イレブン

九十九光

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♯6ー8

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声をかけてきた(ちなみに残りの二人は孫入と内田)。

 私が振り返って確認した彼の表情は、どこか浮かない様子だった。少なくとも明るい話題ではなさそうだが、受験の心配をするにはまだ早い(こいつの成績なら県内の大抵の公立が視野に入りそうだが)。「どうしたの?」と、私はできるだけフランクな感じになるように意識しながら(本当にできていたかどうかは分からない)返事をした。

「平治君のことで、ちょっと相談が……。」

 内田のことで?

 意外な話題に私が首をかしげると、原田は表情そのままに話の内容を説明した。

「みんなが平治君のことを受け入れようとして、仲良くなろうとしてるっていうのは……」

「ああ。それなら分かってるよ。なかなか内田が心を開いてくれないから心配なの?」

「あ、それもなんですけど……。山田先生が……」

 原田の口から出てきたのは、意外な人物の名前だった。生徒からも人気なあの先生が、何かトラブルを起こすとは思えなかった。ますます話の全容が分からなくなった私は、「山田先生がどうしたの?」と、もう一度首をかしげた。

 切実そうな声で原田が言った。

「体育の授業中、平治君に話しかけようとすると、『内田にちょっかい出すんじゃない』って、しつこく言ってくるんです」

 ああ、そういうことだったか。

 私は原田の話を聞きながら、事の次第を理解した。

 彼が満足するまで一通り話を聞き終えると、私はまっすぐ職員室へ向かい、「山田先生、ちょっといいですか」と、剣道部の指導に行く間際の先生を呼び止めた。

「どうかしましたか、樋口先生」

「先ほど二組の生徒から、『内田にちょっかい出すんじゃない』ってしつこく言われたと、苦情が入りましたので……。それで」

 私は申し訳なさより緊張感を表に出して、いつもの灰色の運動着姿の山田先生に進言した。山田先生は紙が挟んである黒いクリップボードを片手に持ったまま、西側の出入り口から東側の出入り口まで歩いてきて、私にこう言ってきた。

「いや、校長から言われたんだよ。また何か問題が起きないように、内田君にほかの生徒を近づけさせないようにしてくれって」

 やはりそういうことだったか。
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