいじゃね?」
「そんなことよりよ。これ、ツバサの机に入れてやろうぜ。」
 猫の死体を持つ生徒が提案すると、ほかの生徒の大半がそろって嫌悪感示す表情をした。この普通なら一生もののトラウマになるであろう悪質極まりない行為には、今まであの手この手でツバサに手を出してきた生徒たちも、さすがに遠慮がちになっていた。
「じゃあ俺一人でもやってやるよ。お前らよく見てろよ。」
 そんなにない時間に追われて、猫の死体を持つ生徒は単独行動を宣言した。
 早くしないとツバサの奴が戻ってくる、と言いたげに、彼は自分を囲む生徒を押し退けた
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