イレブン

九十九光

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♯3ー8

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 この私の逃げの一手に対して信子さんは、「そうですか。では本日はよろしくお願いします」と言ってスリッパに履き替えて階段を上がっていった。その背中を見ていると、あと一か月くらいかと頭をよぎり、両肩に不快な重量感を感じる。

 こうして午後四時ジャスト。体育館に保護者五十人ほどと三十人足らずの教職員が集まり、今年度のPTA総会の一回目が幕を開けた。

 会は始業式同様、佐藤先生の進行でスムーズに進んでいった。佐久間校長の挨拶に始まり、私たちクラス担任の紹介、今年度予算の内訳の説明と、面白くもない内容が続く。

 そして保護者内での役員の押しつけ合いというのは、この手の会議の伝統行事である。学級委員みたいな面倒な役目の押しつけ合いは生徒の中でも珍しくないし、大人の職場でもプロジェクトリーダーの座を譲り合うことはよくあるだろう(普通の会社をまったく知らないので、完全な妄想なのだが)。

 しかし東中では、こういった役割はすんなり決まってくれる。今年度も、「PTAの会長の立候補者、および推薦がある方は挙手をお願いします」という佐藤先生の言葉に対して、「私がやります」と、一人の女性が手を挙げた。例のモンスターペアレントである、うちのクラスの松田里穂のお母さんである。

 松田家は知多市でもそれなりに有名な梅農園の経営者一族であり、大昔の遺産としか比喩しようがない、地主というやつだった。年寄りだらけの町内会や参加者がめっきり減った子供会で一定の発言力を持っているらしく、娘同様赤みがかった髪の毛をしているこのお母さん(たぶん生物学的な遺伝だと思う)も、東中で五年連続(松田里穂の二つ上の兄が東中にいた)PTAの会長をしている。

 田舎の中学校で権力集中なんてことを考える保護者はいないし、ベテランに任せたいという彼女らの総意と、教員がこの手の話に口出しできないという現実のおかげで、この一強体制は反対票一つ上がらずに可決された。

 その後は松田母が副会長や会計を次々と推薦していき、これも誰も文句を言うことなく決まっていく。こういうよその学校なら押しつけ合いになりそうな話し合いがスムーズに進んでくれるのは、この会が終わるまでうちに帰れない身としてはありがたい話だ。あとは、「子供の健康のためにプールの水は毎日取り換えてほしいです」なんてことをしつこく言ってこなければ完璧である(ちなみに本格的に水を入れ替えるのはお盆休みに一回だけ)。

 こうして午後四時四十五分頃。総会は今回の目玉である、修学旅行に関する意見提示に移っていく。
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