イレブン

九十九光

文字の大きさ
上 下
85 / 214

♯7ー6

しおりを挟む
 私はこのセリフだけで、実際の彼女の性格がいかなるものかがよく分かった。お金うんぬん以前に松田母の高圧的な態度に負けてしまった、と言わないところに、彼女のお人好し具合が見て取れる。

「それで、内田君本人は今どうなんですか。あのことが原因で傷ついたりとかは……」

 石井母は身を乗り出し、間接的に危害を加えた少年の身を案じる質問をぶつけてきた。

 これはこれで難しい話だ。何せ本人は大の人間嫌いを公表しており、今までそれ以外の一面を一度だって見せたことがない。感情が表に出てこないだけなのか、本気でそう考えているのかさえ、人によっては判別が難しい生徒なのだ。

「そうですね……。本人はさほど気にしていない様子ですけども……。いかんせん私ともあまり話してくれませんので、断言はできませんね」

 私は少し考えたあとで、現状のありのままを石井母に伝えた。さらに追加して、事件の真相発覚以来、二組の生徒たちの多くが彼との距離を縮めようとしていることも伝えた。

「そうですか……」

 私の話を聞いた石井母は、乗り出していた体を元に戻しながらそう吐露した。表情がまだ浮かないままなので、安堵しているのかどうかも分からない。

 暗い性格をしている者同士が共通の趣味以外の話をし始めると、こうも意思疎通に難が生じるものなのかと、この時の私は身に染みて感じていた。そういう意味では、松田母のような人との会話は、比較的コミュニケーションとしてはそれなりのレベルと言えるのかもしれない。もっとも、彼女の場合は自分の意見を全面的に押しつけるだけであり、こちらの意見はまるで反映させることができないのだが。

 こうしてお互いに、どんな話題をどんなタイミングで振ればいいかの読み合いの時間が始まった。外からの音も一切しない静かな室内で、私たちは数秒ほど無言で見つめ合う時間を過ごした。これが舞台演劇なら、お客さんが次の展開を早く進めろとやきもきしそうな時間だ。

 先にこの静かな時間を破ったのは石井母だった。

「内田君には、本当に申し訳ないことをしたと思っています。彼の気持ちは、私が一番分かっているはずだったのに……」

 このずいぶん意味ありげな発言に、私は顔を上げて、「どういうことです?」と、限りなく素に近い言葉で質問した。

 石井母がテーブルの上の木目に視線を向けながら答えた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

表裏

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

勇者様にいきなり求婚されたのですが

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:1,797

表裏

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

ボーダーラインまで、あと何点?

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:26

灰になった魔女

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

暗いお話

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

住所不定無職の伯父が、オカマさんのヒモになっていました!

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

処理中です...