イレブン

九十九光

文字の大きさ
上 下
117 / 214

♯10ー12

しおりを挟む
「……。で?」

「あなたよね。うちの生徒に悪知恵を入れてるのは」

「……。は?」 

「いい加減にしなさいよ、あなた。未成年を車で連れ回すってことが下手すれば犯罪だってことくらい、誰かに言われなくても分かるはずでしょう」

 本当に一言しか言わない内田庵に、小林先生は語気を強めて歩み寄る。

 教師が生徒の健全な生活を第一に考えた言動をして何が悪い。私は問題解決のためであれば、この場でこの男に逆ギレされて殴られても構わない。

 久しぶりに見た彼女のいつも通りの強気な態度は、まるでそういう風に言っているように見えた。ここから彼女が言い合いで負ける姿を、私は想像することができなかった。

 だがこんなことで怖気づいたりしないのは、内田庵も同じだった。

「……。あんたもそういう人か」

 内田庵は悪びれる様子もなく言った。悪意どころか、あきれに近い感情さえも感じられそうな態度だった。

「亜美。窓開けろ」

 彼は後ろを振り返り、半分叫ぶような声で車内に指示を出す。

 二人に夢中で気づかなかったが、ボックスカーの中には数人の私服姿の中学生が見えた。すでに見えていた孫入に松田、内田庵に指名された立川に、浜崎、石井、そのほかよそのクラスの生徒の人影が一人か二人ほど見えた。

 運転席に移動した立川がサイドガラスを開けたのを確認すると、内田庵はゆっくりと小林先生に向き直った。私の中でたとえようのない緊張感がうごめいていた。

「俺、これでも中教行ってたんだよ。中学の保健体育コース。中退したけど」

 彼は淡々とした口調で、突然自分の昔話を語り始めた。中教というのは、『中日本学校教育大学』の略で、県内屈指の教員排出量を誇る私立大学だ。

「俺が教師を目指そうとした理由って、別にあこがれの先生がいたとか、教師という仕事が素晴らしいと考えたとか、そんなわけじゃない。今まで出会った教師がみんなクソだったからなんだよ。保護者や上司や教育委員会にペコペコするだけで、自分のクラスで問題が起きたらそれをできるだけ大事にしないようにだけ気をつける。そのくせ、『世界史なんか専攻しないで俺の教える日本史を選べ』とか、『お前は人よりどんくさいんだから人よりずっと多くの雑用をしろ』とか、『みんながお前をいじめるのは、お前に悪いところがあるからな
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

表裏

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

勇者様にいきなり求婚されたのですが

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:392pt お気に入り:1,797

表裏

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

ボーダーラインまで、あと何点?

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:26

灰になった魔女

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:3

暗いお話

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

住所不定無職の伯父が、オカマさんのヒモになっていました!

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

処理中です...