和製切り裂きジャック

九十九光

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#8-2

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 こうして私が古本屋の通路を歩いていると、日本人作家の作品が作者別に五十音順に並んでいる小説コーナーで一人の女性を見つけた。後ろ姿を見た感じは若く、染めたらしい長いブラウンの髪をしている。百七十センチ強はありそうな長身(ちなみに私は百六十センチもない)で、白いブラウスにレモン色のキュロットスカート、ヒールのあるサンダルみたいな靴という、この時期にその恰好はまだ寒くないかと言いたくなるような恰好をしていた。コートくらい羽織っていてもよさそうなものを。
 なんの気なしにその女の人を見ていると、彼女は私から三メートルくらい離れたところで左の横顔をこっちに向けて腰をかがめた。二重まぶたに日本人としては平均以上、白人と比べると低い鼻をした、世間一般が美人と呼ぶであろう優しそうな顔をしている。この人は背表紙を上にして入っている、棚の一番下にある本に用があるみたいだった。
 そうしてその女の人が一冊の本を手に取ったちょうどその時、女の人のスマホがスカートのポケットから落ちていった。スマホケースに入っていない、やたらごつい見た目に何かのストラップが結ばれている、黒色のスマホだ。そのスマホは間違いなく、カンという乾いた音を出して白い床に落ちた。
 だが女の人はそれに気づいていない様子で立ち上がり、そのまま何事もなかったように手にした本のページをめくり始めた。イヤホンで音楽を聴いていたわけでもないのだから音で気づきそうな気もするが、まるでスマホが落ちたことに気づいていない様子だった。
「そこの人。スマホ落としましたよ」
 私は思わずその人に声をかけた。
 だが女の人はこれにも気づいていないみたいだった。コントで人の話をシカトする人みたいに、こっちに視線を向ける気がまったく感じられない。
 なんだかほっとけない感じになって、私は観察地点から移動した。そして犬のキャラクターのストラップがついたスマホを拾って改めて声をかける。
「スマホ落としましたよ」
 これでさすがに私に気づいたらしく、女の人は驚いた様子を表情に見せて私の手からスマホを受け取った。
 スマホの液晶が簡単にひび割れることは、「俺は一生そんなチャラいものは使わんぞ」といううちのパパみたいな人でなければ誰でも知っているだろう。私も長いこと機種変しながらスマホを使い続けたのだが、誤ってアスファルトに一回落としただけで液晶がひびだらけになってしまったことが何度かあった。
 だがこの女の人のスマホの液晶にはひびが一切入っていなかった。ぶつけた部分のプラスチックが少し傷ついているだけで、画面にはまるで傷がついていなかったのだ。こんなに頑丈なスマホは初めて見たかもしれない。
 女の人は申し訳なさそうな顔をして、ペコリと頭を下げて私にお礼の気持ちを伝えてきた。小声で「ありがとうございます」と声に出すこともなかった。
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