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#24ー3
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「橋本さんの知り合いの方でしたか。ちょっと言葉は悪いですが、あの人にこんな若い女性の知り合いの方がいたんですね」
女の人がほうれい線の男の人の手話を訳した。正しい反応だと思う。
その後、このほうれい線の男の人は、「お悔やみ申し上げます」とか、「あなたも色々と大変でしょうけど……」とか、私のことを橋本さんの恋人か何かと勘違いしているような言葉を続けてきた。私はいちいち否定するのも面倒だったので、何も言わずにそのままうなずきながら話を聞いておいた。
男の人はそのままの流れで、犯行時刻時に不審な物音や振動を感じた人はいなかったから、誰も事件のことに気づかなかったこと、犯行当夜に怪しい車や不審者の目撃情報もなかったから驚いたことを、事件に関する個人的な感想のついでに教えてくれた。まあ、これくらいのことは予想できていたが。
最後にほうれい線の男の人は、「これから先、何かとつらいことがあるかもしれないけど、いつまでも亡くなった彼氏さんのことを思ってくよくよしちゃダメだよ。前を向いて歩いて行かないと、天国の彼も成仏できないよ」と言ってきた。これは完全に勘違いをしている筋だ。ちょっと涙ぐんでいるから間違いない。
「それじゃあ私、一度大家さんに挨拶してから帰りますんで」
長くここに留まることに気まずさを感じた私は、そう言ってさっさとこの場から離れてしまおうと思った。
その時、車椅子の人が再びアーアーとうなり、何か言いたいことがあることを伝えてきた。「どうしたの、山田さん。話したいことあるの?」と、女の人が五十音のプレートを、山田さんと呼ばれた車椅子の男の人の手元に持っていく。私も別れの挨拶でもしたいのだろうと思い、山田さんの目線になるようにかがんで待機した。
だが今回の山田さんの発言は、『こんにちは』みたいにすぐ理解できるような長さではなかった。明らかに長い一つの文章を伝えようとしており、さすがにこれは、私どころかほうれい線の男の人も、話の内容をすぐには理解できなかった。
「明らかに長文ですけど、なんて言ってるんですか?」
通訳のためにプレートを見つめ続けている女の人に、私が同じように覗き込みながら質問する。女の人はその質問の数秒後に顔を上げて、口頭と手話に直して山田さんの発言を翻訳した。
「『その日の帰りに、金髪の男の人がそこの階段を下りて行きましたよ』って言ってます」
驚いた様子を隠せないでいる女の人の顔を見て、私もほうれい線の男の人も目を丸くした。なんと山田さんは事件当日に、このアパートで不審人物を目撃したと言うのだ。
すぐにほうれい線の男の人が、この山田さんの目撃証言に補足説明をしてくれた。
この二人は、名古屋市にある障がい者音楽団の中で知り合った囲碁の愛好家で、月に一度はこうしてこの男の人の家に集まって碁を指すのだとか。犯行当夜も晩ご飯のついでに
女の人がほうれい線の男の人の手話を訳した。正しい反応だと思う。
その後、このほうれい線の男の人は、「お悔やみ申し上げます」とか、「あなたも色々と大変でしょうけど……」とか、私のことを橋本さんの恋人か何かと勘違いしているような言葉を続けてきた。私はいちいち否定するのも面倒だったので、何も言わずにそのままうなずきながら話を聞いておいた。
男の人はそのままの流れで、犯行時刻時に不審な物音や振動を感じた人はいなかったから、誰も事件のことに気づかなかったこと、犯行当夜に怪しい車や不審者の目撃情報もなかったから驚いたことを、事件に関する個人的な感想のついでに教えてくれた。まあ、これくらいのことは予想できていたが。
最後にほうれい線の男の人は、「これから先、何かとつらいことがあるかもしれないけど、いつまでも亡くなった彼氏さんのことを思ってくよくよしちゃダメだよ。前を向いて歩いて行かないと、天国の彼も成仏できないよ」と言ってきた。これは完全に勘違いをしている筋だ。ちょっと涙ぐんでいるから間違いない。
「それじゃあ私、一度大家さんに挨拶してから帰りますんで」
長くここに留まることに気まずさを感じた私は、そう言ってさっさとこの場から離れてしまおうと思った。
その時、車椅子の人が再びアーアーとうなり、何か言いたいことがあることを伝えてきた。「どうしたの、山田さん。話したいことあるの?」と、女の人が五十音のプレートを、山田さんと呼ばれた車椅子の男の人の手元に持っていく。私も別れの挨拶でもしたいのだろうと思い、山田さんの目線になるようにかがんで待機した。
だが今回の山田さんの発言は、『こんにちは』みたいにすぐ理解できるような長さではなかった。明らかに長い一つの文章を伝えようとしており、さすがにこれは、私どころかほうれい線の男の人も、話の内容をすぐには理解できなかった。
「明らかに長文ですけど、なんて言ってるんですか?」
通訳のためにプレートを見つめ続けている女の人に、私が同じように覗き込みながら質問する。女の人はその質問の数秒後に顔を上げて、口頭と手話に直して山田さんの発言を翻訳した。
「『その日の帰りに、金髪の男の人がそこの階段を下りて行きましたよ』って言ってます」
驚いた様子を隠せないでいる女の人の顔を見て、私もほうれい線の男の人も目を丸くした。なんと山田さんは事件当日に、このアパートで不審人物を目撃したと言うのだ。
すぐにほうれい線の男の人が、この山田さんの目撃証言に補足説明をしてくれた。
この二人は、名古屋市にある障がい者音楽団の中で知り合った囲碁の愛好家で、月に一度はこうしてこの男の人の家に集まって碁を指すのだとか。犯行当夜も晩ご飯のついでに
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