イレブン

九十九光

文字の大きさ
上 下
76 / 214

♯6ー7

しおりを挟む
 私は三人から視線を外し、質問をされた内田に視線を向けた。彼は相変わらずの無表情だ。あの面倒くさそうな質問にどう答えたのだろうか(答えていないだけかもしれないが)。

「内田、さっきこの三人から」

「先生! ゴミ捨てに行ってきます!」

 私の内田への質問を遮るように立川が声をあげ、井上と品川もそれに続いてそそくさとゴミ箱に向かって歩いていった。相変わらず嘘をつくのが下手な連中だ。あんたらが私のことを呼び捨てにしないで『先生』という時は、後ろめたいことがある時だと決まっている。

 そして事の真相は、私の言いかけた質問を早押しクイズでフライングするかの如く、意味を汲み取った内田が顔色一つ変えずに教えてくれた。

「立川さんが僕に、今度の休みに漫画の参考にしたいからうちに来て勃起した陰茎を見せてほしい、って言ってきました。あとの二人は半笑いでそれを止めてました」

 ストレートな回答に私が火照った顔を三人に向けると、彼女らはすでにゴミ箱から緑色のゴミ袋を引き抜いて室外へと逃走していた。

 と、ここまで二つの事例で挙げた通り、二組内で内田との距離を縮めようという動きが明るい性格の生徒を中心に活発化したというのが、あの事件以降の変化の概要である。

 詳しく説明したのは二つだけだが、こういった兆候が見られる現象はほかにも複数ある。例えば、給食の時間に嫌いなおかずを内田に押しつけた女子が、「ありがとー、平治くーん!」と、手を握りながらお礼を言う、休み時間に男子数人が、勉強を教えてくれと頼み込み、断られて「そんなこと言うなよー! じゃないとまたテストでクソみたいな点取って塾で怒られるー!」と、オーバーリアクションで泣きつく、などがある。

 簡潔に言えば、三年二組の生徒たちが、内田平治をほかの生徒と同様に扱うようになったのだ。仲間内で通じる冗談を、それが冗談だと明確に分かるようにしたうえで口にし、本人に極端な精神的苦痛を与えようという様子がなくなったのである。私がコミュ障でこういう経験が少なかったせいでうまく説明できてない感じがするが、ものを隠したり汚したりするようなことはなくなった、というだけで充分だろう。

 しかしそういう考えは、ほかの先生との間では共有されていなかった。

 六月七日火曜日。三日間かけて行われる家庭訪問の前日の話である。

「樋口先生、ちょっといいですか」

 帰りのホームルームの直後、職員室に戻ろうとした私に、カバーに入ったテニスラケットを持ち、衣替えでワイシャツ姿になった、クラスで三人しかいない皆勤の一人である原田が
しおりを挟む

処理中です...