イレブン

九十九光

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♯3ー4

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はないか? そこに音感のレベルまで問われるとなると、一緒にトイレ行こうよみたいに誘うには少し無理があるのではなかろうか。そんな考えが横で聞いている私の中で、口に出さずに静かに込み上げてくる。

 そして内田は、善意と教師の義務が入り混じった天草先生の発言に、やはりこのように切り返してきた。

「半年だけ部活に入ることになんの意味があるんですか?」

 ほら、予想通りだ。この少年、自分のクラス担任以外にも容赦がない。

 天草先生はその後も、「そんなこと言わずにさあ……。かわいい女の子いっぱいいるよ?」とか、「お願いだから入ってよー。うちの部活、男子が新一年生一人しかいなくてさー。かわいそうだとは思わない?」とか、あの手この手で勧誘を続けた。しかし内田はそのいずれに対しても、「興味がありません」「なんのための男性の顧問なんですか」と、少ない言葉数で的確に対応して見せた。

「内田! 先生に対してなんだその口の利き方は!」

 この押し問答が一分ほど続いたところで、横にいた小林先生が職員室全体に響き渡りそうな声量で内田を叱責する。同時に室内にいた全職員がこちらに注目の視線を向けてきたが、ここでの勤続年数の長い順に視線を元に戻して自分の作業を再開した。

 まだつき合い始めて一か月も経っていないが、内田平治の肝の座り具合は尋常じゃないと感じさせられる。怒られて成長するという経験が少ない彼と同世代の子供たちは、教師の誰かが怒鳴り声を上げれば基本的に静まり返ってしまうものだ。それも、小林先生と出会って間もない人であればなおさらである。だがこの内田という生徒は、この学校で五本の指に入る怖い先生に対しても態度を一変させないのである。

「なんですか? 先生だから偉いとでも言うんですか? 何かあったらすぐ声を張り上げて、常日頃から同僚の間でも先生って呼び合って威厳があるように見せて。その程度の表面だけの威厳に、どうしていちいち頭を下げないといけないんですか? 本当に尊敬してもらえる先生になりたかったら、態度だけじゃなくて行動でも示してほしいです」

 本当にこの子供、中学三年生なのだろうか。なんで私たちが同僚の間柄でも先生と呼び合う理由の一つを知っているのだ(ほかにも、若い先生に自信をつけてもらう、同業者として尊敬し合っている証など、色々な理由がある)。

「あんた、いい加減にしなさいよ! 被災者で父親から虐待されてて、前の学校でいじめられてたからって、なんでもかんでも許されると思ってたら」
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