和製切り裂きジャック

九十九光

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#14ー8

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 確かにあの人は私が出会った人の中でもトップクラスに話が合ったし、橋本さんが行方不明になったと知ってから、前に交換したLINEのアドレスに何度か連絡を入れたし、それが帰ってこなかった時にいたたまれない気持ちになったのは確かだ。でもこれだけで私が橋本さんのことが好きだと断言するのはいくらなんでも気が早すぎると思う。そもそも、一回しか会ったことがなくて、耳の聞こえない妹さんがいる生き字引な刑事という情報以外何も知らないこの人を、どうやったら一回話しただけで好きになるというのだ。見切り発車を繰り返して矛盾だらけになった週刊連載の漫画でも、こんないい加減な人間関係を描くとは思えない。それこそ私が面食いでもない限りありえない話だと思った。私は、自分が人を好きになるには、間違いなく何度も顔を合わせて相手の人格を明確につかまないと無理だと考えていた。
 確かに私は橋本さんに関して無知すぎる。あの人の生まれ故郷も、誕生日も、味の好みも知らない。なぜ実の両親を頼らずにたった一人であの妹さんを世話し続けたのか。なぜ妹さんの近くじゃないとあんなにも愛想が悪くなるのか。なぜ私のパパも含めて、仕事仲間の誰にも自分の家の事情を説明していなかったのか。それら、橋本さんを知るうえで必須とも言える様々な行動の理由を、私は何一つ知らなかった。それ以前に、私が橋本さんに関して知っている情報の大半は、本人、もしくはあの人の周囲にいた人たちが口頭で伝えてきただけの情報だ。私は職場でのあの人も、自宅でのあの人も、旅行先でのあの人も、何一つ自分の目で見ていなかった。周囲の人たちの話は、本心をさらけ出さない橋本さんの性格を考えれば、偏見に満ち溢れたものだったと容易に想像できる。うちのパパがいい例だ。本人が実際に私に向かって口にした話だって、考えてみるといくらでも嘘をつける状況だった。私には橋本さんの言ったことに対して裏を取る方法はないし、横にいた楓さんは聴覚障がい者だ。橋本さんが口で言った嘘をその場で訂正することができないので、橋本さんは口で言う分にはいくらでも嘘がつけた。それどころか、楓さんから手話で伝えた情報も、結果的には橋本さんが私に教えた情報に過ぎなかった。たとえ楓さんが何を言おうとも、それを私に伝える橋本さんは、そのタイミングで嘘の情報にすり替えることはできたのだ。そうなると、あの人と楓さんが兄妹だったという話すら怪しくなる。『私が』どころの話ではない。誰一人として、橋本さんの正確な姿を知っている人がいないのだ。再三パパから話を聞かされ、実際に橋本さんと面識とある人と話をしたのに、橋本さんはまったく素性がわからない人だったのだ。
 ……。なんだかおかしな話になってきた。
 橋本さんは謎が多すぎる人だ。定時帰宅が当たり前のあの人が、実際に県警本部を出た後で何をしているかを知っている人は、現在私が知っている情報のうえでは、亡くなった楓さん以外誰もいない。メディアの報道だと、その楓さんはストーカーという形で誰かから監視されており、そのうえで誰かに殺されたのだ。そしてその直後に、楓さんのお兄さんである橋本さんが行方不明になったのだ。
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