イレブン

九十九光

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♯11ー4

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「まるでハーメルンの笛吹き男だな」

 午前十時半を少し過ぎ、ようやく欠席者の家への確認が終わったところで、自分の席に座る天草先生がつぶやいた。食い下がったのは小林先生だ。

「何よ、それ」

「知りません? 笛を吹いて子供たちを誘拐したっていう、ヨーロッパの逸話」

「そういうつまらない冗談を言うんじゃないの」

「別にそんなつもりで言ったわけじゃ……」

 ハンカチで額の汗を拭く天草先生が、自分をにらみつけてくる小林先生に弁明する。私は自分の席に座って、こういうピリピリした空気にするのをやめてくれないかな、と思いながら、三島先生が持ってきてくれた冷たい麦茶入りのマグカップに口をつけていた。

 他学年の先生の大半がいなくなった職員室は瞬く間に静かになり、私たちが座る部屋の東側の席一帯に重い空気を形成した。ほとんどの先生が明後日の方向を向いて自分の席に座っており、誰が最初にしゃべるかを競い合うような姿勢に入った。

 その競い合いに勝ったのは、主任の山田先生だった。

「もう一度やります? 各家庭への家庭訪問」

「やめたほうがいいと思いますよ。原因は小林先生たちのおかげで分かってるわけですし、何度もやれば保護者からも苦情が来そうですし」

 山田先生の意見を切り捨てたのは深沢先生だった。しかし、それに代わる代替案を提示しないところを見ると、リスク回避以外何も考えていないと予想できた。

「どうしましょうかね。今年の夏の県大」

 私が部屋中をキョロキョロと見渡していると、新貝先生が小声で話しかけてきた。

「……。もっとあるでしょ。期末テストとか、給食の残飯問題とか……」

 私が比較的近い未来の話を提示すると、「それもそうですけど……。中高生と言えば部活動の結果でしょ?」と、スポーツマンらしい答えが彼から帰ってきた。私はそれ以上何も言わなかった。

 私の後輩にあたる佐藤先生と三島先生は、自分の席に座って作業を終えて以降、誰とも目を合わせず、一度も口を開かなった。私以上に経験が浅いこの二人は、特にこの問題に頭を悩ませているように見えた。一際かわいそうなのは三島先生だ。教師一年目で赴任した先でいきなりこんな問題が自分の目の前で起きたとなれば、真っ先に心が折れても仕方がない。

 こうして私たち八人は再び会話をストップさせた。誰も解決案もこれからの問題提示も
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