イレブン

九十九光

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♯8ー6

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 なんだかんだ佐久間校長の方針に忠実に従う私は、横目で内田の様子を確認する。相変わらずの無表情で、何を考えてどこを見ているのかさえ分からなかった。余計なことだけは絶対に言ってくれるなと、私は心の中で願っていた。

 こうして意外とすんなりと身を引いてくれた信子さんのおかげで、その後の確認事項もスムーズに進んでくれた。それこそ、当時の時代背景を一身に背負っている生徒の家への家庭訪問がこれでいいのかと思うほど滞りなく進んでいった。

 最後に私は信子さんに、お約束となった二つの質問をしてみた。

「……。どうです、最近。名前じゃなくて、『おばあさん』みたいな親しげな感じで呼んでくれるようになりましたか?」

「いいえ。まだ『信子さん』『穣一さん』のままです。」

「……。内田君の進路なんですけども……。本人は以前行った進路希望調査で、『特になし』って答えていまして……。信子さん自身はどうお考えですか?」

「私は特に……。自分の息子は二人とも商業高校に進んでて、公立はどこにどんな高校があるとかさっぱり分かりませんし……。第一お金が……」

 こうして内田家への家庭訪問はほぼ平和的に終わってくれた。正直修羅場を覚悟していただけに、これで終わってくれて安心している。

 あとは、桐林や孫入などの極端に目立って悪さを働いていない生徒と、伊藤や井上などの特に問題を起こさない生徒の家に行くだけである。ここまでくると、あと少しで重荷から解放されるという達成感が目の前にやってきて、今まで以上に心の中が晴れやかになっていくのが感じられる(まだ原田からの進言が解決していないけど)。

 そして日本にはこういうことわざが存在する。一難去ってまた一難、だ。

 向かいの温室に停められていた自転車がすべてなくなっているうえに、石井と松田が内田庵の運転する銀色のワゴンカーの後部座席に乗り込んでいたのだ。そう、揃いも揃って私の言いつけを守らないでどこかへ行ってしまおうというのである。

「ちょっと、待ちなさい、あんたたち!」

 私はワゴンカーの窓ガラスを小突き、発進寸前の車を停めようとする。

 少し暗く見えるように加工してあるガラスの向こうでは、松田が窓を開けようとするのを隣にいる石井が手で制している。完全に私と話をする気がないようだった。

 それでも私は諦めずに二人に応答するように呼びかけ続ける。やっとの思いで問題解決の兆しを見つけたにもかかわらず、このまま雲隠れさせるのはまずいと考えたからだ。
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