和製切り裂きジャック

九十九光

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#19ー9

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手席に乗り、楓は後部座席で小さくうずくまっていた。バックミラー越しに妹を見る隆には、楓がおびえているように見えた。耳が聞こえず声も出せない楓は、その代わりに健常者とは比べられないほど、音声以外からの情報収集に長けていた。隆は、楓はこの健聴者には分からない感覚で嫌な予感を感じているのだと理解した。そう思うと、ようやく暖かくなる兆候が見られるこの時期に、体中が不快な悪寒に襲われた。
 車は岡谷のジャンクションで高速を降り、そのまま東に向かって進んでいく。運転する母親の顔は、明らかに優しい良妻賢母という雰囲気とはかけ離れていた。隆にはこの女が、自分と楓を産んでここまで育ててくれた母親には、とてもじゃないが見えなかった。
 やがて車は、『ようこそ信州八ヶ岳 小海町へ』という看板の前を通過した。周辺は名古屋市では絶滅危惧種扱いの田園地帯であり、看板は田んぼのあぜ道の一角に、鉄骨の根本を錆びつかせて立っていた。自分たちと一緒に走っているのは、諏訪ナンバーの一般の乗用車か、どこからか来た観光バスくらいだった。この町はいわゆる過疎地域と呼ばれる町で、この年にはすでに人口が六千人を下回っている場所だった。
 数十分もすれば名古屋市でも端の地域で見られるような市街地に出たが、それもすぐに終わって田畑に戻った。さらにそこから数十分走ると、それすら見つけるのが難しい山間の道に入っていった。隆がバックミラーで確認すると、楓は先ほどと同じように体を丸めていた。かろうじて見ることのできた彼女の瞳は、何かを察して怖がっているようだった。
 そうこうしているうちに、車は山と山に挟まれた場所にある小さな集落に到着した。家と家の間隔が五百メートルは離れているのではないかと思うような散居村であり、駐車されている車も、泥が跳ねてついたままのワゴン車か軽トラックばかりだった。
 そして車は片田舎にある家の一つの敷地に入り、家の玄関前でエンジンを切った。地面は根元から枯れてほとんど禿げている芝生であり、立っている家は錆びたトタンの壁の一部から朽ち果てた漆喰が見える二階建てだった。
 そこからの展開はあっという間だった。
 訳が分からない隆と楓が車から降りずにいると、運転席から降りた母親が後部座席のドアを開け放った。そして彼女は、隆たちが疑問を投げかける暇もなく、何も言わずに楓の腕を引っ張り始め、無理矢理に降ろそうとし始めた。それに対して楓は、拒否を示すうなり声をあげ、シートベルトを片手でつかんで抵抗した。
「何してんだよ、母さん!」
 隆も助手席から飛び出し、母親の腕を楓から引きはがそうとする。
 隆は理解できなかった。自分の母親が、何が目的でこんなことをしているのか、まるで見当がつかなかった。体を走る嫌な予感に任せて、考える前に体が動いていた。
「何しとる、三波!」
 隆の後ろから、年を取った女性らしい声が一つ聞こえてくる。彼が声のするほうに目をやると、その玄関の引き戸を開けて出てきた、割烹着姿の腰の曲がった老婆が一人立って
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