イレブン

九十九光

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♯12ー4

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ないこともあり、丑三つ時に目覚めた自宅の中のように静かな空間だった。

 授業のしようがなく、かといって持ち場を離れて職員室へ行くこともできない私は、職員室から自分のノートパソコンを一組の教室へと持ち出した。教員用のデスクでパソコンを立ち上げ、画面が日光を反射するのを防ぐために横のカーテンを閉めると、私は二学期の授業予定の作成を開始した。

 心地いい、と言うと大げさだが、この時の私は授業中よりずっと落ち着いていた。書類がお友達というのは非常にマイナスなイメージかもしれないが、これほどつき合っていてストレスのない友人もいないだろう。教員という、人との対話が本職の仕事についておきながら、私は外部委託の用務員でもできそうな仕事にやりがいを感じていた。いっそこのまま、ずっとパソコンに向かって依頼された印刷物を作る仕事に従事できればどれほど気楽だろうか。人間を、それも社会の暗黙のルールを黙認することもできない中学生を相手にするよりはるかに自分らしさを感じられる。この時の私は自分のクラスで起きている問題を忘れて、そんなことを冗談半分に考えながらタイピングを続けていた。

 それを現実に引き戻したのは、前側の出入り口から入ってきた小林先生の言葉だった。

「樋口先生、車出して。悠馬たちがやらかした」

 ノソノソと歩いてきて、なんでもない簡単な指示のように発言した小林先生に、私もそんなに慌てることなくパソコンを閉じて返事をした。実際、平日に学校外のどこかに車を出すのは、今月に入ってこれで五回目だった。

 こうして北に向かって車で運転すること約五分。私たち二人は神明社という神社の近くまでやってきた。この名前の神社は全国各地に存在し、知多市内だけでも三つ存在する。だから正確に言えば、名古屋鉄道河和線沿いの県道から西に向かって住宅地の中に入ったところにある、八幡地区内の神明社である。

 私はこの神社沿いの路肩に車を停め、小林先生とともに決まった礼節を踏まずに神社の境内に入っていく。

 詳しい通報内容はこうだ。この神社の東側にある、階段を下りた先の小さな砂地の広場でゲートボールをしようとした老人たちが、朝っぱらから私服姿で広場を占拠してドッジボールをしている東中の生徒を見つける。老人の一人が学校に行けと叱ったところ、「そんなの俺らの勝手だろうが!」と男子生徒の一人が怒鳴り、一向にどく気配がないということで学校に通報したという。不登校の生徒と年金暮らしの老人という設定がなければ、完全に子供同士の遊び場の取り合いだ。中学生と大人なのだから、個人的には当人同士の話し合いで
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