イレブン

九十九光

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♯3ー6

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言葉がほしいらしかった。

 例を挙げれば、今月の十一日の昼休み。何をするでもなく自分の席に座っていた内田に、孫入花奈(そんにゅう はな)という女子の学級委員が「学校に慣れた?」と声をかけた。仕掛け人は小林先生で、一日も早く学校になじめるように声をかけてあげてほしい、と、お願いしたらしいのだ(こういう要望は普通担任がやるものだと思うのだが)。そしてこれに対して内田は、「別に誰かと仲良くするつもりもないんで、ほっといてください」と、開口一番会話を断ち切ったのである。こんな冷たい発言にもめげず、真面目な性格の孫入は様々な観点から話を始めようと声をかける。しかし内田は、それらすべてに対して話題を打ち切るように切り返し、最後には、「先生に頼まれて声かけに来たんですか? そういうのやめてほしいんですけど」と、残酷な言葉でとどめを刺したのである。さすがにこれで孫入の心も折れ、教師用のデスクから様子を見ていた私に泣きついてきた。よくやったとしか言えなかった。

 教師陣が直に攻め込んだ事例もある。

 理科の新貝先生が授業中に自分がなかなか結婚できないという自虐ネタで笑いを取ろうとした時、彼はノーリアクションで頬杖を突いていたという。国語の佐藤先生が『い』抜き言葉の問題の例文で、漫画『ジョジョの奇妙な冒険』に出てくる岸部露伴というキャラクターのセリフの一つを丸ごと引用してきたというが(版権の都合上その例文をそのまま載せることはできない)、内田は頬一つ緩めずに『思ってる』を『思っている』に訂正したという。音楽の天草先生も、得意の長話を授業最初の二十分ほどの時間を使って披露するが、「早く授業に入れよ」と言いたげな表情を終始していたと報告してきた。

 こうして(私を除く)東中教師陣は、なんとかして内田平治の心を開こうと、四月いっぱいまであの手この手を使い、一人残らず玉砕していったのである。いずれの先生方も、「どうすれば内田君、笑ってくれるのかな?」と、敗戦後に職員室で私に質問してきた。教師の鏡と呼ぶにふさわしい発言であり、諦めが悪いとしか言いようがない(実際に口に出してはいないが)。

 そんな変化に乏しいくせに目まぐるしい日々が過ぎていき、四月二十八日。修学旅行に関する意見が(表向きの)一番の争点となりうるであろう、PTA総会の日がやってきた。

 この時期のPTAの会議は、新担任の紹介と今年度予算の報告、そこに保護者に意識しておいてほしい事柄の説明や、臨時に話しておきたい議題の話し合いなどを行う場である。年間の回数は学校によって異なるが、東中の場合は年度の頭と末の年二回だ(何事もなけれ
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