イレブン

九十九光

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♯2ー10

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一礼するという、どこで教わったのかと思うほど丁寧な所作をして壇上に上がった。

 内田が壇上に上がると、佐久間校長はニッコリと微笑みながら彼に向かって右手を差し伸べる。「よく来てくれたね。ありがとう」の意を込めた握手のためだろう。

 しかしこの内田平治はほかの被災者たちとは次元が違うのだ。優しく温かく接すれば必ず心を開いてくれるわけではないのだ。

 内田はこの佐久間校長からの握手を無視すると、迷うことなくスタンドに設置されたマイクを取り、全生徒、全教員に向かって、あの冷たく恐ろしい言い回しでこう述べた。

「宮城県仙台市から来ました、内田平治です。先月の地震で住んでいた家と学校を失い、父方の祖父母がいるこの愛知県知多市に来ました。先ほどの話にもありましたが、僕はこの地震で、唯一の家族だった父親と学校の教師と生徒のほぼ全員を失いました。ですか、それが理由で傷ついているとかは微塵もありません。僕は小学校三年生の時にその父親に、無理矢理お尻の穴に勃起した陰茎を挿し込まれ、地震で死ぬまでそれを強制されてきました。学校では、小、中ともにそれが理由でいじめを受けていました。ホモだホモだと後ろ指をさされ、学校の先生も近所の人たちも、僕のことを面倒な存在と考えていました。こんなクソみたいな人間が死んだところで悲しくもなんともないので、僕の心は傷ついてはいません。ですがこれら死んだ人たちの生前の行いが理由で、僕は人間が大嫌いになりました。この学校で心機一転して友達を作ろうなんてまったく考えていません。ですので皆さん、誰も僕に話しかけないでください」

 堰を切って勢いよく流すようにしゃべった内田は、一通り言いたいことを言い終えるとマイクをスタンドにはめ込み、その場で一礼をしてから元のルートをたどって二組の列に戻ってきた。

 生徒も教員も、誰もこれに対して発言してリアクションを取らなかった。放送事故待ったなしの発言を、それも今日初めて会ったばかりの生徒からされたところで一体なんて言葉を返せばいいのか分からないという気持ちは、全人類が共有できるものだろう。

「え、えー……。続きまして、校歌斉唱。生徒、起立」

 司会進行役の佐藤先生の指示で、生徒たちは動揺しながらもその場に立ち上がった。

私も急いで壁際に移動し、邪魔にならないようにする。本当に嫌な役割を任されてしまったものだ。人選担当の山田先生が嫌いになりそうだ。
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