イレブン

九十九光

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♯11ー6

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ペースには、自転車は一台も停まっていなかったが、その代わりと言わんばかりに黒っぽい制服姿の五十代くらいと思わしき男性が立っていた。確認するまでもなく店長だろう。

 その後の流れはいたって単純だ。私と山田先生が申し訳ありませんと頭を下げると、先方が「お宅はどういう教育をしてるんだ」「迷惑したんだよ。堂々と床に座って官能小説開いて。この時間よく来る近所のお年寄りとかが出ていったんだから」などの悪態をつく。生徒がバカをやった時に必ず起こる、珍しくもなんともない光景だ。

 それが十分ほど続いたあとで、山田先生は店長の男性に一つの確認事項を取った。

「ところで今、生徒たちはどこに……」

「学校に電話するからなって言ったら、さっさと自転車に乗って逃げていきましたよ」

 こうして面白くもなんともない時間が十分ほどで終わり、私たちは車に乗り込んで東中に引き返した。

 さらなる通報はこの道中で起きた。今度は山田先生が首から紐で下げていた仕事用のガラケーが鳴ったのである。

「はい、もしもし、山田です」

 助手席の山田先生は運転手の私をよそに、右手でケータイを持って電話に出た。彼と相手とのやり取りは、東中の西門前についた時に終わった。

「悪いけど、このまま佐布里池(そうりいけ)のほうまで行ってくれない?」

 私が車から降りようとした時、山田先生は少し申し訳なさげに言ってきた。

「梅の館方面ですか? そっちにも誰かいるんですか?」

「萌を含めて十五、六人ほどいるって、新貝先生が」

 私は一回だけ軽くため息をついてから、一度抜いていたキーを再び差し込み、今度は西に車を走らせた。

 佐布里池と梅の館について説明すると、湖に見えるほど巨大な人工のため池である佐布里池周辺を、梅の木を目玉に据えて、公園と道の駅の中間のように整備して作った、市の東側で数少ない観光スポットである。もっとも、梅の花の見頃が三月の頭くらいなので、この時期には近隣住民がウォーキングのついでに立ち寄る程度の場所になっている。

 そこに再び五分ほどかけて向かうと、敷地内の北側にある県道沿いの駐車場には、愛知県警と印字された一台のパトカーが停まっているのが見えた。途端に私の中で、それまで抱えていた重くくすんだ感情が逃げ出していくのが感じられた。

「おいおい! 警察まで来たのか!」
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