和製切り裂きジャック

九十九光

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#19‐14

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 そんな彼を踏み留まらせたのは復讐心だった。
 警察という地位と力を使って、和製切り裂きジャックをこの手で捕まえ、その罪を償わせる。そんな新しい生きる意味が、自殺願望を持つ自分を幾度となく殺したのだった。
 そして最終的な結果は、自分の無力さの痛感だった。自らの推理は真犯人にかすりもせず、二週間という時間を無駄なものにしただけ。偶然現場に居合わせた一般人が取り押さえていなければ、事件解決がいつになっていたか分かったものではなかった。
 しかも今回の犯人は楓一人を殺したわけではない。そのほかにも九人を殺し、自分の父親の死を隠して年金の不正受給も行っている。これだけの罪を重ねれば、被害者遺族がわざわざ声を上げずとも死刑判決が出ることは間違いなかった。橋本は、自分にはもうあの殺人鬼に復讐する機会は存在しないと、一人勝手に考えていた。
気がつくと橋本は、藤が丘の駅を下車し、人工的な明かりが灯る駅前のアーケード街に出ていた。
 橋本の目には、周囲にたたずむあらゆる建物、コンビニもパチンコ屋もスーパーマーケットも百円ショップも、目に映る光すべてが、寸分たがわずまったく同じものに見えていた。日本人ばかりの社会で生きてきた人間が大勢の白人が映る映像を眺めても、性別や大雑把な年齢以外の個々の違いが分からない。彼は今、それに近い現象に襲われていた。
 気がつくと橋本は、自宅のあるアパートの前に来ていた。やって来た人間を出迎える石造りの正門は、乾いたコケみたいなものがあちこちにこびりつき、そこを照らす外灯の中には、どう入り込んだか分からない小さな虫の死骸が数匹溜まっていた。建物前の駐車場には、つい先日まで最低一台はあった警察車両がすべてなくなっていた。
 気がつくと橋本は、このアパート最上階の角部屋である、410号室のドアの鍵を開けていた。前にスマートフォンにきた、『前の部屋は特殊清掃の都合でしばらく使えなくなるので、それまで410号室を使ってください。』という氷川のメールに、橋本はそのままその部屋に住所を変更すると伝えていた。
 気がつくと橋本は、その部屋のリビングにいた。明かりをつけずに室内を見渡すと、ご丁寧に以前の部屋に置かれていたテレビなどの家具が、以前の部屋の配置通りに置かれていた。氷川がやってくれたことはすぐに察しがつく。独身の一人暮らしの男が暮らしていくには充分な準備がされた空間だった。
 気がつくと橋本は、リビングを出て和室の中にいた。この部屋は畳のイグサを押しつぶすものが何もない、殺風景な空間になっていた。以前の部屋にあった家具が、すべて楓の血でダメになったからだった。
 気がつくと橋本は、再びリビングに戻っていた。彼はこの空間に、居心地の悪さを感じていた。
 自分の帰りを楽しみに待っていてくれる人がいない。二つの椅子があるテーブルの、もう一方の椅子に座ってくれる人がいない。複数ある食器を有効活用してくれる人がいない。
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