和製切り裂きジャック

九十九光

文字の大きさ
81 / 166

#14ー8

しおりを挟む
 確かにあの人は私が出会った人の中でもトップクラスに話が合ったし、橋本さんが行方不明になったと知ってから、前に交換したLINEのアドレスに何度か連絡を入れたし、それが帰ってこなかった時にいたたまれない気持ちになったのは確かだ。でもこれだけで私が橋本さんのことが好きだと断言するのはいくらなんでも気が早すぎると思う。そもそも、一回しか会ったことがなくて、耳の聞こえない妹さんがいる生き字引な刑事という情報以外何も知らないこの人を、どうやったら一回話しただけで好きになるというのだ。見切り発車を繰り返して矛盾だらけになった週刊連載の漫画でも、こんないい加減な人間関係を描くとは思えない。それこそ私が面食いでもない限りありえない話だと思った。私は、自分が人を好きになるには、間違いなく何度も顔を合わせて相手の人格を明確につかまないと無理だと考えていた。
 確かに私は橋本さんに関して無知すぎる。あの人の生まれ故郷も、誕生日も、味の好みも知らない。なぜ実の両親を頼らずにたった一人であの妹さんを世話し続けたのか。なぜ妹さんの近くじゃないとあんなにも愛想が悪くなるのか。なぜ私のパパも含めて、仕事仲間の誰にも自分の家の事情を説明していなかったのか。それら、橋本さんを知るうえで必須とも言える様々な行動の理由を、私は何一つ知らなかった。それ以前に、私が橋本さんに関して知っている情報の大半は、本人、もしくはあの人の周囲にいた人たちが口頭で伝えてきただけの情報だ。私は職場でのあの人も、自宅でのあの人も、旅行先でのあの人も、何一つ自分の目で見ていなかった。周囲の人たちの話は、本心をさらけ出さない橋本さんの性格を考えれば、偏見に満ち溢れたものだったと容易に想像できる。うちのパパがいい例だ。本人が実際に私に向かって口にした話だって、考えてみるといくらでも嘘をつける状況だった。私には橋本さんの言ったことに対して裏を取る方法はないし、横にいた楓さんは聴覚障がい者だ。橋本さんが口で言った嘘をその場で訂正することができないので、橋本さんは口で言う分にはいくらでも嘘がつけた。それどころか、楓さんから手話で伝えた情報も、結果的には橋本さんが私に教えた情報に過ぎなかった。たとえ楓さんが何を言おうとも、それを私に伝える橋本さんは、そのタイミングで嘘の情報にすり替えることはできたのだ。そうなると、あの人と楓さんが兄妹だったという話すら怪しくなる。『私が』どころの話ではない。誰一人として、橋本さんの正確な姿を知っている人がいないのだ。再三パパから話を聞かされ、実際に橋本さんと面識とある人と話をしたのに、橋本さんはまったく素性がわからない人だったのだ。
 ……。なんだかおかしな話になってきた。
 橋本さんは謎が多すぎる人だ。定時帰宅が当たり前のあの人が、実際に県警本部を出た後で何をしているかを知っている人は、現在私が知っている情報のうえでは、亡くなった楓さん以外誰もいない。メディアの報道だと、その楓さんはストーカーという形で誰かから監視されており、そのうえで誰かに殺されたのだ。そしてその直後に、楓さんのお兄さんである橋本さんが行方不明になったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】 ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る―― ※他サイトでも投稿中

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...