イレブン

九十九光

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♯10ー11

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生徒がこちらを見つめてくる。それは非常に意外な人物だった。

「孫入か、あれ!」

「どうしてあの車に……!」

 私たちが車内でそんな反応をすると、何か恐ろしいものを察したように孫入は車の進行方向に視線を戻した。

 孫入花奈という生徒が、私たち教師からの無茶ぶりにも健気に答えてくれるほどいい子だということは、東中の関係者なら誰でも知っている。そんなよくできた生徒が学校から警戒の対象にされるOBの運転する車に乗っている理由なんて、この時の私には想像もできなかった。そんな不思議な気分と同時に、今三年二組で発生している問題の解決の糸口が見つかったという期待感も同時に湧き立っていた。

「樋口先生。あの車、絶対に逃がさないでくださいよ」

 助手席の小林先生がそんなことを言ってきた。もとよりそのつもりである。

 こうして私と内田庵の、東中の生徒の未来をかけたカーチェイスが始まった。

 といっても、映画やドラマであるようなカースタントだらけの追跡劇ではない。狭い住宅地の中を時速二十キロ前後で、曲がる時はしっかりとウインカーを出して曲がるという、なんとも地味な絵面の追いかけっこである。傍から見たら、一緒に目的地に行こうとしているドライブ仲間にしか見えないだろう。

 そんな見た目には地味だが本人たちは興奮しっぱなしのカーチェイスは、始まってから十分ほど経過したところで終わりを告げた。

 最終的に内田庵の車は、巽が丘の公会堂の駐車場に停車した。古い平屋建ての家と大差ない大きさと外観で、松田邸の半分ほどの大きさもない、非常に簡素な公共施設である。

 あちこち穴が開いてアスファルトの一部がボロボロに崩れている駐車場に車を停めると、小林先生と内田庵は同時に運転席から降りた。ほかは誰も降りることなく、私は運転席のドアを開け放って二人の様子を観察していた。

「なんすか」

 内田庵は今にも脱げそうな腰パンで穿くジーンズのポケットに両手を突っ込み、とってつけたような威嚇の姿勢を取る。だがそんなとってつけたような態度では、私よりずっとベテランのこの先生は引き下がったりしない。

 小林先生は開戦の合図の銃声のように、一つの質問を目の前の男にぶつけた。

「乗ってますよね。うちの生徒」
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