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#19ー7
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なかった。このやるせない気持ちがついに、経験のある年配の教師陣からも日々の指導への熱を奪っていった。楓が六年生になる頃には、いじめの問題は完全に放逐された。
その頃の隆は、同級生とは誰ともつき合うことはしなかった。学校でも誰かと口を利くことをしなくなり、自ら進んで孤立する道を選んでいた。その代わりと言わんばかりに、彼は家では徹底して楓のそばにい続けた。小学校前まで同様、遊び相手になるのはもちろんのこと、勉強も可能な範囲で教えてやるようになった。学校で一緒にいてやれなくなった分を補うように、彼はできるだけ長い時間楓と過ごすことを心掛けていた。
そんな生活は、隆から人との接し方を忘れさせると同時に、楓の変化への敏感さを与えていった。
楓が笑うことが日増しに少なくなっていたのだ。何をしていても楽しくなさげに下を向き、物思いにふける顔をするようになっていった。学校での出来事は、明らかに楓から喜ぶ感情を奪っている様子だった。隆がこの現実から逃げるように、父親が溜め込んでいたミステリー小説に手を出し始めたのも、ちょうどこの時期くらいからだった。
そして楓の中学進学が近づくと、藤木家の夫婦にも亀裂が入りはじめた。
「もう楓が普通の学校に行くのは無理だ! 中学からはろう学校に通わせよう!」
「ダメよ、そんなの! そんなところで楓が自分の力を伸ばせるはずがないわ!」
仲のよかった夫婦は兄妹の目の前で頻繁に言い争いを起こすようになっていった。
「障害者用の学校なんか行ったら、一生障害者のレッテルを背負うことになる! そんなことになって楓が幸せになれるはずがないわ!」
「耳が聞こえなくても幸せになれる方法はある! だからろう学校に行かせよう!」
二人の意見は平行線をたどるばかりだった。楓の中学入学までの時間だけが刻一刻と迫るだけで、どちらかが折れるようなことは決してなかった。
隆はその光景を、少し離れた場所から見ているしかなかった。「楓本人に聞いてみよう」と言える余裕すらないほど、日増しに二人は荒れていったのだ。
中学校、ろう学校に行きたい?
隆は個人的に楓にそう質問したことがあった。その時彼女はこう答えた。
学校なんか行きたくない。
夫婦は口論の末、楓の卒業式を迎えることなく離婚した。兄妹の親権は母親が取り、父親が二人合わせて月十二万の養育費を支払うことで合意した。兄妹はどちらとともに行きたいかの選択肢も与えられないまま、母親の旧姓である橋本に苗字を変えた。
こうして二〇〇二年、楓は名古屋市内の市立中学に進学させられた。
父親との縁が切れたことと、小学校の六年間で成果なしと考えられたことで、市や会社は機材や資金の援助を断ち切った。これは隆の母親にとっては痛手だったが、小学校の頃に世話になったサラリーマンが会社を辞め、引き続きパソコンテイクをしてくれることになった。金の問題は、生活資金を節約することでどうにか賄え、ひとまず楓への支援は小
その頃の隆は、同級生とは誰ともつき合うことはしなかった。学校でも誰かと口を利くことをしなくなり、自ら進んで孤立する道を選んでいた。その代わりと言わんばかりに、彼は家では徹底して楓のそばにい続けた。小学校前まで同様、遊び相手になるのはもちろんのこと、勉強も可能な範囲で教えてやるようになった。学校で一緒にいてやれなくなった分を補うように、彼はできるだけ長い時間楓と過ごすことを心掛けていた。
そんな生活は、隆から人との接し方を忘れさせると同時に、楓の変化への敏感さを与えていった。
楓が笑うことが日増しに少なくなっていたのだ。何をしていても楽しくなさげに下を向き、物思いにふける顔をするようになっていった。学校での出来事は、明らかに楓から喜ぶ感情を奪っている様子だった。隆がこの現実から逃げるように、父親が溜め込んでいたミステリー小説に手を出し始めたのも、ちょうどこの時期くらいからだった。
そして楓の中学進学が近づくと、藤木家の夫婦にも亀裂が入りはじめた。
「もう楓が普通の学校に行くのは無理だ! 中学からはろう学校に通わせよう!」
「ダメよ、そんなの! そんなところで楓が自分の力を伸ばせるはずがないわ!」
仲のよかった夫婦は兄妹の目の前で頻繁に言い争いを起こすようになっていった。
「障害者用の学校なんか行ったら、一生障害者のレッテルを背負うことになる! そんなことになって楓が幸せになれるはずがないわ!」
「耳が聞こえなくても幸せになれる方法はある! だからろう学校に行かせよう!」
二人の意見は平行線をたどるばかりだった。楓の中学入学までの時間だけが刻一刻と迫るだけで、どちらかが折れるようなことは決してなかった。
隆はその光景を、少し離れた場所から見ているしかなかった。「楓本人に聞いてみよう」と言える余裕すらないほど、日増しに二人は荒れていったのだ。
中学校、ろう学校に行きたい?
隆は個人的に楓にそう質問したことがあった。その時彼女はこう答えた。
学校なんか行きたくない。
夫婦は口論の末、楓の卒業式を迎えることなく離婚した。兄妹の親権は母親が取り、父親が二人合わせて月十二万の養育費を支払うことで合意した。兄妹はどちらとともに行きたいかの選択肢も与えられないまま、母親の旧姓である橋本に苗字を変えた。
こうして二〇〇二年、楓は名古屋市内の市立中学に進学させられた。
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